肉飲華
「先輩! 一緒にミッションクリア目指して頑張りましょうッス!!」
「ちょっと、アタシうるさいの嫌いなのよぉ、静かにしてくれないかしらぁ?」
『お二人共、ミッションに集中してください』
……どうしてこうなった。
女性3人に対して男は自分1人、肩身が狭いとはまさしく今の状況をいうのだろう。
時間は少し巻き戻り、今日の朝。
『下級市民ジャック、直ちに……』
短い休暇は部屋にあるオンボロなモニターから聞こえてる機械音声によって終わりを告げる。
それはいつものことなのだが違うところがあるとしたらそれは一歩後ろををついてくる彼女の存在だろう。
今日がついにイムとの初ミッションである。
アンドロイドと一緒にミッションを受けるのは初めてだがそれ以上に気になることが一つ。
イムが行動不能になった場合である。
そのことを思いついたとき直ぐに聞いたら『機体を回収することが好ましい』とのことだった。
イムの背格好は小柄な女性だがその体重は成人男性の体重に引けを取らない重さである。
なんだったらそれ以上に重たいかもしれない。
そんな重たい物を担ぎながらミッションを続けるのは困難だし持ち帰るのも難しいだろう。
回収に失敗したらどうなるのかと聞いたら『前例がないのでお答えしかねます』としか答えてくれない。
そういう答えのない返答が自分は苦手でどんどん悪い方向へと考えてしまう。
大丈夫だ、落ち着くんだ……きっといいことがあるはずだ。
例えばこのミッションルームを開けると頼りになる知り合いや、協調性のある人がいるはずだ。
そんなことを考えながらミッションルームの扉に近づくと扉が勢いよく開くのだった。
……そして現在。
「なんなんスか! さっきから! 変に突っかかってこないで下さいっス、おばさん!」
「あらぁ、生意気な子犬だこと、私はまだ二十代なんだけどぉ……肩慣らしがてらバラバラに切り刻んでみようかしらぁ」
『お二人共、非生産的行動を終了し直ちにミッションに集中して下さい。』
先ほどからずっとこの調子である。
今回ミッションを共にするのはラナとイム、そして見覚えのある女性が1人の計4人チームだ。
女性とミッションを共にするのは珍しいことではないが男が1人だけというのは滅多にない、というより初めての経験だった。
過酷な環境のせいか女性の生存率は男と比べて低く、年齢が上に行けば行くほど男の割合が多くなっていく。
その大きな理由に男尊女卑という考えがほぼなく平等なのだ。
男ですら過酷な環境で生存率も低い中、男と女では体力や筋力と言った差で男の方が生き残りやすい。
しかし、そんな環境下でもコロニー側は女性、男性というよりは“人的資源"として下級市民を見ている節がある。
同じ下級市民の男も最初は女性を庇護対象として扱うが何度か死線を潜ると余裕や楽観的思考が無くなり女ではなく人として扱う様になる。
そうして弱い女は死に、男は多少は生き残るというわけである。
勿論、男よりも強い女も存在する。
それが目の前の見覚えのある女性なのだろう。
以前ブラッドとフリースペースで食事をして居たときに絡んできた男の指を切り落とした女性だ。
あれからもどうやって指を斬り落としたのか考えて居たが結局は分からず仕舞いであった。
「あー、もうかなりこうして言い合っているし、そろそろ自己紹介と行かないか?」
「あらぁ、今日で死ぬ人たちの名前を聞いても仕様がないじゃないかしらぁ?」
「なっ、なんーーっ」
「ラナ」
怒鳴ろうとしたラナの名前を呼び制止する。
「最低限の協力も出来ないせいでミッションを失敗したら君もどうなるかわかったものではないと思うけどね、お互いに賢い選択をしようじゃないか」
そう言いながら彼女の顔を笑顔で覗き込んだ。
笑顔というのは実に素晴らしい。
使うべき時と場所を間違えなければ実に効果的な道具になる。
正直、彼女達の自分勝手な行動にうんざりしており笑顔を向けるより銃口を向けたい気分だったが我慢する。
「……イリナよ、ミッション歴は2年」
そっぽを向きながら投げやりに応える。
「自分はジャック、ミッション歴は3年だ」
眼力で大人しく自己紹介をしろと念を送るようにラナに目配せをする。
勿論笑顔は崩さずに和やかに微笑むのを忘れない。
「ピィッ!……あぅ、えと私はラナっス。ミッション歴はまだ1年にも満たない……ス」
何故かラナの元気が急になくなったがこの短い時間に心境の変化でもあったのだろうか?
