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ーーーーあのバカな男の方だろ。

『燃料資源回収成功、帰還3、ボーナス敵コロニー物品回収、おめでとうございます! ミッションコンプリートです!』


 液晶上には今回のリザルトとMission Completeという文字が大きく映し出されており、画面上でクラッカーを鳴らしていたり、紙吹雪が舞ったりしているアニメーションが流れる。

 あのあと、ブラッドと自分は何事もなくコロニーへと帰還することができた。

 持ち帰ったものとニックの片腕をミッションルームに納めたのだ。


「「…………」」


 お互い無言になりながらモニターを眺めていた。

 多分考えていることは一緒だろう。


 モニターに映る"帰還3"という文字。


 この文字が意味することは自分たちは腕輪よりも価値がないということだった。

 腕輪を持ち帰れば帰還とみなされる。

 つまりここでは下級市民が育つまでのコストと腕輪のコストを比べた場合腕輪の方が重たいのである。

 知ってはいた、腕輪を回収したことも1度や2度ではない。

 だからといってこの状況に慣れるわけがなかった。

 腕輪を回収する度にこのクソみたいな扱いに反吐が出そうになる。

 このモニターの向こう側の人間、上級市民達は自分達のことを何だと思っているんだ? 

 少なくとも死んだニックや自分の境遇を想って泣いたりはしていないだろう。

 向こうにいる奴らに腹の奥底でグツグツと煮えた感情をぶちまけてやりたい。

 ふと、隣を見るとブラッドが前のめりになり、モニターを睨みつけている。

 今にもモニターに駆け出して殴りかかりそうな様子で身体を小刻みに震わしており、抑えるのがやっとといった様子だ。

 自分より頭に血が上っている相手を見たおかげか少しだけ冷静になることができた気がする。


「血迷うなよ」

「……わかっている」


 しばらくするとモニターには今回の報酬のポイントが映し出される。

 ポイントの数字が映し出された直後に床が開き、スキャナーが競り上がってくる。

 いつも通りスキャナーに腕輪を通すと細かい光の粒子がスキャナーから腕輪にへと吸い込まれていく。

 ポイントとは何か?

