表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/37

第2話 二つの弁当、そして義妹

 学校に行く途中、幼馴染の美鈴を見つけるがぐっと堪える。

 なにせ今俺は龍王寺と一緒に通学しているからだ。

 俺の中に美鈴がいることを再確認すると、なんだか罪悪感が湧いてきた。

 まるで浮気をした夫のように――。

 でも俺は事実フラレていて、隣にいる学園アイドルも偽の関係でしかない。

 どこまでも薄っぺらい関係性に反吐が出る。

 俺ってなんでこんなに無価値なのだろう。

 回りがキラキラしているのに、俺はこうも腐っている。

 やっぱり恋愛って女の子同士でするべきじゃなかろうか?

 ざわつく周囲の声をなんとなしに聞く。

「赤井のやつ、やたらと龍王寺さまに近くないか?」

「あんなやつ、さっさとどけ!」

「何あれ。うざっ」

 たいていの声はネガティブなものだった。

 人を落としても、自分は上がらない。この世の摂理だ。

 俺はできるだけ身を小さくし、龍王寺にすがるように歩く。

 つくづく情けない話だが、俺はそういうやつだ。

 悪いが否定の声を無視はできない。

 学校に着く頃にはSNSなどで知った同級生に囲まれていた。

「おい。なんで龍王寺様と一緒にいた? 答えろ」

 どすの利いた、禿頭の男が前にでる。他の生徒よりも一回りも二回りも大柄な額に傷のある大河たいがだ。

「どうもこうも付き合うことになったんだよ」

「貴様!」

「やめてください!」

 殴りかかろうとした大河は力のベクトルを変える。

 お陰で学園アイドル・龍王寺への直撃はまのがれた。

 しかし隣にいた眼鏡がその屈強な拳を受けて大破していた。

「お嬢様!」

 ファンクラブもあると聞くが本気でありそうだ。

「なぜこのような不埒者と!」

 大河は憎悪と嫉妬で満ちた視線を向けてくる。

「わたしはわたしで彼を選びました! 誰にもわたしの恋路は邪魔できないはずです!」

「うーむ。しかし……」

 未だに納得のいっていない彼ら。

「わたしはわたしの望むままに生きたいのです」

 そう言って大河の拳に手をあてがう龍王寺。

 なんだか作り物みたいな笑みを浮かべているな。

「で? 本当のところどうよ?」

 感のいい友人が尋ねてくる。

綾崎あやさき。……どうもこうも、そういった関係だ」

「何言っているだんだよ。たけるは美鈴ちゃんに告白したろ? なら――」

「フラレたからといってすぐに取っ替えるやつは大勢いる」

「その大勢にたけるは含まれているのかね?」

 相変わらず鋭いやつだ。

「それにさっきの笑み、お前のものじゃあない」

「……」

 俺の作り笑いを見破っている。

「俺は正しいことをしている」

「そうかい。わかった。追求はしない」

 さすが綾崎浩二(こうじ)だ。理解が早くて助かる。

「だが、その関係はいつか身を滅ぼす。早いうちに相談するこった」

「……誰に?」

 鋭い視線を送ると、綾崎はうなずく。

「わかっているだろ?」

「……」

 綾崎はいいやつだ。けど口は軽いほうだ。信用してはいけない。

 すでに美鈴との関係にも気がついている。というか情報を確定している。

 どこまでも感のいいヤツだ。

 昼休みになり、俺の席に寄ってくる龍王寺。

「なんだ?」

「一緒にお昼でも、と思いまして」

「あー、はいはいおれはおじゃま虫だな」

 そう言って席をどける綾崎。

 クスッと笑みを零す龍王寺。

「ええと。そうだな」

 龍王寺は二つの弁当箱を机に並べる。

 そして青い方をこちらに向けてくる。

「男の子用です」

「ああ。ありがとう」

 俺はできるだけ顔にでないように食べ始める。

 これはニヤついてしまう。

 俺は今、龍王寺のお昼ごはんを一緒にしている。

 そんなマウントは一生縁がないと思っていた。

 いえーい。モブ連中みている?

