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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋人以上セックス未満

作者: なすび

 私――川崎海未かわさきうみ、十六歳は、己がレズビアンでないことを悔いていた。

 もし私が男のちんちんに興味がなく、女体にしか興奮することが出来ないセクシャルマイノリティであれば、こんなにも悩むことはなかったのに、運命とはかくも残酷なものであると思わずにはいられない。


『海未、ラインの返事もないし通話も出てくれないから心配したよ~』


「ごめんね。学校にスマホ忘れてたから連絡出来なかったんだよ」


 土曜日の昼下がり、親友の赤月朱里あかつきしゅりから、我が家の固定電話に電話がかかってきた。


 金曜日の水泳部の練習のあと、どこにもスマホがないことに気付いたのは帰宅してからのこと。

 練習前にはスマホに触れた記憶があるので、恐らくは水泳部の更衣室にあるのであろうとあたりをつけていたので、月曜日に回収すればいいかと思っていた。


 幸いなことに普段プレイしているソシャゲは、タブレットからでもログインできるし、今私が夢中になっているのはPCでプレイするMMORPGだったので、土日の二日間、スマホがなくても別段困りはしないのである。

 しかし友人の朱里はそうもいなかいようで、私に鬼のようなメッセージ爆撃を行い、いくらスマホに連絡を入れても返事がないので、連絡網から家の固定電話に電話をかけてくる次第であった。


 常にインターネットに繋がり、インスタグラムで友人の動向を把握し、ひときわ仲のいい友人とはラインでメッセージのやり取りを続け、インターネットの海を泳ぎ続けないと窒息して死んでしまうZ世代の朱里にとって、私がラインのメッセージを無視することは死活問題であるのだ。いやまあ私もZ世代だけども。


「分かったよ。学校にスマホ取りにいくから、一回切るね。普通電話だと電話代かかっちゃうじゃない」


『スマホ回収したらすぐ返事してね!』


「分かったよ」


 休日に学校行きたくないな……と思いながらも、約束してしまった手前スマホを回収しないわけにはいかない。

 タブレットにダウンロードしている音楽を再生してサドルにまたがる。


 セックスアピールを続けるセミが町中に奏でる協奏曲を、ワイヤレスイヤホンから流れる今期のアニソンで搔き消しながら自転車のペダルを踏むと、安物のタブレットがママチャリのかごの中でガタガタと揺れる。


「朱里は束縛が強いんだよな」


 と嘆息しながら休日出勤。


 常に誰かと繋がっていないと不安で死んでしまう朱里と、一人の時間がないとストレスで死んでしまう私の相性は一見良くないように見えるが、別に朱里のことが嫌いではない。


 むしろかなり好いている方だ。

 多分一番仲がいい友達だと思う。


 別に朱里に嫌われたとしても、他の女子グループに即座に鞍替えできる程度の地位を教室内に築いていると自負しているし、最悪クラスに居場所がなくなってボッチ飯を決め込むことになっても耐えられる自信もある。


 けれども私は朱里のことを好いているし、朱里も私のことを好いている。


 ただ一つ気がかりなことがあるとすれば、朱里が私に向ける好意は、私が朱里に向けている好意とは少しだけ違うということだ。


 朱里が明確に宣言した訳ではないのだが、十中八九朱里はガチガチのレズビアンであり、私のことを性的な目で見ている。


 水泳部では毎回お互いの身体に日焼け止めを塗りあおうと提案してくるし、練習後のシャワールームでは順番待ちを解消するためという口実で一緒にシャワーを浴びてくるし、定期的にエッチな自撮りをラインに送ってきて「海未もエッチな写真撮ってよ、私もやったんだからさ」などと等価交換の押し売りをしてきては、私の裸体画像を求めようとしてくるし。もう確実にレズである。


 私としては親友のネイティブインターネット世代特有のインターネットリテラシーの低さにビックリである。親友のエッチ画像がスマホのフォルダに溜まっていき、そろそろfanntiaでエチエチ写真集が発売出来そうな枚数になってきている……。


