今行動に移さなければならないのだ
「よくやったな、その調子で背信者どもに神罰を与えるのだ」
そう下卑た声で私に語り掛けてくる男は今回の任務の同行者だった。
今、私は教団から与えられた燃料資源捜索の任務を受けこの男とこの場にいた。
道中に燃料資源が入っていそうな歩行兵器に別のコロニーの男が走り寄ってきたので即座に弓矢で撃ち抜いてやった。
本当は銃とやらを使ってみたいが上の者どもが言うには火薬は穢れが多いらしく、教祖などある程度徳を積んだものしか扱えないとのことらしい。
しかし隣にいる男はどんな手を使ったかはわからないが上に取り入り、拳銃の携帯を許可されており私を顎で使ってくる。
時折、この男がいやらしい目つきで私の身体を舐め回す様に見てくるたびに、このつがえている矢をこの男に打ち込んでやろうと思ったのは一度や二度ではない。
「ククク……神はしっかりとお前の行動を見ているぞ。お前が敬虔な信徒だと認められれば、お前の妹のことも神は許してくださるだろう」
私にはたった一人の肉親である妹がいる。
ある日突然、妹は背信者と密告され捕まってしまった。
当時は何かの間違いですぐに誤解が解けると思っていたが、あとから弁明しても適当なことを言われ煙に巻かれてしまい私たちは誰かに貶められたのだとわかった。
なぜ神を信じていた私たち姉妹がこんな目に合うのかわからなかった。
一つはっきりしていることは、今まで信じていた神もその教えも私には意味のないものになったということだった。
今私ができるのはこの下衆共に媚びを売り、妹を取り戻すことだけだ。
妹さえ助かればこいつを殺して逃げることができる。
「くそう! ニック! おいニック! しっかりしろ! ニックーーーー!!」
急な大声が先ほど矢を放った方向から響き渡る。
恐ろしいほど大きい声量で本当に同じ人間なのかと疑いたくなってしまうほどだった。
腰に下げている双眼鏡でのぞくと先ほど自分が放った矢が放られるところが見える。
まさか先ほどの男を助けようともしているのだろうか?
「ククク……! ネズミ共が焦っておるな、実に面白い……!」
クズが……この男は自分よりも弱いものをいたぶるのが好きな男だというのもこれまでの付き合いで理解していた。
自分を敬虔な信徒と自称するならばそれらしい言動の一つでも取ってほしいものだ。
「チキショウ! ニック! 死ぬなニック! クソったれがーー!」
再び男の絶叫が響き渡る。
相手が混乱しているうちに行動に出るべきだと思うのだが、隣の男は目の前の惨状が最高の喜劇か何かに見えているらしく下衆な笑みを浮かべていた。
「チキショウ! 撤退だ! 逃げろ逃げろ! 覚えてろ!!」
再び大きな声でそう言い始める男。
双眼鏡でどちらの方向へと逃げるのか確認しようとするが姿をとらえることができないでいた。
「な、なに!? い、いかん! なにをしている! 早く追うのだ!」
「お待ちください、先ほどから敵の姿を確認できていません。今ここで出るのは危険かと……」
「この役立たずが! 誰に向かって口をきいておる! 今ここで逃がせば貴様も背信者として神の裁きを与えるぞ!」
それはまずい、ここで自分もとらわれてしまったら妹を救うことは不可能になってしまう。
少しでもこの男に英知を一欠けらすら与えなかった神とやらを恨めしく思ったのは今日ほどない。
そのあとも適当に男の戯言をいなしつつ、ここで敵の行動を確認すべきと言ったり、もしかしたら罠の可能性もあると説いたが全く聞く耳も持ってもらえない。
「仕方がない……! この私も直々に打って出ようではないか! 神の怒りをあいつらに浴びせれば来世は多少はまともになっているだろう?」
この男は何を言っているんだ? 自ら碌に戦うこともできない奴が前に出てなにがしたいんだ?
隠れて行動しようと進言しても、「神の威光を持つ自分がこそこそ隠れる必要などない!」だとかほざいて何度も苦渋を舐めさせられてきたのを思い出す。
このまま見殺しにしてもいいがそうすると、私の立場、引いては妹の立場も悪くなるかもしれない。
そう考えるとこの男の尻拭いをするしかなかった。
しばらく、目の前の男の存在を信じられずに身体が固まってしまう。
せめてここで索敵を十分にしてから行くべきなのではないのか?