 それはこのコロニーでの通貨である。

 ポイントはミッションクリアでの報酬として手に入れることが可能で、ポイントを使用することで食事や様々なサービスや娯楽品を買うことができるのだ。

 今回のミッションの報酬は剥ぎ取りのおかげで上等な食事3回分くらいだろうか。

 いつもより報酬は多いのだが、自分の命を賭けて手に入ったものだと考えると少なく思える。


「おいジャック、せっかく懐が暖かいんだ。良ければこの後一緒に飯食いに行かねーか?」


 このまま立ち去ろうとしたところで不意にブラッドに呼び止められる。

 普段だったらこのまま立ち去るのだが、ミッション中のあの動き、瓦礫を最小限で移り足音も立てずに痕跡も残さずスムーズに移動したあの技術力に興味がある。


「汗と血を流してからでよければ、僕も丁度そんな気分だ」

「そうか! じゃあフリースペースで待っているからな!」


 もう気持ちを切り替えたのか、それともただの気分屋なのかは分からないがブラッドからは先程の怒りを感じない。

 そのままブラッドはドタドタと足音を立てながらその場を後にする。

 先程のミッションでの動きがまるで嘘の様だ。


 そのままブラッドと別れた俺は自分の部屋に戻る。

 部屋の奥には扉が二つあり、一つがトイレでもう一つがシャワールームになっていた。

 シャワールームのすぐそばには箱が置かれており、今身につけている服を脱ぎその箱に全て収める。

 箱に腕輪を当てると機械音と共にポイントが支払われて箱から蒸気が溢れ出してきた。

 そのままシャワールームの扉に向き直り、扉に付いているスキャナーに腕輪を通すとポイントが支払われて扉が開かれる。

 シャワールームは人がかろうじて一人立てるぐらいの広さで天井と壁、床には無数の細かい穴が巡らされている。

 しばらく立っていると扉が閉められ、洗浄液とお湯が穴から一斉に射出される。

 なかなかの水圧で耳や目を手で守っていると血や汗が擦らずとも落ちて行く。

 数分もしないうちに体の汚れは落ち、お湯の射出が止まると今度は温風が一斉に出てくる。

 ある程度乾かされると扉が開き、シャワーから出ると無造作に扉が閉まる。

 先程服を入れた箱を見ると蒸気はもう出ておらず箱を開くと服についていた汚れは完璧に落ちていた。


「一体どういう作りなんだ……」


 かなりの回数この箱を使っているが仕組みが全くわからない。

 不思議な箱に首を傾げながら綺麗になった服を着る。

 服は腕輪をしたままでも着やすい様に、切れ込みが入っている。

 そのほかにも片腕がファスナーで着脱式のものもあったり裾のサイズがワンランク大きく作られていたりと様々なデザインがある。

 シャワーや服を綺麗にする箱はポイントの消費量はそこまで高くなく、ミッションの評価が多少悪くても使えるくらいには安く、トイレは使用してもポイントの消費はない。

 しかし、ポイントの消費量が少ないからと言って、毎回のミッションで減点や失敗をしているとその消費量もバカにはできない。

 このことから優秀な奴ほど身綺麗になっていき、逆に何度もミッションを上手くこなせない者や、失敗が多い者ほど清潔感がなくなっていく。

 そういう者はすぐに目をつけられる。

 自分もだが他の奴らも好き好んで無能を連れていきたいと思う者はいないだろう。

 そう思われたら最後、ミッション中に後ろを刺される可能性がある。

 無能の巻き添えで死ぬ前に不安材料を早めに処分しておくということらしい。

 他にも色々と死ぬ原因はあるが、いずれにせよ長生きすることはできないだろう。


 軽く身支度を済ませフリースペースへと向かう。

 居住区は地下にあり、フリースペースへと向かうには昇降機に乗らなければならない。

 昇降機に乗り、フリースペース行きのボタンを押すと大きな音を一度上げ昇降機が揺れると、ワイヤーが動き上へと上っていく。

 しばらくすると昇降機の揺れと共に扉が開く。

 埃っぽい空気が鼻をくすぐりその場で軽く咳き込んでしまう。

 上を向くと空は淡い藍色に染まり始めており、所々に設置してある街灯が足元を照らしていた。

 遠目には高さ30メートルはあるだろう地層が囲んでおり、土壁の上の方には千切れたパイプが所々に付いていた。

 フリースペース、それは地面の陥没により都市の一部が沈み、廃墟同然になったそれを下級市民用の地区に改造した場所である。

 地面より低いが空が見れて日光を浴びれるという利点はあるが、治安や地層からの砂埃が降ってきたりと余り居心地がいいとは言えない。

 それでも壁が崩れない様に所々に補強された箇所が見えることからまだマシな程度にまで砂埃は抑えられているのだろうが。


「おーいこっちだこっち!」


 周りを見渡していると一際大きい声が聞こえそちらを見るとブラッドが手を軽く挙げながら呼びかけていた。

 こちらも軽く手を挙げてゆっくりと歩きブラッドの隣に着く。