「お前私がリベンジポルノしたら一生外歩けねーぞ……」


 故に冒頭の嘆きに繋がる訳で。


 私はレズではないが、レズの親友に嫌われたくないし、レズの親友に失恋の傷を刻みたくないのである。

 可能であれば、親友以上恋人未満という――恋愛漫画で一番美味しい時期を延々と過ごしたいというのが私の願いだ。


 しかしそれもそろそろ限界かもしれない。日に日に朱里からのアプローチが激しくなっていき、この前なんて部活の練習前の日焼け止めを塗りあう日課の最中、「念のため水着の内側にも塗っとこうね」と乳首をこねくり回されてしまった。


 その時の朱里の乳首は競泳水着の上からでも勃起しているのが確認出来たが、あれは寒さが原因だと信じたい。いや、間違いなく興奮してるからなんだよな……。


「私はどうすればいいのか……じゃれあうのは良い、キスは……口以外なら有りかなぁ……でもレズセはちょっと……」


 私はノンケなので、タチもネコもクソもないが、私が朱里と肉体関係を持つようになり、嫌々レズセックスするとしても、タチ側が出来るとは到底思えない。せめてネコだ。


 天井の染みを数えている間に、朱里には私の身体を好きにしてもらって性欲を発散させて貰うしかない。

 でも私が、朱里が絶頂を迎えるまで、各々の恥部をこねくり回して奉仕出来る自信はない。


 YouTubeにあるかな? そういう解説動画。いや、あるわけねーだろ。


「私は朱里のことを親友として好きなのに、なぜ性的な対象に見ることが出来ないのだ……共に快楽の海に溺れることが出来ればどれだけ楽か……しかし私の穴は棒で埋められる事を求めており、穴と穴をこすり付けあうために存在している訳ではないのだ……」


 LGBTに理解があっても、LGBTと性行為が出来る訳ではないのだ。


 とかなんとか言っている間に学校に到着する。

 駐輪場に自転車を止め、職員室に寄って部室の鍵を借りる。


「忘れ物を取りにくるのはいいけれど、私服ではなく制服か部活のユニフォームで来なさい、部外者との区別がつかないだろう」――という教師の小言を、教師って土日も働いてて大変だなー、と思いながら「次から気をつけまーす」と雑に受け流して職員室を後にする。


 部室棟を上る。水泳部の部室は部室棟の最上階にある。部室棟の屋上にプールがあるからだ。

 おかげで我が校の女子水泳部は性欲を持て余した男子高校生の色欲に呑まれた視線に晒されずに済んでいる。


 懸念点があるとすれば、性欲をも持て余した親友の色欲に吞まれた視線に晒されている点くらいである。

 懸念点がデカすぎる……。


「あった。うわ、通知カンストしてる……」


 ラインのアプリアイコンの右上に表示されている『999+』の文字を見なかったことにして、それをジーンズのポケットにしまう。返事は帰宅してからでもいいだろう。


「なんか……上から声が聞こえるな……今日は部活休みなんだけどな」


 水泳部室の頭上には屋外プールしかない。つまり水泳部しか立ち入ることが出来ない。にも関わらず、声が聞こえる。しかも結構大きい声が。


「三年生が自主練しているのかね。最後の夏だし」


 どうせなので挨拶していこうと思い、屋上へ続く階段に足をかける。

 もし先輩に「せっかくだから川崎も泳いでいけよ」と言われても「水着持ってきてないので泳げません」と断ることが出来るしね。


 土曜日にわざわざ自主練をするようなやる気に満ち満ちたパイセンの練習メニューについていけるとは到底思えないし、私は早く帰ってMMOのレイドボスを倒して装備素材を集めなければならない。