「あー……そして彼女がイム、アンドロイドで……まぁミッションルームで聞いた通りだよ」
前もってミッションルームでイムがアンドロイドで今回のミッションに参加する経緯などを説明されていた。
多分自分だけで説明させられていたら絶対に拗れていたのでコロニー側の説明は素直に有り難かった。
まぁ、その拗れる原因もコロニーのせいなのだが。
「それでぇ、本当なのかしらぁ? 彼女から会話の内容がコロニー側に伝わらないって話?」
「ああ、彼女、イムもこの腕輪と同じで音声を受信する機能しかないらしい。 記憶するデータも画像データが主で音声データは収集しないとのことだ」
「せ、先輩、それ本当っスか? その自分……」
モジモジ体をを揺らしながらラナが話しかけてくる。
彼女も話を信用しきれないのだろう。
「うーん、信じられない気持ちもわかるんだけどあまり疑いすぎるとキリがないからねぇ。」
「うっウッス……」
「さてと、自己紹介も済んだことでリーダーは自分がするけど文句はあるかい?」
「あるわぁ」
あるのか。
文句はあるかと聞いたが本当にあると言われると思わず驚いてしまった。
「あなた弱そうだものぉ、私がやるわぁ」
自信満々に言い放つイリナ、どうすればいいのか分からず自分とイリナの顔を交互に見るラナ、成り行きを見守っているのかそれとも何も考えていないのかわからないイム、場はなかなか面倒臭い雰囲気になっていた。
「……はぁ、了解だ。 それじゃあイリナ、リーダーをお願い出来るかな?」
「はぁい、という訳で最初の命令よぉ、貴方笑顔のセンスゼロだわぁ、子犬が怖がって使い物にならないから辞めなさぁい」
「え?」
「行くわよぉ」
「いや、その、先輩の顔が怖かった訳じゃ無くて、えとーーす、すいませんっス先輩っ」
先程の長話が嘘のように自分を除いた3人は歩を進める。
……どうやら自分には笑顔の才能はなさそうだ。
決してショックなど受けたわけではないがしばらく笑顔を人に向けるのは辞めておこう。
自分の腰に目をやると今回のミッションに使用する装備が目に入る。
装備はナイフやハンドガンと言った基本的な装備から手榴弾が3つ腰に取り付けてあり、装備が前回のミッションよりも充実していた。
ミッション中の装備は申請を出せばポイントを支払うことによって追加が可能なのだ。
なので前回のミッションでポイントを多く手に入れたことから普段は使わない手榴弾を申請しておいた。
普段からこういったグレネード系は常備しておきたいのだがどうしても使い捨てとなってしまうので毎回のミッションで使用していたりするとすぐにポイントが尽きてしまうので滅多に使うことはない。
周りを見渡すと朽ちた家屋やビルが自然に半分飲み込まれてしまったような建物が辺りを囲んでいた。
何故こんなところにまできたかというと、今回のミッションは人材回収ミッションだったからだ。
他の下級市民がミッション中に謎の研究者をこの辺りで発見し、それを聞いたコロニーがその研究者を捕まえてこいとのことらしい。
「研究者を捕まえようとした奴らは急に地面から木が生えてきたせいで追いかけられなかったと言っているらしい」
「木が急にっス? えと、地面から生えてるあの木っスか?」
「そう、その木で間違っていないよ。そろそろ研究者を見失った地点に着くぞ。」
しばらく歩いて目的地にたどり着くと腰ほどの高さの細い枝木が道を塞ぐように群生していた。
報告と目の前の光景を照らし合わせるとこの枝木の向こう側の方向に研究者は逃げたのだろう。
試しに枝を一本摘み折ってみると乾いた音を上げあっさりと折れてしまう。
「ふむ、高さや耐久性はないが量が厄介だな。 枝が重なり合うように生えているせいで無理矢理進むのは難しそうだ、報告とこの光景を見るに研究者はこの奥に向かったんだろう。」
「ど、どうしまス?」
「そんなの決まっているわぁ、この近辺を探すのよぉ、子犬ちゃん」
