さてと、短い休暇を楽しみますかね
昨日、ブラッドと別れた後直ぐに自分の部屋に戻りベッドで横になった。
ベッドといっても上等なものではなく、壁に一人分の窪みがあり、そこに薄いマットが敷かれているだけだった。
そんな固い寝床で寝ていると聞き飽きた機械音声が部屋に響き渡る。
『下級市民ジャック、直ちにミッションルームに急行してください。下級市民ジャック、直ちにミッションルームに急行してください。』
「……ふがっ!?」
寝耳に水どころか寝ているところにスタングレネードを投げ込まれたくらいのインパクトに驚き慌てて起きる。
これで寝坊なんかしてしまったらそのまま永眠させられる可能性もあれば驚くのも仕方がないだろう。
着の身着のままで小走りでミッションルームに向かう。
寝起きの回らない頭でなぜ呼ばれたのかを考える。
普通に考えればまたミッションを受けさせられるのだろうが、普通は1日から3日くらいの空きがあるはずだ。
少なくとも自分は3年間ミッションを受けてきて、一度も連続でミッションをこなしたことはなかった。
ミッションルームにたどり着く頃には目がすっかり覚めており、モニターの前に立つと同時にモニターの電源がつき音声が流れ始めた。
『下級市民ジャック、貴方のその献身的なコロニーへの貢献を評価して新たなミッションを発注します。』
なんだ? 貢献を評価? そんなことを言われたことがあるだなんて他の奴から聞いたこともないぞ?
基本的にコロニーのこちらに対しては積極的にアクションは起こして来ず、1番コロニーからの声を聞くのも機械音声で行われるミッションの受注だった。
その文言もほとんど代わり映えのしないもので、定型分の様な形で行われている。
それに貢献って言ったら自分よりミッション歴が長い奴なんかいくらでもいるだろうし……。
そう思った後にイヤな考えが一つ思い浮かぶ。
何でも悪い方向へ考えてしまうのが自分の悪癖だと自認していた。
だからやめろ、そんなこと考えても意味がないのは自分がわかっているはずだろう。
そうやって心の中で反芻し続けるがソレが止まることはなかった。
何故、こんなことを言われたという話を聞いたことがないのか。
それはこれを言われた奴は人目に浴びれる場所に連れて行かれるからではないか?
それだけならまだマシだがもしかしたらこのまま……。
直後頭に浮かんだものは血塗れの自分の死体。
それだけでは飽き足らず際限なく悪い方向へと考えて行ってしまう。
そうしていると顔は青ざめてしまい膝が震えそうになるがなんとか震えを無理矢理押さえつけた。
『この度、リーガルでは新たな試みとしてアンドロイドを下級市民に配備する案が立案されました。 下級市民ジャック、アンドロイドのパートナーモデルとして任命します。 我々リーガルは貴方の活躍を期待しています』
「…………ッ! り、了解です」
ほらみろ、やはり杞憂ではないか。
そう心の中で自分に向かって言い放つ。
別に考えすぎが悪いこととは言わないが、四六時中こんな風に考えていてはこちらの身が持たない。
そうやって安心しながら心の中で一人反省会を行なっていると、モニターの前の床が音を立てて競り上がってくる。
ガタタタタ、ガッション!
金属が噛み合う音を上げて止まると競り上がった床の下から人が1人現れた。
背丈は自分の胸ほどしかなく、髪は橙色でギリギリ肩に掛かるぐらいの長さだろうか?
髪質はここから見ても固いと容易にわかり、髪型はハリネズミの毛を上手く人に落とし込んだ様な印象とでも言えばいいだろうか?
目には時折、文字や記号が浮かび上がり彼女が人間ではなくアンドロイドなのだと理解させられる。
『詳しい話はそのアンドロイドが答えます。下級市民ジャック、直ちにミッションルームから退室しなさい。』
そう音声を最後にモニターの電源が切れてしまう。
自分から呼び出しておいて勝手なものだと思うところもあったがそれよりもひどい目に遭わなくて済んだという安堵感の方が優っている。
アンドロイドの方に目をやると気付けば元の場所には居なく、ミッションルームから退出しようと出口に差し掛かっていた。
慌てて後を追うが此方の意も解さずズンズンと前へと進んでいく。
これは大人しくついていけばいいのだろうか?
