第10話 同棲しますか!?
ファミレスで色恋さんと一緒に夕食を食べると、俺は真っ直ぐに家に向かう。
アパートの廊下を歩いていると一人の少女が俺の部屋の前で待っていた。
「おかえり。タケルくん」
「ただいま。龍王子さん」
「で。なんで遅れたわけ?」
機嫌が悪そうにつり上がった目が威圧的な印象を与える。
「今日もあなたの料理を食べに来たのに」
「なあ、偽の恋人だから、そんなに彼女面しなくていいんだぞ?」
「何よ。あんただって満更でもない顔していたじゃない」
「そう言われると、痛いけど……」
「早く夕食を作りなさい」
「悪い。食べてきた……」
俺は困ったように頬を掻く。
「なにぃいぃぃぃぃいぃぃいぃぃいっぃい。やっちまったなー!」
……うん?
「……誰と、食べてきたの? 怒らないから言って」
「え。ええっと。色恋さん」
「そこに座って」
「え。でもここ外」
「いいから。座って」
「は、はい」
有無を言わせない態度で俺を見つめる龍王子さん。
砂利が落ちている廊下で座る俺。
なんて格好悪いんだ。
「これはアレね」
「アレですかね?」
「浮気ね」
確信めいたことを言う龍王子さん。
その顔はどこか冷めている。
「わたしの彼氏が浮気をした件」
「なんでちょっとラノベのタイトルに寄せたんだ?」
「うっさい」
龍王子さんは俺の頭を踏む。あまり痛くないよう加減してくれるのが彼女の優しさだ。
ちなみに龍王子さんは今ミニスカートを履いている。そのおみ足の先には当然……。
「み、見える……! 俺にも見えるぞ!」
「え。はっ。きゃっ! タケルくんの馬鹿!」
そう言ってどっかへ行ってしまう龍王子さん。
可愛いショーツを履いていたな。
「白と青のストライプ、堪能させて頂きました」
「何やっているの? お兄ちゃん?」
ガチャと音を立てて俺の部屋の玄関が空く。
そして佐里が不思議そうに訊ねてくる。
「いや、なんでもないよ」
「なんでもない人が玄関前で正座するの?」
「おっと。そうだった」
正座から立ち上がると、俺は何ごともなかったように玄関をくぐる。
「いや、理由くらい言ってもいいでしょ?」
佐里はジト目で問いかけてくる。
「ま、まあ、色々とあったんだよ」
「夕食簡単なので済ませちゃったよ?」
「あー。食べてきた」
「ふーん?」
あれ。これはアレだ。
浮気したパターンだ。
いや妹相手になに言ってんだ?
大丈夫だろ。
「で。誰と食べてきたの?」
「なんか、デジャブ……」
「いいから」
「はい」
「で。誰?」
ごまかせなかった。
「い、色恋さん」
「ふーん。お兄ちゃんのスケベ。変態。女たらし!」
「ま、待て。誤解だ! 俺はなんにもしていない!」
「五回も浮気したんだ!?」
「違う。誤解だ!」
「五階から飛び降りて〇ね!」
「俺への辺りひどくない!?」
「だって、お兄ちゃんを信じていたのに……!」
思いを込めて言う佐里。
それだけ大事に思っていたのかもしれない。
「う、うん。ごめんなさい」
俺は徹頭徹尾、土下座をすることにした。
しばらくして龍王子さんがお腹を空かせて俺の部屋に上がってきた。
いやこの部屋のセキュリティ緩すぎるだろ。
「お腹空いたのです……」
「……分かったよ。俺が作るよ」
こうなった以上、俺も責任をとらねばなるまい。
「む。龍王子ちゃんには優しいんだね。鬼ちゃん」
「聞き間違えかな? 鬼に聞こえたんだけど?」
知らんぷりを決め込む佐里。
簡単にチャーハンを作る俺。
今度はまっ赤なチャーハンだ。
「う。相変わらず、ですね……」
龍王子さんは顔をしかめる。
「でもおいしいんですよね」
スプーンを進める手を止めずに食べ始める。
「うん。おいしい……」
感嘆のため息を漏らすほどに美味しいらしい。
それは料理人冥利につきるってもんだ。