 口には出さない。

「どうしてそんな顔をしているのです?」

 いかん。顔に出ていたらしい。

 誤魔化すように弁当に気持ちを向ける。

 ミニハンバーグを口にほおばる。

「どうです? 美味しい?」

「うまいな」

 ホロホロと崩れ落ちるひき肉に、甘みのある脂身。シャキシャキとした玉ねぎのアクセント。スパイスが効いていて、洋風な香りがする。

「ふふ。良かったです」

 そう言いながら龍王寺も弁当を頬張る。

 フラレたばかりの俺には想像もしていなかった事態である。

 俺って運がいいのかもしれない。

 遠くから耳慣れた声が届く。

「お兄ちゃんに恋人ができたって本当!?」

 俺の義理の妹、佐里さりだ。

 随分と慕っていたから、きっとヤキモキしているのだろう。

 でも安心してくれ。

 相手は学園のアイドル・龍王寺紗倉だ。

「ちょっと! お兄ちゃん。どういうこと?」

 さりは怒ったように、呆れたように俺の耳を引っ張り、連れていく。

「痛い。痛い! 耳ちぎれる!」

「はいはい。ちぎれてしまえ!」

「そんな殺生な!」

 俺は慈悲を求めたが、妹にはそんな気遣いを感じない。

 容赦なく引っ張られ、もはや耳が洋服のように伸びてしまいそうになる。

「お兄ちゃん!!」

 さりは泣き出しそうな声で俺を呼ぶ。

「なんで付き合っているのさ」

「……」

 その反応に困る俺だったが、その涙を拭くにはハンカチがいるだろう。

 そっとハンカチを渡すと、チーンと鼻をかまれた。

 いや、涙だけにしてくれよ。

「で。どういうきっかけで付き合ったわけ?」

「いや、それが……」

 え。なんて伝えたらいいんだ?

 こんなとき、どう言えばいいんだ?

「まあ、良縁に恵まれたってことで」

「なにそれ。バカにしているのさ?」

「いやいや、とんでもない」

 そう言えばおみくじで良縁に恵まれるだろうとあったな。女難の相もある、と。

 頭を振って余計なことを流すと、俺はさも本当っぽいことを言う。

「俺、龍王寺に助けられたんだよ」

 それは嘘ではない。

 まあ本当のことを言っているわけでもないが。

「むむむ。まあ、あの龍王子さんならあり得るのさ……」

「そうだろう?」

「でも、お兄ちゃんがそうなるの、不服!」

 やっぱり陰キャで根暗な俺には合っていないよな。

 美鈴にもフラれたばかりだし。

「なんであたしを選んでくれないのさ……」

「え。なんだって?」

「はいはい。難聴系バカ主人公さん」

 なんだか佐里に酷い偏見を持たれているらしい。困ったものだ。

「でも、お兄ちゃん。あまり喜んでいないね?」

「え? そ、そうか?」

「普段なら『ひゃぁぁぁぁぁっぁぁぁあっぁぁぁぁぁはぁぁぁぁっぁぁぁぁ!』って言いながら窓ガラスを割りそうなものなのに」

「想像上の俺、酷くない!?」

 お兄ちゃん、泣きたくなるよ。

「それに、お兄ちゃん。騙されそうだし」

 いや騙しているのはこっちだけどね!

 まあ、冷静に考えて龍王子さんと付き合えるなんて偽の恋人くらいだよね。しくしく。シック六十三、ってことで燦々と輝いて見えるのだ。

 うん。何言っているのか、わかんね。

「ふふふ。わたしとしてはタケルくんは素敵な御仁ですよ?」

「へー。へー。へー」

「なんで三回言った?」

 俺は妹の頭が心配になり訊ねてみる。

「別にぃ~?」

 ねっとりとした声音で呟く佐里。

 佐里はピンク色の髪で肩口くらいでおさげを二つ結びにしている。目は蒼く輝いている。

 義妹とは言え、身内びいきをしなくとも可愛い部類に入るだろう。

 ただのモブだった俺が主人公っぽくなったのも、義妹ができてからだ。

 ラノベなら俺に好意がある義妹だが、そんな幻想はリアルにはありえないのだ。

 そう、リアル思考な俺たちにはそんな感情はなかった。

 お昼を食べ終えると、授業を真面目に受ける俺。

 と思っていたけど、紙切れに何か書かれた手紙が回ってくる。

 俺も見て回す。

『あのタケルを落とすなんて』

 と書いてあった。

 どういう意味かは分からない。

 俺、どう見られているんだ?

 その疑問が頭に張り付いて、すぐに剥がれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