「すまない、またせたか?」

「ガハハ! そんなことないさ! それより腹が減っているだろう? 早く飯でも食おうぜ!」


 二人で歩いているとすぐに目的地の場所に辿り着く。

 真ん中には壊れた水の出ない噴水が鎮座した広場で、噴水の周りには廃材で簡単に作られた机や椅子が並べられていた。

 まばらに人が机に着いて食事を取っていたり、酒盛りをしていたりと各々好きな様に過ごしていた。

 何人か固まっているものもいれば一人で過ごしているものもいる。


「お前は何にするんだ、ジャック?」


 そう言いながらブラッドは数十個のボタンが付いた販売機を指さす。

 ボタンには食べ物の写真と名前が書かれており近くには食べ物が出てくるであろう供給口があった。

 このボタンを押すと口から押した食べ物が出てくるのだ。


「僕はいつものブロックだな」

「はぁ!? お前そんなもの食うのかよ!?」


 ブロック、それはコロニー開発の完全栄養食で緑色のペーストを長方形に固めたものである。

 味は泥と蟲を捏ねた様な味で食感は舌触りが少しいい粘土の様なものだった。

 その味と食感のせいでこのコロニーの食事メニューで一番の不人気なのだ。

 しかし値段は一番安く、今回の報酬だけでも数ヶ月分くらいになるくらいには安いのだ。


「栄養面考えるとこれが最高なんだよ。そもそもまともな飯は今回の報酬を全て注ぎ込んでも買えねぇだろうが」

「ガハハ! 確かにな、言えてるぜ」


 ブロックのボタンを押すと腕輪からポイントが支払われて供給口の奥から頼んだものが流れてくる。

 白いトレイの上に緑色の長方形が載せられており、スプーンが添えられていた。

 ブラッドもすでにボタンを押したらしく、奥からは大きなパンと簡素なスープが流れてきた。

 食べ物の形をしているだけでもかなり奮発したと見受けられる。

 適当に空いてる席に向かい合わせで座り食事を取り始め、半分ほど食べ終わったところでブラッドが話しかけてくる。


「おっとと、腹が減って少しがっつき過ぎちまったぜ。」


 軽く戯けた様子でそう話すブラッド。

 その後も料理に夢中になりながら聞いてもいない味の感想をこぼし続ける。

 しばらくするとその様子が徐々になくなっていき、ブラッドが口を開く。


「お前はなんとも思わなかったのか?」

「何が?」

「目の前で仲間が……ニックが死んだことだよ」

「あぁ……まぁ、残念だったよ」

「……どういう意味でだ?」


 目を細め眉間に皺を寄せながらブラッドは意味を問いただしてくる。


「そら色々さ、ニックがもっと慎重に動いていれば……あの場に別コロニーの奴らがいなければ……初ミッションが今日でなければ、もっと言えばキリがない。」


 もし今回生き残り、成長していけば目の前の男の様に頼りになる奴に育っていたかもしれない。

 そういう意味では残念という言葉は嘘じゃなかった。


「そうか……それで? お前は俺から何が聞きたいんだ?」

「あぁ、あの歩きというか動き? 気配を隠して動くのを教えて欲しくてね」

「はぁ!?」


 大声で驚きの声を上げるブラッド。

 しばらくこちらをじっと見つめていると急に大声で笑い始める。


「ガハ、ガハハ! わかったわかった! 俺でよければ教えてやるよ、大したことは言えねぇけどな」


 一息つき落ち着きながらブラッドは語り始める。


「そうだなぁ……俺も誰かに教えてもらった訳じゃないから上手く言えねぇが、やっぱり目立たない様に動くことじゃないのか?」

「そのやり方がわからないんだよ」

「ガハハ! そりゃそうだ!」


 ひとしきり笑うとブラッドは腕を組みながら頭を何度も捻りなんとか言葉を絞り出す。


「こうなんて言うかな……身体を小さくしてというか……全身を使うと言うか……」

「全身?」

「そうだそうだ! 全身を使うんだよ! 普段歩く時と違って全部の関節を全部動かすんだよ! 歩く時の衝撃を足から頭に通して出すイメージだな!」


 なるほど、そう言うことだったのか。

 確かに歩く時にそんなこと意識したこともなかった。

 それができるかどうかは別としても次のミッションでは意識してみよう。


「しっかし、どんな話が来るかと思ったらそんなこと聞きたかったのか? 正直拍子抜けだぜ」

「は? 一体何の話をすると思ってたんだ?」

「そりゃおめぇ……」


 ガシャーーーーン!!


 二人の話し声が大きな物音によって遮られる。

 音の方に自然と目がいくと二人の男女がいた。

 男が片手をテーブルに置いており、そのテーブルに女がついている。

 男は上体を女に近づけながら口を開き始める。


「いいから俺の相手しろよ〜〜俺ぁまだミッションには出たことないがここにいる奴らならヨユーで倒せるくらい強ぇぜ? 女は弱ぇんだからよぉ、俺の相手すれば面倒見てやるから少しは長生き出来るかもだし悪くないだろ?」