「大地君っ! やめてよっ! 怖いよっ!」


「大丈夫! ゴムつけるから! 優しくするから!」


「…………やべーぞレイプだ」


 屋上の野外プール場に到着した私は、とんでもない光景を目の当たりにしてしまった。

 知らない男子二人が性行為をしようとしていた。

 私は慌ててプールサイドと室内をつなぐドアの影に隠れた。


 一人は大柄で格好いい顔の男子。ズボンとパンツを脱いでおり、鍛えられ日に焼けた筋肉が白昼に晒されている。

 髪も茶色の染めてるし、陽キャって感じ。


 もう一人は対象的にかなり小柄な可愛い顔の男子。女子より華奢で色白な肌は、上に被さっているイケメンに無理やり脱がされたのか、下はすっぽんぽんで、上はシャツのボタンが全て外されて袖も片方しか腕に通ってない。

 それにしても可愛らしい男の子だなと思わず見とれてしまう。恐らく幼稚園の頃は男子か女子か判別できない顔だったのだろうし、今も髪を伸ばして女の子の服を着れば、女子にしか見えない外見になるであろうことは想像に難くない。


 しかしイケメンに脱がされ露出したおちんちんが、彼がまぎれもないホモサピエンスのオスであることを証明している。このままだとホモサピエンスのオスがホモサピエンスのホモにレイプされてしまう。どうする私。

 というか水泳部でもない奴がプールをヤリ部屋に使うなバカ。いや、水泳部だろうとプールをヤリ部屋に使われたら困るんだけども……。


 はてさてどうするべきか、今すぐ私が割り込めば、美少年のお尻の出口が入口に作り変えられてしまう危機から救うことが出来るが、もしイケメンの方が粗暴な人間で、口封じのために暴力的措置を取ってきた場合、非力な私が彼に勝てる確率はほぼ0パーセントだ。


 かといって職員室に行って先生を呼んでくるなどという回りくどい手段を取れば、美少年の処女は確実に散ってしまう。本人は優しくするからと言っているが、レイプしようとする人間が優しいセックスなどする訳がないのは十六年しか生きていない私でも分かる。


 とか言っている内に美少年はイケメンに組み伏せられてしまい、後背位の体制になる。ああなるともう体格的にディスアドバンテージのある美少年が抜け出すことは不可能だ。

 私は腐女子の側面があるにはあるが、三次元のナマものは専門外だ。強いて言えばニコニコ動画で真夏の夜の淫夢動画を見るくらいだが、それだって面白可笑しく編集された成人男性の滑稽な寸劇に娯楽性を見出しているだけであり、決して男同士の性行為を見たいからではない。


 しかし動けない。動け私! 思春期特有の毎夜ベッドの上で繰り広げているヒロイズム的妄想をほんの少し現実に引き出すだけで救われる穴があるんだ。テロリストを返り討ちにするより難易度ははるかに低いぞ川崎海未十六歳!



――――ピコーン。



 結局私は動くことが出来なかった。


 それは逆上したイケメンに暴力を振るわれるかもしれないという恐怖からでもあったし、心のどこかで他人のセックスを見たいという好奇心が少なからず存在していたからもしれないし、その両方、もしくは様々な感情が如実に入り交じり一言では説明出来ない複雑な感情が、結果的に私の身体を硬直させたのかもしれない。