「え、このまま枝を退かしながら追いかけるんじゃダメなんスか?」
「アンタ馬鹿ぁ? そんなことして何かあったときどうするつもりなのよ? 態々身動きが取れなくなる状況に飛び込むなんて馬鹿じゃないのぉ?」
「むぎぎ……! 先輩っ先輩っ2回も馬鹿って言われたっス〜!」
「ハイハイ、それじゃあ後で馬鹿じゃないところを見せてくれ……それじゃリーダーさん先導をお願いできるかな?」
「勿論よぉ、それじゃ行くわよぉ」
最初はどうなるかと思ったがイリナは真面目にリーダーとしての役割を果たしているし、イムも大人しくしている。
ラナもたまに騒ぐが周りを良く見ており警戒をしっかりとしている。
最初はどうなるかと思っていたがなんとかなりそうだ。
これはもしかしたら今回は何事もなく帰れるかもしれない。
「ちょっと、早く来ないと置いていくわよぉ」
「先輩、早く早く!」
『ジャック、ミッションに集中して下さい』
3人が数歩先で手招きをしてこちらに来るように促してくる。
ミッション中に気を抜くなんて僕も彼女たちのことをとやかく言えないな。
「ああ、済まない。 すぐに行くよ」
そう言いながら3人の元へと歩き始めた瞬間、爆音と砂煙にあたりを包み込んだ。
「いったいなんなの!?」
「先輩!?」
「っ! 全員警戒体制を取れ!」
混乱しているであろう3人に命令を飛ばしながら駆け寄る。
イリナがすぐに指示を出すのであればそれに従ったが、先程の発言から混乱していると判断し指示を出した。
砂埃を掻き分け人影の元へと向かうと3つの人影の後ろに巨大な影が一瞬揺らめいて見える。
あの影はヤバい、ヤバいヤバい、どうする? クソ! 何故気を抜いてしまったんだ!? 違う、今は目の前に集中しなければ、どうする? どうにかするしかない、何かないか? 何か……
急な衝撃で頭が混乱してしまい、考えがまとまらない。
その纏まらない考えをどうにか口から吐き出しながら影の元へと駆けて行く。
「イム! 僕の現在位置から長さ60以上の棒までナビゲートをしろ! 無ければ迎撃!」
そう発言した瞬間、金属の反響音が辺りに鳴り響く。
その音の正体を自分は知っていた。
『5歩前進、その後、45度方向に角材があります』
先程の金属音はイムのソナー使用時の音だった。
イムの指示に従い走り続けると足に角材が当たる。
即座に角材を足で蹴り上げ両手で受け止めながらも足を止めず走り続ける。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
雄叫びと絶叫を同時に吐き捨てながら目の前の巨大な影に角材を持ち肉薄する。
影に角材を縦に押し込めるように突き立てると角材が突っ掛かる。
「全員、その場から離脱しろ! 早く!」
今の状況は朽ちた家屋や木々のせいで半ば一本道のような場所に自分達は立っていた。
その場から離れるように言うと他の3人は道を塞いでいる枝木とは反対の方向に駆け出す。
自分は3人にすぐについていかず手榴弾を手に掛ける。
「イム! 貯水槽を、っ!?」
イムに指示を出そうとした瞬間にその場で巨大な物に足場ごと掬われて空中に放り投げられる。
自分の身長を優に超えるほど高く舞い上がり、浮遊感と集中力のせいか周りがスローモーションのようになってしまった感覚がする。
「〜〜〜〜!」
声にならない悲鳴をあげながらもがこうとするが全く身動きが取れず、そのまま建物の窓ガラスに突っ込んでいく。
窓ガラスが割れる音と自分が建物内を転がる衝撃が五感を支配する。
あの場に残ったのは上にある貯水槽をイムのソナーで探し手榴弾で破壊するためだった。
上手くいけば水を広範囲に撒いて砂埃を掻き消すことができたかもしれない。
結果としてみれば失敗してしまったが。
「グッ……ガッ……!」
