おい……何をしようとしている?
肉飲華を倒し3人の元へ向かおうと歩みを始めるが何か違和感を感じ、辺りを見渡す。
周りの砂埃がいつまで経っても消えずに当たりを漂っていた。
こんなに長々と漂うものだっただろうか? 何かおかしい様な……。
「っ!? クソッタレ!」
慌てて口元に布を巻き簡易的なマスクの代わりにする。
辺りを漂っているものは砂埃などではなかった。
「胞子か…!」
おかしい、肉飲華に胞子を大量に吐き出すという話は聞いたこともない。
そもそもここまでずっと漂っているということは今も胞子を大量に分泌しているものがいるはずだ。
「あらぁ、貴方生きていたのぉ?」
「イリナ!」
胞子のせいで周りが見えづらく話しかけられるまでイリナがいることに気づかなかった。
「とりあえず口元を覆え、周りに散らばってるのは花粉だ。吸いすぎると厄介なことになるかもしれない」
「…っ! わかったわぁ」
そういうとイリナは口元を適当な布で覆う。
「何か体に変化はあるか?」
「……そういえば指先が少し痺れる気がするわぁ」
最悪だ、細かい症状はわからないがこの花粉は少なくとも人体に害があるらしい。
自分の手を握ったり広げたりして痺れがないかを確かめるが特に違和感は感じなかった。
多分、イリナ達はこの花粉の中を全速力で走っていた間自分はビルの中で花粉を吸っていないおかげだろう。
「出来るだけ吸わない様にしてラナとイムの二人と合流して花粉の外に出る、行こう」
「ちょっと待ちなさいよぉ、リーダーは私でしょ? ここからは私が指示を出すわぁ」
こんな状況でそんなこと言っている場合か? と思いつつもイリナの発言に食い掛かりたい気持ちを押さえつけてなんとか理性的な思考を引っ張り出す。
ここで言い争う暇などないし、この少人数で指揮系統を二つに分けたりしたら共倒れになるかもしれない。
「……わかった、ここからは頼むよリーダー」
相手が譲るつもりがないのなら自分が譲るしかない。
ここで言い争うよりも彼女をリーダーにして行動した方がまだ生存率は高いだろう。
小走りで先へ向かうイリナの後ろをついていく。
「二人の居場所はわかるのか?」
「この視界の悪さでみんなと逸れちゃったのよ。 でもある程度の場所はなんとなくわかるわぁ、途中までは一緒だったからぁ」
「とりあえず急いで向かおう。 二人の安否が心配だからね」
「一々命令するのやめてもらえるかしらぁ?」
「了解、リーダー」
どうやら自分は彼女にあまり良い印象を持たれてない様だ。
これが悪い方向にいかなければいいが。
そうして道なりに走っていくと人影が一人分見えてくる。
「ラナ! 無事か?」
「せ、先輩! あ、会いたかったっス〜」
そういうとラナが自分の方に歩み寄って来て抱きついてこようとしてくるのを肩を掴んで止める。
こんなところで身動きが取れなくなる状態になるのはごめんだった。
「まだ安全な状況下じゃない。 落ち着くんだラナ」
ラナに呼びかけながらラナの口元に布を巻きつける。
「は、はいっス、えと、先輩これは?」
「周りに謎の胞子が漂っている。 吸いすぎると体の痺れが出る可能性がある可能性があるが大丈夫か?」
「えと、えと……」
ラナは慌てながら自分の体を触り確認し始めるが徐々に落ち着いていく。
「さっきまで急いで走っていたんで気づかなかったっスけど足が痺れてる感じがするっス」
「っ!」
屈んでラナの足に手を当てて痺れがどのあたりにあるのか調べ始める。
「せっ先輩!?」
「足の指先を押しているがどんな感じだ?」
ラナの言動を無視して質問を投げかける。
その後も足の甲や脛を調べた結果、足のくるぶしから下の感覚が痺れている様だった。
やはりこの胞子は吸う量が多いほど痺れる範囲が広がる様だ。
このままここにいるのは危険だ。
「イムと合流次第撤退する、それでいいなイリナ」
「はぁ? このままおめおめの帰れっていうのぉ? あんた」
「今は言い争っている場合じゃない! 少なくともこの胞子の中にいたら全滅だ、僕は一人でも撤退させてもらう」
彼女の言葉に被せる形で発言する。
「ふぅん…最後の言葉はそれでいいのかしらぁ?」
イリナと目を合わせ自分は硬直してしまう。
さながら今の自分は蛇に睨まれたカエルの様なものだろう。
そうなってしまうほど自分は彼女の強さを測りきれないでいたが自分もここで引くわけにはいかなかった。
「っ! いい加減に」
ーーーーズガーーン!!!!ーーーー
突如、爆音と砂煙が自分の声をかき消した。
「肉飲華……! まだいたのか!」
視界は最悪、隣にいるのは最早仲間かどうかも怪しい。
状況は最悪と言って差し支えないだろう。
肉飲華の地面から生えている根元がここから確認が出来ないせいで無力化も不可能に近い。
……ラナだけ回収して逃げてしまうか? 運が良ければ逃げ切れるかもしれない。
「クソが!」
短く悪態をつきながら肉飲華に肉薄する。
見捨てるのだけはダメだ。 一度見捨てればそれを目にしたものに疑いをかけられてしまう。
"次は自分を見捨てる気か"と、そうなって仕舞えば厄介なことのこの上ない。
疑念が募り、後ろから撃たれるなどごめんだ。
「こっちを見ろ!」
肉飲華のつぼみに発砲しこちらに気を逸らす。
自分の狙い通りつぼみがこちらに狙いを定めたのかつぼみを此方に向ける。
この後の作戦は肉飲華が此方に突進する直前に転身して攻撃を回避するだけだ。
この作戦のクソったれのところは肉飲華が此方に突っ込んでくるタイミングが分からないから運否天賦に身を任せなければならないということだ。
……こんなのが作戦と呼ばないのは自分でもわかっている。
それでも自分の中で作戦と銘打っていないと色々なものに押しつぶされて今にも動けなくなりそうだった。
肉飲華との距離が徐々に狭まっていくごとに心臓が万力でギリギリと締め付けられていく感覚がする。
一歩、一歩……まだ走る、まだ、まだ………っ今!!!!