 しかし私は身動き一つ取らなかったのにも関わらず、結果的に二人の男子生徒は私の存在に気付くことになる。


 先ほど私のジーンズのポケットの中で、ラインの通知音が鳴ったからである。


 後で知ったのだが、送り主は親友の赤月朱里からであり、内容は「そろそろ学校ついた?」である。タイミングが良すぎる。いや、悪すぎる。

 なんにせよ、美少年の貞操が守られたと同時に、私の生命に危機が訪れたことは確かであった、


「だ、誰だ!?」


 イケメンは通知音に反応して私を発見する。


「あ、あわ、あわわ……きゅう……」


 美少年は目まぐるしく流れる、恐怖を中心とした感情の濁流にキャパシティが耐えられなくなったのか、気絶してしまったようだ。


 イケメンの方はいそいそと脱ぎ散らかしたパンツとスラックスを履こうとして、私に背を向けている。

 逃げるのであればこれが最後のチャンスであったが、なぜか私は彼が着替え終わるまで動くことが出来なかった。律儀すぎるぞ私。


「えっと……誤解してたら申し訳ないんだけど、合意の上?」


 合意の上ならなんなのだ。


 レイプごっことか、そういうシチュエーションプレイだったとしても、よそ様の部活活動エリアで性行為に励まれては、水泳部員としてはたまったものではない。


「いや……合意……ではない」


 やっぱレイプやかないかい。


 それはそうとして私は身構える。いつでも逃げれる準備をしておく。階段を二段飛ばしで駆け降りて、最短距離で職員室へ逃げ込むルートを脳内シミュレーションする。

 しかし私の警戒とは裏腹に、イケメンは襲いかかってくる素振りは見せない。


「その、このことは学校には黙っててくれないか?」


「私が喋らないように、私を服をひん剝いて、脅迫用の裸体の写真を撮影する気? クラウドにデータを保存して、一定時間アクセスがなかったら自動的にインターネットにバラまかれるようにして逆らえないようにする気?」


「いや、そんなことはしないけど……」


「…………あ、そう」


 ……なんだ、思ったより話の通じる奴じゃないか。なんなら私の方がエロ作品の見すぎなのが露見して恥ずかしいくらいである。


「まぁ、取りあえず、言い訳は後で聞くけど……真夏の太陽の下に気絶した色白の美少年を放置するのは危険だから、室内に運んだ方がいいと、私は思う」


 明らかに冷暗所で保存して下さいと注意書きがされていそうな華奢な身体だ。このままだと熱中症にかかる恐れがあるし、羨ましいくらいに白い肌が紫外線に晒されメラニン色素を生成してしまうのはあまりにも惜しい。


「水泳部の部室を貸してあげる」


「すまん」


「あんたのためじゃない。そっちの子のため」


 イケメンは美少年を担ごうとするが、気絶した人間を運ぶのは、意識のある人間を運ぶよりはるかに難易度が高いようで、うまい具合に背におぶることが出来ないでいる。


「お姫様だっこで運べないの?」


「む、無理……」


「その筋肉は見せ筋か!」


「いや人間を一人で持ち上げるのって結構大変なんだよ!」


 少女向け漫画では男キャラがヒロインを軽々とお姫様だっこして、「お前……軽すぎ、ちゃんとごはん食べてんの?」って言いながらアスリート顔負けの速さで疾走して悪漢から逃走するシーンがあるのだが、やはりあれは妄想の産物だったのか。フィクションと現実を一緒にしてはいけない。ガニ股で力入れて持ち上げるのが精一杯であるイケメンの情けない姿を見ながらまた一つ知見を得た私であった。



 仕方ないので二人で美少年を運ぶことにした。私は膝裏を持ち上げ、イケメンは脇の下を持ち上げ、これから死体を埋めにいくような恰好でレイプ魔との共同作業。スマホを忘れただけなのになにやってんだ私……。

 よく見るとイケメンが性的暴行を企てようとしていた現場には、水泳部の備品であるビート版が敷き詰められており、それをマットレス代わりにしていたらしい。


 レイプ魔の割には気が利くんだな……と関心。


 ざらざらとしたプールサイドのコンクリートの上で行為に励めば、正常位なら受けの背中が、後背位や騎乗位なら受けの膝がボロボロになってしまうから、ビート版をマットレスとして使うのは理にかなっていた。青缶、受けの負担がデカすぎる。

 可能であれば何も知らない水泳部が後日それを使用する事も考慮して欲しかった。


 男のケツやチンが接触したビート版など使いたくないし、なんなら例の液体が付着したものなど、想像しただけで身の毛がよだち、思わず美少年を落っことしてしまいそうになった。