訳もわからずついていくと先程小走りで来た道を遡り、自分の部屋にたどり着いた。
どうやらここがこのアンドロイドの目的地だったらしい。
狭い部屋の中央に立つとこちらに急に振り返ってくる。
『この度、下級市民ジャックの一時配属となりました。IMU - 756692です。 次回のミッションから下級市民ジャックの指揮下に入ります』
「あ、あぁ……そうか」
突然のことでつい気の抜けた返事をしてしまう。
殺されないことは分かったがそれでももしかしたら今の状況も相当悪いのではないだろうか。
『…………下級市民ジャックのマスター登録を完了しました。 只今から今回のミッションの質問にお答えします。』
「質問……」
困った、質問と言われても突然の事すぎて何を質問すれば良いかがわからない。
とりあえず思い付く事を全て聞いてみよう。
「えーと、とりあえず次回以降のミッション中は一緒に行動する事……でいいのかな? それ以外、コロニー内にいる時は君はどうするんだ?」
『本ミッション中は原則として視界内に収まる位置に着くようになっています』
「……それはフリースペース等にも付いてくるということか?」
『はい、その通りです』
最悪だ、こんなの常に監視されている様なものではないか。
「あー、僕の指揮下に入るということだが、どこまで君に対して命令する権限があるのかな?」
『非生産的行動とコロニーに不利益な命令以外を従う様になっています』
従う様に「なっています」か……。
彼女の言動、アンドロイドらしさに少し引っかかりつつも次の質問を口に出す。
「そうか……最後に質問というよりお願いなんだが名前を教えてもらってもいいかな? 名前がないとミッション中に支障を来たすからね」
『IMU - 756692です』
「それは名前じゃなくて型番や識別番号というものだろう?」
『? そうですが何か問題でもありますか?』
本気で何を言っているか分からないという様子で彼女は首を傾げる。
確かに名前なんて個別の登録名や番号と役割は同じかも知れないがそうじゃないだろう。
目の前のアンドロイドは情緒を巧みに使い、分からないという感情を仕草や音声に乗せて表現している。
それはすごいのだが、情緒よりも常識を詰め込んで欲しかった。
「あー……君の識別番号は分かった。だがミッション中にそう長々と名前を呼ぶ余裕はなくてね」
『それでしたらお好きな様にお呼びください。そちらを本機に登録します』
それは名前を付けろということか。
正直先程の識別番号はIMU以降覚えてないので助かるがどういう名前をつけようか。
しばらく口元に手を当てて俯き考えていると一つ考えが辛うじて浮かんでくる。
「IMUだから"イム"というのはどうだろうか? 悪くないと思うんだが……」
恐る恐る、相手の顔色を伺いながら聞く。
しかし相手はアンドロイドなので顔色など変わる訳もなかった。
『了解しました。 登録名"イム"で本機に登録します。 登録完了しました』
名前の登録とやらができた様だ。
これは受け入れてもらえたということでいいんだろうか?
初めての異文化交流どころか種族も違うアンドロイド交流につい戸惑ってしまう。
「あー、では僕はこれから少し部屋から出るが……君、イムも付いてくるということでいいのかな?」
『はい、それがミッションですので』
軽くこれからの厄介方に溜息を吐きながら部屋を出る。
『どちらへと向かっているのですか? マスター?』
「マスター?!」
突然のマスター呼びについ鸚鵡返しで反応してしまう。
『下級市民ジャックをマスター登録しておりますのでこの呼び方が適切かと』
「あー…少し質問なんだが、その呼び方に何か拘りや上からの決まり、もしくはその呼び方にすることに対してのメリットやデメリットはあるのかい?」
『いえ、特に御座いません』
「そうか、それじゃあ普通に名前で呼んでもらえるかな? マスターと呼ばれるのは生まれてこの方経験がないものでね。 慣れていないんだよ」
『了解しました、只今から呼称をジャックに変更します』
彼女の無機質な対応にどう返せばいいかわからずつい苦笑いをしてしまう。
「おっと、話が逸れてしまったね。 今向かっているのは"ライブラリ"、僕たちは"データ通り"とも呼んでいる場所に向かっているのさ」
ライブラリ、それは様々な情報がコロニーからポイント取引されている場所だ。
とは言ってもこっちが買うだけの一方通行なんだが。
ライブラリで取引されているデータには様々なものがあり、モンスター、動物、植物、歴史……上げていったらキリがないほど膨大なデータがポイントで購入できる。