歯を食いしばり身体についたガラスの破片を払い除けながらその場を立ち上がるとガラスを踏み潰してしまいガシャガシャと割れる音が響く。
重たい身体を引きづりながら自分が突っ込んで破られた窓の方へと向かう。
窓の外を見ると自分のいる場所がビルの3階と言うことがわかり砂埃はここまで届いていない。
当たりを見渡すと運良く目の前の建物の屋上に貯水タンクを見つけることが出来た。
貯水タンクに向かって手榴弾を投げ込む。
手榴弾は貯水タンクの近くで炸裂し爆煙と共に水を勢いよく辺りにばら撒いてくれる。
短い時間、狭い範囲の砂煙を消し去ってくれる。
その消え去った砂煙から巨大な影の正体が露わになる。
まず目につくのは色鮮やかな脈打つ赤紫色の花だった。
どくどくと血管が浮き出た巨大な花のつぼみは人一人なら容易に呑み込んでしまえると容易にわかるほど大きい。
つぼみの先にはテラテラと光る短い触手が無数に付いており、見ていると生理的嫌悪感を催してしまう。
不意につぼみがこちらに向き直る。
つぼみの中には棘と触手が無数に付いており飲み込まれればひとたまりもないことがわかり、先程の押し込めた角材がつっかえ棒のように挟まっている。
巨大なつぼみには人間の腕ほどの太さの茎が体を支えており、つぼみと比べると明らかに細いその茎はしなやかに動き、悠々とつぼみを軽々と持ち上げていた。
「食肉動植物、肉飲華……!!」
いつからアレがいるかはわからないが何処かのイカれたクソッたれが植物と動物を掛け合わせて作ったのがあれらしい。
肉飲華の姿を確認すると同時にそれに向かって発砲する。
火薬の炸裂音が数回鳴り響くと巨大なつぼみを小刻みに振るわせる。
余りダメージになってなさそうだが、これで3人から意識を晒すことが出来ただろう。
慌てて後ろに振り向き何か役に立ちそうなものを探す。
運良く鉄パイプが転がっているのを見つけて慌てて拾いに行く。
鉄パイプに手がかかると同時に後ろに衝撃音と軽い浮遊感が襲ってくる。
肉飲華の脅威的な突撃により壁と床が肉飲華のつぼみの中に抉り取られたのだ。
「っ!? 今だッ!!」
肉飲華の姿を目で追いつつ受け身を取るとすぐに立ち上がり肉飲華に向かい走り出す。
肉飲華の巨大なつぼみの中には先程の突進によってビルの瓦礫が大量に詰まっていた。
その重さのせいで身動きが取れないのか、それとも瓦礫を吐き出そうとしているのかわからないがわからないがこれ以上のチャンスは後にも先にもないだろう。
目指すは肉飲華の根元の切断。
とある理由で肉飲華の無力化は根元を切断するのが一番なのである。
肉飲華のつぼみを追い越しその先にある茎にたどり着く。
茎は地面に向かって斜め下にまっすぐ伸びており、持っている鉄パイプを引っ掛けてジップラインの代わりにして下る。
思っていたよりもスピードが出たせいか着地に失敗してしまい地面を数回転がる。
「ぐうぅ、茎は……!」
肉飲華の根元の茎は顔を上げた先にあり、体制を整えるより早く身体を茎に向かって動かしたせいで転びそうになるがなんとか根本の茎に掴みかかる。
腰につけているナイフを肉飲華の茎に振り下ろすが固く途中で刃が止まってしまう。
すぐさまナイフをもう一度振り下ろそうとするが肉飲華が暴れだし身体が地面に叩きつけられる。
それでも気合いでなんとか手を離さない。
ナイフを持った手に力が入る。
「くたばれ、クソッタレッ……!」
ブツンと鈍い音と共に茎が切断される。
茎は僅かに地面に出ている部分が小刻みに動いているだけで、その上の切断されたつぼみの部分は完全に動かなくなっていた。
「……やったか?」
肉飲華の無力化が出来た事を確認した瞬間、安堵と疲労が同時に両肩に乗り掛かってくる。
もうこのまま座り込んでしまいたいが油断してしまったのが今回の失態の一つなので気を引き締め治す。
とは言っても今日はこれ以上の事は起きないだろう。
そんな事を考えながら3人の後を追いかけるのだった。