「おい! 気を付けてくれ!」


「ご、ごめぴ」


 せーので息を合わせて階段を下りながら、視界に入るのはまだ熟していない青いバナナ。まだ毛が生えていないのか、それとも剃っているのか。


「おい、あんまり見るなよ」


「いいでしょ、減るもんじゃないし」


「コイツの自尊心が傷つくだろ」


「マジ? どの口が言うの? 数分前の自分の行動顧みてみ?」


「お、俺はいいんだよ……コイツのダチだから」


 ダチをレイプすなーっ! と突っ込みたいが、私の腕も限界でそろそろ無駄口を叩く余裕がなくなってきた。


 二人ではぁはぁ息を乱しながらも更衣室を兼ねている水泳部の部室に到着。

 ゆっくりと美少年を床に寝かせる。

 私も腰を下ろし、背の後ろに手を置いて身体を支えながら足を伸ばして疲れた身体を癒す。


「起きないね、この子」


「そうだな」


 それだけ裸を見られたのがショックだったのかな。

 男の裸を見て気絶してしまう令嬢の姿は容易に想像が出来るが、裸を見られて気絶する少年も存在するのだといらん知識を増やしつつ、次の提案。


「私この子に服着せとくから、あんたはスポドリ買ってきて。部室棟の下に自販機あるっしょ」


「お、俺が行くのか?」


「当たり前でしょ。脱水症状起こしてるかもしれないし。ついでに私はコーラが飲みたい」


「厚かましい奴だな」


「部室貸してあげたんだからそれくらいいいでしょ」


「陸に変なことすんなよ」


 陸、というのはこの美少年のことなのだろう。

 確かイケメンの方は大地君と呼ばれていたのを今になって思い出す。陸と大地か、名前だけ見ればいいコンビではないか。


「だからあんたが言うなっちゅーの。別にあたしはコーラが飲めなくても死にはしないけど、陸君は死ぬかもしれないんだよ。陸君に死なれて困るのは君でしょ? ね、大地君」


「名前で呼ぶなよ、そもそもお前何年だよ」


「二年」


「俺三年なんだけど」


「犯罪者に使う敬語はねー! 早く買ってこい!」


 イケメン改め大地君は渋々と言った具合に自販機へ向かう。


 私は陸君に服を着せようとするも、気を失った人間を運ぶのが難しいように、気を失った人間に服を着せるのもまた難しい。仕方ないから大地君が来るまで待つかと思い、暇つぶしにスマホを見ようとしたら、ラインの通知の数を見て嫌な気分になったので再びジーンズのポケットにねじ込みなおす。


 手持ち無沙汰なので、陸君のちんちんをつんつんしながら遊んでいると、「何してんだ痴女!」と戻ってきた大地君に怒られる。


「いや、確かに今回は私が悪かった。ごめぴ」


 大地君はコカコーラとゼロカロリーを一本ずつ買ってきて、どちらがいいかと聞いてくるので赤いラベルのノーマルコカコーラを受け取る。コーラが欲しいという要求に、数種類のコーラを用意する辺り、案外気が利く男なのかもしれないと、少しだけ見直した。

 大地君も黒いラベルのゼロカロリーコーラで喉を潤してから、陸君に服を着せるため再び共同作業。


「そっちもって」「おう」「つぎこっち」「ああ」と阿吽の呼吸で意思疎通が図れてしまうことに嫌な気持ちになりながらも、フルアーマー陸君のプットオンが完了。


 ちなみにちんちん(直喩)もフルアーマー(暗喩)なのも確認済み。


「なかなか起きないね」


「もしかして結構ヤバい? 人工呼吸とかした方がいい系か?」


「人工呼吸は私がするから大地君は心臓マッサージ担当して」


「お前が陸とキスしたいだけだろ!」


「それを言うならお前もだろ! あと私の名前は川崎海未だ。お前っていうな!」


「お前もお前って言ってるだろ!」


 とかなんとか言い合っていると、耳障りだったのか陸君が目を覚ます。


「う、うう……えっと……ここどこ……大地君と……誰?」


 陸君は明瞭になる意識と共に、気絶する前の状況を思い出し、身体を硬直させる。

 見知った顔の大地君と初対面の知らない女子、交互に顔を見合わせた後、彼は私の後ろに隠れるようにして大地君から距離を取った。


 男であるにも関わらず、躊躇なく女子に庇護を要求してくる生粋の小動物系男子のムーブメントに少しだけキュンとしながら、陸君と一緒に大地君に非難の視線を送る。陸きゅんは私が守護る。