ただし購入できるのはコロニーに不都合なこと以外の情報のみらしいが。
そうして歩いていると昇降機の前にたどり着き、ライブラリがある階層のボタンを押す。
ガタガタと音を立てながら移動して行き目標の階層にたどり着き、しばらく歩くと他のものと比べて一回り大きい扉の前にたどり着く。
「えーと、ここへ来たことはあるのかな? イム」
『データとして"ライブラリ"の情報は有していますが、本機がこの場に立ち寄ったことはありません』
「そうか、だったら新鮮味はないかもしれないな。 だが、中は壮観だから驚くかもしれないぞ?」
そう言いながら扉を押し開ける。
開けた瞬間、室内のビカビカとした眩しさに目を細めてしまうが徐々に目が慣れてくる。
目に飛び込んできたのは文字と文字と文字、とにかく所狭しと文字がいたるところに浮かんでいる。
長く、幅の広い通路は吹き抜けとなっており上にも通路が積みあがっていて、つい首を上へと傾けてしまう。
両サイドの壁際には空中に浮かんだホログラムがどんなデータを取引しているかを紹介、宣伝をしておりフリースペースよりも人が溢れかえっている。
「おぉ、相変わらずここは騒がしいな」
人の多さに圧を感じ、ついつい足を止められてしまう。
「……? あっ!? センパーイ! ジャック先輩、お久しぶりっス!」
人混みの中から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
しばらくすると片手をブンブン振りながら自分に駆け寄ってくる小柄な女性が目に入る。
「ん? ……あぁ、確かラナ……だったかな?」
辛うじて目の前の女性の名前を思い出すことができた。
多分名前は間違っていないはずだ。
「先輩! もしかして自分のこと忘れかけてませんでした!? ひどいっスよー」
「無茶言わないでくれ……一月前に初めて組んで以来会ってないんだから」
「ムムム〜、じゃあ先輩に覚えてもらえる様に頑張るっス!」
この子、ラナとは1ヶ月前に一緒にミッションを共にした関係だ。
その時が初ミッションだったらしく、色々と質問して来たので色々と教えてやったのを覚えている。
とは言っても1ヶ月前に一回だけミッションを一緒にこなしただけなので名前を間違わなかった自分を褒めてやりたい気分だ。
「ハハハ、それでラナもデータを買いに来たのかな?」
「ハイっス! 先輩がデータを買って色々と勉強した方がいいって言ってましたよね、だからポイント貯めて来ましたっス!」
確かにそんな事も言った気がする。
正直、初めて会った日にマシンガンの様にアレコレ質問が飛んできたので彼女との会話がほとんど覚えていなかった。
たがそれのおかげで彼女の印象が残っていて辛うじて思い出せたのだが。
「えと、先輩、その隣の方は何方なんですか?」
「あぁ彼女は色々と事情があってね……」
今日起きた出来事やイムのことを噛み砕いて説明する。
そうやって話している間、ラナの表情がコロコロと変化させている。
「さ、流石先輩っス、メチャ尊敬しちゃいますっス!」
「呼び出された時は生きた心地がしなかったけどね……」
あの呼び出された時の恐ろしさを思い出して遠い方向へと意識を持っていかれてしまう。
そんな自分に気づかなかったのか、それとも待ちきれないのかラナはみを乗り出して語りかけてくる。
「先輩! 先輩! 良ければご一緒してもいいっスか? どんなデータを買えばいいか教えて欲しいっス!」
「んあ、あぁ勿論だとも」
意識がどこか遠くに行ってしまったせいか気の抜けた声で返事をしてしまう。
そんな自分に気にせずラナはイムに身体を向ける。
「イムさん初めましてっス! ジャック先輩の後輩のラナって言いますっス。 まだミッション歴は1ヶ月だけっスけどこれからよろしくっス!」
『……個体名ラナ登録、登録完了。 個体識別名イムです。 ラナ、これからよろしくお願いします』
「はいっス! イムさん」
自己紹介もそこそこ済ませてデータ通りを3人でぶらつき始める。
しばらくぶらついているとラナが首を傾げながら話しかけてくる。
「あのー、なんでこここんなに人が多いんスか? なんかフリースペースで見ない人が沢山いるんでスけど?」
「あー、それは中級市民や知識労働市民がいるからだね」
「え!? 私、その人たち見たことないっス! あれ? でも普通は会えないんじゃないんスか?」
「それ、誰に聞いたの?」
「そんなの……あれ? えと、えーと……」
