第一話 伝説の......始まり?
「ここが……異世界か?」
意識を取り戻し、体を包む光が無くなったのを感じて目を開けると元いた世界とは明らかに違う中世、北欧風の世界が広がっていた。
「うおおおおお!!」
ゲームやアニメのような異世界に来たというのを改めて実感し、興奮で少し震えながら叫んだ。
空を飛ぶ鳥達は元の世界と似たようなものだが、街を歩く人々は違う。
髪色は色鮮やかで、目鼻立ちは明らかに日本人とは違う。
「獣人もいる……エルフもいる!! もしかしてサキュバスもいるんじゃねえか!?」
まずいぞ。そんなことを考えたら俺のうちなる獣が獣になっちまう。まずは心を落ち着かせよう。
「これから、俺の魔王討伐伝説が始まるんだ!!」
そんな期待に胸が高鳴る。鼓動が早まる。
「ひとまず、能力の確認だ。転生特典は……」
まず懐に手をやる。
「ん?全知の書がないぞ?というか……」
背中に手をやる。
「伝説の剣もない。まずまず装備ももらってない!!」
目を閉じて、この世界に来る前、あの光に包まれた瞬間を隅々まで思い出す。
消えゆく意識、眩しい光、焦る天使、慌てる神様……
「なんか事故起きてる!?!?」
この世界のことを知るためのものも、モンスターと戦うための道具も俺は一切持たされずここにきた。
「ど、どうするんだよ、これぇぇ!!」
金もない、知識もない、生き抜く術もない。俺は初めて自分が危機的な状況に陥っている事に気づいた。
「おい兄ちゃん、店の前で騒ぐんじゃねえよ! 客が逃げてくだろ!?」
「ご、ごめんなさぁい……!!」
頭を抱えて唸っていると、すぐ横の店からいかにも人相の悪いおじさんが顔を見せて怒鳴ってきた。
慌ててその場から走り出すがどこに行けばいいかもわからない。走りながら辺りを見回す。洋風の街並みや足に馴染まない石畳。
俺はこのまま一体どうなってしまうのだろうか……
ドンッ
「大丈夫か?」
よそ見をしながら走っていると、何やら硬い感触と共に美しい女性の声が聞こえてきた。
「あっすみません」
視線を向けるとこの世界では初めて見る美しい黒髪を一つに束ね、足よりも長い刀を腰に携えた美女が心配するような表情でこちらを見る。
その美しさに少しばかり見惚れていると美女は少し微笑見ながら言う。
「急が理由は分からんが。ちゃんと前を見て歩くんだぞ」
「……はい」
透き通るような青い瞳はまるで海のように美しく、目を離さずにはいられなかった」
「ふふふ、あまり見つめないでくれ。照れてしまう。見たところ初心者冒険者……ギルドを目指していたのか?」
「あっ、はいそうです!! この街にもきたばっかりでよく分からなくて……」
「そうなのか……どうせ私もギルドに用がある。案内してやろう」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
これはとてもラッキー。こんな優しそうな美人に案内役をしてもらうなんて。これはフラグが立つんじゃないか……?? 美女とムフフ、ウフフ//な展開のフラグが!!