「何か言うことあるでしょ犯罪者」


「す、すまなかった……陸……ごめん」


「…………」


 陸君は許すべきか悩んでいるようで、無言を貫く。

 とりあえず私は陸君にスポーツドリンクを渡す。


「えっとさ、陸君はあんたのピなの?」


「ピって言い方ウザ」


「ごめぴ」


 畳みかけるように大地君をおちょくる。大地君は声を荒げそうになるも、背後の陸君に対し申し訳ない気持ちを持っているようで、大人しくなって私の質問に答えた。


「付き合っては……ない、でも……」


「でも?」


「親友だとは……思ってる」


 確認を取るために背後を振り返ると、陸君も満更でもなさそうな顔で、嬉しそうな口元を緩めていた。

 二人の経緯を聞くに、共に剣道部に所属していて、気弱なせいで一年生の時にいじめのターゲットにされた陸君を大地君が助けたことで二人は親友になったらしい。


 んで剣道部は人数が多くて、練習後のシャワーの数が足りず、下級生は順番待ちをするか、複数人で同じシャワーを使ったりする必要があり(この辺は女子水泳部と同じだ。我が校のシャワールームの数は部員に対して少なすぎる)、そして陸の女子よりも女子らしい華奢な骨格やなめらかな白い肌を見たり、練習後の汗と混じった美少年の匂いを嗅いだりしている内に、陸君のことを恋愛対象をして見るようになってしまったらしい。


 そして男子水泳部の部長と仲が良い大地君は、水泳部部長からプールサイドの鍵を借りることに成功し、人気のないプール場で陸君をレイプする計画を立て今に至る。

 これらの話で一番驚いたのは、陸君が大地君と同じ三年生で私の先輩だったという事だ。男性ホルモンを母親の子宮に忘れてきたのかね?(名推理)


「その……魔がさしたというか、すまん、陸!」


「結局あんたもさ、陸君を虐めてたいじめっ子と同じってことだよね。彼の気持ちを考えずに傷つけてさ。性的暴行って暴行って書いてある通り、実質暴力だから」


「返す言葉もない……」



「んでどうする陸君? 警察行く? 学校に報告する? 大地君の親に言う?」


「そ、それだけは……俺スポーツ推薦ないと行ける大学ないくらいバカなんだよ」


「犯罪者は黙ってろ。親友に一生消えないトラウマ与えといて自分の将来が潰されたくないとか片腹痛しなんだけど」


 大地君は奥歯を噛みしめ拳を握りこむが、ごもっともだとうなだれ、陸君の判決に従う意を見せる。


「あの、大地君を虐めないで……あげて下さい」


「え?」


「その、大地君……びっくりしたし、今も嫌な気持ちなのは確かだけど……これで大地君と離れ離れになるのは、もっと嫌だよ」


「陸……!」


「はえー」


 驚いたことに、陸君は大地君を許した。

 私は知りようもないが、二人の間にはそれだけ強い絆があるらしい。


「大地君がいなかったら、僕は高校三年間ずっと虐められてたし、友達も出来なかった。大地君と一緒に過ごした高校生活はとても楽しくて、僕は幸せだったよ」


「り、陸……」


 二人は見つめあう。大地君の目に涙が浮かぶ。高濃度の青春成分に思わず私の目頭まで熱くなる。


「その、いきなりその、セックスは無理だけど……手を繋ぐとかだったら、大丈夫だし……大地君のこと、僕も、好きなんだと……思う。友達以上の意味で」


 陸君は大地君と違って、生粋の同性愛者ではないようだけれど、親しい人間と同じ時間を過ごすうちに、友情以上の感情を抱くようになっていたようだ。私も女子だから気持ちは分からんでもない。



 いや、違う。



 私は陸君と同じだ。



 私もまた赤月朱里のことを友達以上の関係だと思っているし、彼女がもし男だったら抱かれてもいいかなと思ったこともある。レズセックスに忌避感を抱いているだけで、べたべた抱き合ったりする程度ならむしろしたいとさえ思っている。