「少なくともコロニー側からはそんなことは言ってないし、勿論ルールとして定められてもないよ」
ここではいくつかの施設の内、別の階級の市民と一緒に利用する場所がいくつかある。
ライブラリもその一つだった。
「えーと、それだったら中級市民さんや頭脳労働市民さんと友達になれたりスるんでスか?」
「友達になれるかどうかは分からないけどオススメは出来ないね。」
「へ? どうしてっス?」
「他の階級の市民は下級市民を殺してもお咎めがほぼないから」
下級市民はその名の通りヒエラルキーの下に位置している。
下級市民は上の者たちに逆らうことが許されておらず反抗の意思が見られただけでペナルティを受けることだってある。
ペナルティにも様々で軽いもので罰金としてポイントの徴収や奉仕行動、重たいもので処刑と様々だ。
その逆下級市民を殺した中級市民にはお咎めがほぼないと言っていい。
1人2人殺してもコロニー側から注意の一つも入らないと来たものだ。
まぁ、殺し過ぎると備品の破損という名目でコロニー側からアクションが来るらしいが、どうなるかは下級市民の自分は詳しくは知らなかった。
「えとえと、じゃあここにいるの危ないんじゃないんでスか、先輩……」
ラナはその場でモジモジと不安そうに此方を見つめている。
「ふむ、例えばだけどラナがフリースペースで蟻の行列を見かけたらどうする?」
「へ? アリってあのちいちゃい虫の蟻っスか?」
「そう、その蟻」
「え、えーと……別にどうもしないっスけど」
「それと一緒だよ、彼らに関わろうとしなければ向こうも何もしない人がほとんどだよ。」
地べたに這う蟻に自分から関わりに行くものはほとんどいない。
しかしそれが足元にまでよじ登って来たら手で払い除けるなりして排除する。
自分たち下級市民は彼等からしたら虫ケラと大差ないのかもしれない。
「ムー、なんかヤナ感じっスけどとりあえずこちらから関わらなければ大丈夫なんスねー。 あれ? でも誰が中級市民とかわからないと避けようがないじゃないっスか?」
「あー、それに関しては見分け方があるんだよ」
「見分け方ですか?」
「そうだね、じゃあイム、市民の階級の見分け方を知っていたら説明してもらえるかな?」
『了解しました、ジャック。 市民は階級によって腕輪の色が違います。 下級市民のジャック、ラナの腕輪は白色。 中級市民は青、頭脳労働市民は緑、そして上級市民は赤色の腕輪の装着が義務付けられています』
辺りを見渡すと青や緑の腕輪をつけたものが殆どで白い腕輪、下級市民はまばらに見かけるぐらいだった。
「って、ほとんど下級市民じゃない人たちじゃないっスか! 先輩、先輩なんでこんなに下級市民が少ないんス?」
「色々理由はあるけど1番の理由は長生きが出来ないからじゃないかな? ある程度ミッションをこなせばここで買える情報の重要性がよく分かるんだけど、大抵それに気づく前に死んじゃうからね」
軽く冗談めいた言い方で口にする。
「う、うぁ……」
しかしラナにはショックが強かったらしく顔が青ざめてしまった。
ミッション経験の浅い彼女は人の死に対して敏感なのだろう。
「あー……すまない、配慮が足らなかった」
「い、いえ! 先輩が気にスることないっスよ」
「そうだな、お詫びとしてデータを一つ奢らせて欲しい。」
「え! いいんスか、先輩! ありがとーっス!」
先程のテンションが嘘のように笑顔でお礼を言うラナ。
どうやら機嫌は治ったようだ。
「それじゃあ、どのデータがいいか歩きながら探そうか」
「ハイっス!」
しばらく3人でデータ通りを歩き回る。
道中、イムに視線が刺さることもあったが特にトラブルなど起きたりはしなかった。
もしかしたら中級市民や頭脳労働市民はアンドロイドが自分たちよりも身近な存在なのかもしれない。
「先輩! これなんかどうでしょう!」
「どれどれ……」
ーーーー……
ーー…
しばらくデータ通りを見て回った後、ラナにデータを奢ってあげた。
ついでに自分の分も購入した後その場でラナと別れる。
データは基本的に受け渡し等は出来ないが、ポイントの受け渡しやデータを奢ってあげることは可能である。
口頭で伝えたり、データを投影して見せることは出来るがデータを購入するものが少ないことや、そもそもそんな親切なことをするものがいないので自分で購入するのが確実である。
また購入したデータは腕輪からいつでも空中に投影、閲覧が可能なので自分で購入した方がいいだろう。
「さてと、短い休暇を楽しみますかね」
その場で軽く身体を伸ばして自室へ新しいルームメイトと戻るのであった。