 男はニタニタと笑いながら女に声をかけていた。

 その後も同じ様なことを女に声を掛けており女は女で意に返さず手元の飲み物を口に運んでいた。


「ハッ! 女の口説き方もしらねぇのかよ」

「おいおいブラッド、そんなこと言っていいのか? あの男お前よりも女を口説くのがうまそうだぞ?」

「何を〜〜〜〜!!」


 二人でその様子を話の種にしながら食事を楽しむ。

 お互いに皮肉の様な言葉を投げかけているが、言葉とは裏腹に二人の雰囲気は和やかなものだった。

 そうしてしばらく話していると女を口説いている男の言動が荒くなっていく。


「オイコラ!! さっきから優しくしていれば調子に乗ってんのか!? いいから弱ぇ奴は強い奴に従ってればいいんだよ!」


 そう言いながら男は女に手を伸ばそうとする。


「おいおい、助けてやらなくていいのか?」


 ブラッドが意地の悪い顔をしながら聞いてくる。

 まるでこれからの展開が読めているとでもいう様だった。


「ククッ! どっちを助けろって?」


 自分も自分でブラッドと同じく結果が見えており、わざとらしく聞き返した。


「あ〜〜? そりゃあ、おめえ……」



 ーーーーあのバカな男の方だろ。



 男の手が女に伸びる前に動きが止まる。

 次の瞬間、男が伸ばしていた手の人差し指がテーブルの上に音もなく落ちた。

 男は何が起きたか分からず固まっており、少しすると徐々に顔が歪み現実を理解し始めると男の叫び声があたりを突き刺した。


「ギャアーーーー!! お、俺のゆ びぃ! 指! がああああ!!」


 男はその場にうずくまり叫び声を上げている。


「なぁジャック、あれどうやったかわかるか?」

「……わからない、だけど一瞬、一瞬だが女の指先から何か光った様な気がする」


 ブラッドも自分もどうして男の指が落ちたのかが分からないでいた。

 多分あの女が何かしたのだろうがどうやって男の指を落としたのかがわからない。

 ブラッドと二人でどうやったのか考えようとするが男の叫び声で会話が遮られてしまう。


「がっがあああー! なっ何で誰も助けねぇんだよ!? 指が落ちたんだぞ! 俺より弱い奴らが何で…………ッ!?」


 男は先ほどから叫び声を上げていたが急に黙り込んでしまう。


「やっと気づいたか…」


 男の思慮の浅さに呆れながらそう呟く。

 確かに男の言っていることはあながち間違いではない。

 強ければもしかしたら女を物にできたかもしれないし、怪我をしても恩を売りつける目的で助けて貰えたかもしれない。

 ただ一つ間違いだったのは自分の強さと周りの強さを測り間違えただけだった。


 ここにいる全ての人間が。

 別コロニーの人間と。

 異形の生物と。

 そして隣にいた仲間だったはずの裏切り者相手と。

 その全てと戦い生き残った猛者中の猛者である。


 ある者は何気なく会話を続けているが、その目は男の方を見ていた。

 ある者は振り向かず、しかし耳でその様子を聞き取っていた。

 ある者は見ていることを隠そうともせずただ成り行きを見守っている。


 この場にいる確かな実力を持った人間の目が、耳が、気配が、男の身体に突き刺さる。

 さながら蛇に睨まれたカエルの様に男は冷や汗を流しながらその場で震えていた。

 その場にいるものの実力を感じ取ったのだろう。

 男は震える足取りでその場を後にする。


「なぁ、あの男どうなると思う?」

「さぁな、あの傷で運良く死ねるか、初ミッションでお陀仏だろう」

「ガハハ! そいつはちげねぇ!」


 傷の治療にもポイントが必要でポイントがなければ止血ぐらいしかできないのだ。

 そしてあの男はミッションに行ったこともない素人なのでポイントなど持っているはずもなし。

 運良くミッションにありつけたとしても、今回の一件を見た同行者があの男を殺すだろう。

 馬鹿の行動でこちらの危険を晒すぐらいなら殺して手首を持っていった方がマシだからだ。

 傷口からの感染症で死ぬか外で死ぬかの二択しかあの男には残されていない。

 しばらくすると男の背中が小さくなっており、そのまま見えなくなってしまう。

 もう出会うこともない男の記憶を頭から消して、ブラッドと皮肉を浴びせ合いながら食事を楽しみその日を終えるのだった。

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