「いいんだ。なんて言っても私は……フフフ。いや、なんでもない。」
……? 何か言いかけたように聞こえたが……まあいいか!! 親父も美人にはどんな意味でもついて行け(突いてイケ)って言ってたしな。
――名をユウリンと名乗った美女は気軽に呼んでくれと言いながら歩き始めた。
俺はその後ろをついて歩きギルドを目指す。
ギルドに着くまでの道中で俺はこの街やユウリンについて色々と聞いた。
この街は比較的駆け出しの冒険者が多く集まる地で、いわゆる最初の街であるということ。他にも冒険者職の種類や常識など、その内容は多岐にわたった。
冒険者職はよっぽどの才能がある者しか安定して稼げず、冒険者になるよりも商人になる方が夢があるという事や、魔法はあまり便利なものではないという事などイメージと違って驚いたことは多いが……
「え、同い年…?」
「正しくいうと私の方が一つ上、ということになるな。別に敬語を使わなくても構わんよ」
身長も男の自分より高く、大人びて美人だったリンが自分と一歳違いだったということが一番の驚きだった。
この世界は15歳を超えると成人とされるようで、冒険者には若い人が多いらしい。
「ほら、ついたぞ。ここが冒険者ギルドだ」
この世界の話に夢中になっていると気がつけばギルドに着いていた。
ギルドの中に入ると真昼間から酒を飲んで談笑していた冒険者パーティーたちが一斉にこちらを向いた。
「ヒソヒソ…」
「…ヒソヒソ」
筋骨隆々の男たちや、民族風の服に身を包んだ魔法使いらしい少女たちが何やらこちらをみながらコソコソと何かを話し始めている。
「な、なあ...もしかして俺って歓迎されてない雰囲気じゃ…」
「フッ…安心しろ、ここは駆け出しに温かいギルドだ。それにこの目線はユウトに向けられているものではない…」
「ま、まあそれならいいけど」
「とりあえず私の案内はここまでだ。また一緒にクエストに行こう。ぜひ声をかけてくれ」
なぜか不適な笑みを浮かべながら嬉しそうにしているユウリンの言葉を信じて俺はギルドの受付へと進んだ。
「あ、あの〜・・・」
「いらっしゃいませ〜」
受付は空いていて5人いた受付は全員手が空いていた。どうせならということで一番おっぱいの大きな受付嬢の所に向かい、恐る恐る声をかけると嬢は快く笑顔をむけてくれた。
「冒険者のギルド登録ですかね?」
「あ、はいそれです、それ!」
「承知いたしました。このカードに手をかざして少し力を込めてください」
「わかりました」
ついに異世界らしいイベントが始まった。
期待と希望で胸を膨らませ、俺はカードに手をかざす。
すると途端にカードは薄く輝き出し、腕に何か言葉では説明できないような力が駆け巡るのを感じた。
「こ、これは…!!」
輝くカードと俺を交互に見て嬢は驚きの声をあげた。やはりこれは異世界の定番なのだろう。最強の初心者……いい響きだ。
いくらずば抜けた才能を持っていても傲慢にならず、謙虚でいなければいけない。こういう場所での対応はたった一つだ――
「――あれ、俺なんかやっちゃいました…?」
決まった…!! 溢れん才能を持ちながらも、それをさも当たり前のことのような振る舞い。周りからは歓声が響くはずだ!!
「レベルが3しかありません!!」
「……へ?」
嬢が驚いた口調で話す言葉を聞いて俺も思わず驚きの声が出た。
「通常、レベルは二十歳までは人生経験を重ねるごとに比例的に上がっていきます。18歳になる頃には人それぞれではありますがレベルは20前後まで到達しているのが正常です!!」
「なんだなんだ!?」
「おいおいマジかよ!!」
「ってことはこれまでに人生の糧になるような経験をしてこなかったって言うのかよ!!」
「こりゃすげえな!!」
嬢の驚いた大きな声に反応して周りの冒険者が集まってきては、嬢と同じように驚きの声をあげ始める。
「お、俺の人生そんな薄っぺらかったのかよ!?」
その期待していたものとは違う歓声はとても心に刺さるからやめてほしい。
というかなんでマイナス方向にずば抜けてんだよ!!異世界転生だぞ!?もっとすごい才能の持ち主とか、勇者の素質大アリとかじゃねえのかよ!!
「ま、まあ気にすることはないですよ…?あの…ほら…これまでの人生で経験が少なかったってことは…えーっと…そうです!! これからの経験がたくさんあるってことですよ!!」
「すみません、励ましになってないです」
受付嬢のお姉さんが親身になって励ましてくれるほど、恥ずかしさが増してくる。と言うか元々あの変な天使と神様が手違いですぐに異世界に送ったせいじゃねえか。よし決めた。神様だろうが天使だろうが関係ねえ、次あったら絶対しばく。しばく。しばく。
「あの……クスノキユウト様。大変申し上げにくいのですが……その…レベルが低いせいで魔法、力、防御などのステータスが冒険者平均を大幅に下回っております。ですから…冒険者よりも他の職を目指した方が……」
お姉さんが困ったような顔でやんわりと冒険者にならないように促し始めた。こんな異世界転生、本当にあるのか?
「大丈夫です……地道に頑張ります」
「は、はい!! で、でも素早さや耐久はとても高いので…ま、まあ頑張ってくださいね…!!」
「頑張れよ、初心者中の初心者!!」
「死ぬんじゃねえぞぉ!!」
「お前みたいな奴が案外歴史に名を残すかもなぁ!!」
最初はあんなに怖かったのに、今は冒険者たちの声援が暖かい。案外いい奴らなのかもしれない。
まあできるだけ、細々でもいいから頑張ってみよう。