 そしてまた陸君と同様に、相手の重い性的感情を受け止める覚悟はないけれど、それによって二人の関係にヒビが入るのを恐れている。


「海未さん、だよね」


「あ……うん。そうです。陸パイセン」


「なんで急に敬語?」


「や、人生の指標を今のパイセンから見出したもんで」


「やっと後輩としての自覚を抱いたか」


「大地君には抱いてねーよ」


「なんでだよ!」


 気を取り直して陸君は続ける。


「海未さん、ありがとう」


「なんの感謝? 全裸で気絶した所を室内に運んで服を着せたこと?」


「それもそうだけど、海未さんがいなかったら、もしかしたら僕と大地君は一生仲直りできなかったかもしれない。大地君に酷いことされて、僕は大地君と距離を取るようになり、仲直りしたくても無理やりされたトラウマで何も言い出せないまま卒業しちゃってたかもしれない。お互いに求める線引きは違っていても、お互いのことが大好きなのは違いなかったにも関わらずにね」


 陸君は恥ずかしそうにはにかむ。

 お互いに求める線引きは違っていても、お互いのことが大好きなのは違いない。


 陸君の言葉を反芻する。


 彼の言う通りだ。この二人がなりかけたように、私も朱里から日々過熱化するアプローチに耐えきれずに距離を取り、やがて疎遠になってしまう未来があるのかもしれない。本当に必要なのは自分を殺してまで相手の全てを受け入れる事でも、重すぎる愛から逃げることでもない。お互いにお互いの感情を吐露しあい、妥協できるラインを見定め、少しずつ距離を詰めていくことなのだ。


 相手の全てを受け入れるなんてもんな前時代的なもので、あらゆる娯楽が飽和した現代社会においてそんな関係はあまりにも重荷過ぎる。


「いや、感謝するのはこっちの方ですよ、パイセン」


 私は陸君と連絡先を交換して二人と別れた。大地君とは今後連絡を取るつもりはサラサラないので連絡先の交換はしていない。


 学校を出てチャリにまたがり、私は朱里に電話する。


 ラインの着信音のワンフレーズ目が終わる前に、朱里は電話に出た。


「海未! やっと電話くれた! ずっと待ってたのに!」


「ごめぴ」


「ごめぴじゃないよ!」


「ごめんごめん。それでさ、朱里に言いたいことがあるんだけどさ」


「ん? 何?」


「朱里さ、私のこと、好きでしょ?」


「……っ」


 スマホの通話口の奥で、朱里の息の飲む気配を感じ取る。


「私もさ、朱里のこと好きだよ」


 ガン――と大きな音がする。


 朱里がスマホを落とした音だろう。

 失ってからじゃ遅いから、私は朱里より先に、告白した。

 セックスは無理だけど、ちゅうくらいならしてもいいぜ。





 後日談。


「はじめましてー赤月朱里でーす! ってうわ! 陸先輩マジ美少年! 舐めていいですか!」


「部活の後輩に撫でていいですかと聞かれたことはあったけど、舐めていいですかと聞かれたのは初めてだな……」


「すんません陸パイセン、朱里BLカプだとショタ受け専門なんで」


「女子って誰でも少なからずBL好きだよな」


「ガチホモの大地君に言われたくねー」


「お前ホント生意気だな」


 季節は巡って二学期の中間試験が終わった秋半ば。

 無事カップルになった私と朱里は、陸君・大地君カップルと共にダブルデートをすることにした。


「わたし、二人の馴れ初め聞きたいな~」


「教えてあげよっか。現場に居合わせてたからさ。ちょー刺激的だったよ」


「やめろ余計なこと言うな」


「僕もその話は掘り返さないで欲しいな……」


 代わりと言ってはなんだけど、と彼らは今後のことについて私達に教えてくれた。


 大地君は剣道のスポーツ推薦で大学進学。陸君も一般入試で同じ大学を受験するらしい。

 仲睦まじい事である。ちゃっかり手も繋いでいらっしゃる。


 朱里も負けじと私の手を握ってくる。私はその指を絡ませることで朱里の手を受け入れた。

 果たして二人はもうセックスしたのか。




 私達は……まぁ、もう少ししたら、してもいいかなーって感じかな。

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