「さて。ではタケルくんにはマッサージしてもらいますよ?」
「え。俺が……?」
「他に誰がいるんです?」
「いや一応ワタシ、いるんだけど?」
妹を無視して話を進める龍王子さん。
「まあ、最初は肩たたきからです」
「まあ、そのくらいなら……」
ベッドのふちに腰をかけた龍王子さんの後ろに回り、手を伸ばす。
なんだかいい匂いがしてくるし、女の子らしく柔らかな曲線を持っている。
いかがわしいことをしようとしている訳でもないのに背徳感がすっごい。
肩を叩き始めると、龍王子さんは色っぽい声音をあげる。
「あぁあ。効くぅ~。いいよ。もっときてぇ……」
「おい。わざと言っているじゃないだろうな?」
「あ。バレました?」
「……」
肩を叩く手を止める。
「あ。止めないで。本当に気持ち良いんだから!」
「今日はここまでだ。興がそがれた」
「あぁん。いけず……」
「なんだか龍王子先輩って可笑しい人なのね」
可哀想なものを見たかのような顔をする我が義妹。
まあ、間違ってはいないか。
残念美人だよな。我が校のアイドル。
「今日は帰れ」
「待って。妹さんは一緒なのですか? 泊まるのですか?」
「まあ、家族だし」
「我が家で泊まってもらうこともできますよ?」
龍王子さんは良い提案をした、みたいな顔で見てくる。
「あー。それもいいな。佐里。今日は龍王子さんの家でお世話になれ」
「えー。なんで?」
「年頃の男女が同じ屋根の下は良くないだろ」
「まあ、同じアパートだから、屋根は一緒なんですけどね」
苦笑を浮かべる龍王子さん。
「待て。それを言ったら俺は龍王子さんと一緒の屋根の下にいる、ということか?」
「はい。そうです~」
もじもじしながら身体をくねらせる龍王子さん。いや龍王子。
こいつ、意外と変態だな。
まあギャップがあって、いい? のかな?
「お兄ちゃん。なんか複雑そうな顔をしているね」
「俺、アイドルに夢を見ていた気がするんだ」
脇道につばを吐き捨てるように呟く。
「でも現実を知った」
「おおう。お兄ちゃんがまた一つ大人の階段を上ったの……」
「まあ、わたしと一緒に添い寝すれば、もっと階段を上れますよ!」
「断固として断る。貞操が危ない」
「いけず……」
「いけずって言葉合っているのか? 調べてみよう」
スマホで検索をかける。
「ふむ。〝意地悪〟という意味か存外間違っていないようだな」
「で、ワタシはどうすればいいわけ?」
困ったように訊ねてくる佐里。
「ま、お前は龍王子に見てもらえ」
「ええ。先輩、変態チックだし……」
「馬鹿野郎。お前は同性だろ。大丈夫だ」
「野郎じゃないし」
「同棲しますか!?」
興奮気味に顔を寄せてくる龍王子。
俺は勉強していたノートでアイドルの顔を軽く叩く。
「いて。ひどいです……」
「ひどくない。お前の妄想の方がやばいだろ」
「妄想するのは無料ですからね!」
「うっせーよ」
「お兄ちゃんはワタシの居場所を奪うんだ!」
「佐里よ。自分のアパートがあるじゃろ?」
「冷たい! そんなお兄ちゃんは嫌いだ!」
「嫌いでも構わん。それよりもCの問題間違っているぞ?」
「え。どこ?」
そそくさと問題集を見やる佐里。
「あ。本当だ。一桁間違っている……」
こんなんで本当に受験できるのだろうか?
いや受験はできるか。
失敗はしそうだけど。
「とにかく、龍王子も成績だけはいい。見てもらえ」
「はーい。未来の義妹ちゃんに教えます!」
龍王子もやる気十分みたいだね。
良かった。
「むむ。でもワタシはこんなお姉ちゃん欲しくないかも……」
「え゛……」
おっと龍王子にはクリティカルヒットだったらしい。
「わたし、嫌われたのですか?」
「いや、なんか作りものっぽいんだよね~」
佐里はさらりとそう言う。
「うぅ……」
うろたえる龍王子。
「さ。いってこい」
俺はそう促す。