肉飲華から転身して、転がる様にその場から離れる。
運が味方をしたのか、それとも気まぐれな女神の悪戯かどうかはわからないが転身した直後、肉飲華が突っ込み地面にクレーターを作る。
まさに紙一重で突進を回避し、背中に肉飲華の風圧と衝撃を受け止めながら二人の元へと駆け寄った。
「せ、先輩……!」
「急ぐぞ! あんなマグレを2回も成功させる自信はないからな!」
そう言いながらラナの手を掴み逃げ出そうとするがイリナはその場から動かずにいた。
「おい、何をしているんだ…?」
「逃げたいなら逃げればぁ? あんな奴私なら余裕でヤレるわぁ」
こいつは何をしようとしているんだ? いや、それよりも今は悩んでいる暇はない。
「馬鹿なこと言ってないで早く逃げるんだ! 本当に死ぬぞ!」
「だから一々指図するのやめなさいよぉ、黙ってそこで見てなさい」
イリナがそう言うと腕を前に突き出し始める。
その直後にキリキリと何かが擦れる音が鳴り始めた。
「おい……何をしようとしている?」
「黙って見てなさぁい」
キリキリと鳴る音は徐々に大きくなっていく。
目を凝らしてよく見るとイリナの指先に細いワイヤーが伸びているのが見える。
もしかして以前男の指を切り落とした時もあのワイヤーを使ったのだろうか?
つまり今イリナがやろうとしていることは……。
「ぃやめろおぉ!!」
急いで止めようとするが間に合わない。
つぼみの根元が切断され、後に残ったのは長い茎がその場に残った。
「まぁ、私がやればこれくらいヨユーねぇ」
「や、やったの……? せ、先輩助かりましたよ!」
ラナが安堵の顔で此方を見ながらそう言うが、自分はそれどころではなかった。
「こ、このクソったれがあぁ!!!!」
そう叫んだ直後、肉飲華の茎が暴れ始め周りの建造物を破壊し始めた。
頭上から瓦礫やガラスが降ってきたり、肉飲華の茎が自分の半歩先に恐ろしい速さで振り下ろされたりと最悪な状態になっていた。
なぜこの様なことになったのかを説明するには肉飲華の生態について説明しなければならない。
肉飲華のつぼみには大量の触手が付いている。
この触手はただの触手ではなくアイマー器官と言われるものなのだ。
アイマー器官はモグラなどに付いており振動を感じ取り餌を探すのに使われている。
しかし、肉飲華のアイマー器官はモグラのそれとは一線を画す性能を持っており、光を感じ取れるほど高性能らしいのだ。
そしてアイマー器官のついたつぼみを失った肉飲華の全てが茎の部分が暴走する。
恐らく司令塔の役割を果たすつぼみが切り離されることによって茎が暴走しているのかもしれない。
肉飲み華の茎は植物の茎としては太く、棍棒の様な太さで重たいつぼみを軽々と持ち上げられる丈夫さとしなやかさを兼ね備えている。
そんなものに暴れられると手がつけられないので根元から切り落とすのが正攻法とされていた。
つぼみがなくなった事により数日後に茎が枯れるらしいが当事者の自分達にとってはすぐにでも枯れてほしかった。
「ぼさっとするんじゃない! 全員、すぐにこの場を離れるんだ!」
「な、なんなのよこれ……」
「ひっ…あっ……」
自分の指示は二人には届かずその場で立ち尽くしていた。
急にこんな状況になって無理もないと大抵の人がそう言うだろう。
しかし当事者の自分からすればふざけるなと言いたい気持ちの方が強かった。
「いいから行くぞ!」
そう言いながら二人の腕を掴もうとした瞬間、首筋に嫌な悪寒が走った。
次の瞬間、肉飲華の茎がラナに狙いを定める様に先を向けるのが見えた。
「っ!!!」
気遣う余裕もなくラナを力任せに突き飛ばす。
先ほどいたラナの立ち位置に自分が立つ形になり、そこに肉飲華の茎が横腹に突き刺さった。
視界が回り、そのまま紙屑の様に軽々と吹き飛ばされる。
口からは血が喉から競り上がり飛び出してくる。
そうしてビルのガラスを突き抜け、ビルの室内に転がり込む。
意識が朦朧として、体が動かない。
自分がどうなっているかも把握できない。
視界が暗くなっていく。
「あっ…あぁ」
気絶からなんとか逃れようとする自分の意思とは裏腹に徐々に視界は暗くなっていく。
「んぅ? なんじゃ、こんなところで騒がしくしとる奴は」
その声が聞こえた後に自分の意識は完全に途切れてしまった。