相手は逃げてくれればそれで越したことはないのだから後はゆっくりと燃料資源を回収すればいい。
こちらから敵に突撃じみたことをするべきではないという行かない理由が頭の中であふれ出しそうになる。
「……了解しました」
そういうしか自分には選択肢がなかった。
ここで男の案をはねのけ騒がしい敵どもを殺しても妹を救うどころか、この男が腹いせによって妹が危険な目に合わせられるかもしれない。
それに自分の弓の腕にも自信はあるつもりだ。
たとえ銃との撃ち合いでも負けるつもりはなかった。
大丈夫、生きて帰れるはずだ。
そう自分に言い聞かせて自分が殺した人間の仲間達のもとへと歩いていくのであった。
時間は少し遡る――――――…………
「いいかブラッド、今相手は自分達の居場所をある程度把握している。その逆、僕達は相手の場所が全くわからない。そのせいで自分達はここまで不利になっているんだ」
「そんなのはわかっている! どうすればこの状況で二人とも生還できるのかを聞いているんだ!」
「静かに、ブラッド。後でいくらでも大きな声を出させてやるから。」
「ぬ、ぬぅ……」
そういうとブラッドはおとなしく声のボリュームを落としてくれる。
「そ、それでどうするんだ?」
「なに、簡単なことだ。相手の居る場所がわからないならこちらに来てもらえばいいのさ。僕が死体になってな」
そういうとニックに先程刺した首元のナイフを抜き自分の首元にニックの血を塗りたくった。
「な、なにやってんだ?」
「ブラッド、今からお前はニックを助けようとするしぐさを大声で叫ぶんだ、敵によく聞こえるようにな。その時に矢を抜いてあいつらに見えるように投げ捨ててほしい。さすがに自分の首に矢を刺すわけにはいかないからね。」
ブラッドは顔を青ざめながら話を黙って聞いており、その視線は自分とニックの首元を交互に見返している。
「その後に、撤退する旨を大声であいつらに聞かせてやれ。その後にニックの死体と共に、敵から見つからずに近くの物陰に待機しておいてくれればいい」
「おいおい、人一人担いでばれずに移動しろだと? 随分無茶言うんだな」
「お前ならできるはずだ、ブラッド」
そう言いながら彼の目を見つめる。
彼も自分の視線に気づき、先程まで慌しく動いていた視線は此方の目で止まる。
ここまで短い道のりだったが、それでも彼の身のこなしが一級品だということを認識するには十分だった。
今回のミッションは不幸だったかもしれないが、彼という存在は自分にとっては唯一の幸運だったかもしれない。
「……オーケーまかせろ、髪の毛一本どころか俺がその場に通った足蹠すらあいつらに見られる心配はないぜ」
「よし、あとは簡単だ。敵が寄ってきたところを僕が鉛玉を打ち込むだけだ」
そう言いながらニックの首に布を巻きつけ血が垂れないようにするとお互いに見つめ合いゆっくりとうなづく。
言葉は発さなくてもブラッドが作戦開始といったような気がした。
ブラッドも似たようなことを自分から感じ取ったかもしれない。
「くそう! ニック! おいニック! しっかりしろ! ニックーーーー!!」
辺りにブラッドの大声が響き渡る。
先ほど抜き取った矢を敵がいるであろう方向に身を隠しながらブラッドが投げ捨てる。
近くで聞いていると耳をふさぎたくなるような声量だ、きっと敵にまで声は届いているだろう。
「チキショウ! ニック! 死ぬなニック クソったれがーー!」
ブラッドの悲痛の叫びを上げ続ける。
正直演技はお粗末といった感じだが相手は声だけで距離も離れているからこの声が演技だと確証を持たれることはないだろう。
ひとしきり叫び声を上げ続けると敵のほうを向かいながら叫び続ける。
「チキショウ! 撤退だ! 逃げろ逃げろ! 覚えてろ!!」
そう言いながらブラッドは先ほどまでの荒々しい態度が一変し、小さい動きで瓦礫から瓦礫へと移りながらその場を離れる。
その巨体をものともしない動きは是非とも見習いたいと思うほど見事だった。
台風の目の様なやかましい声がなくなり、あたりには風の吹く音しか聞こえない。
ここから数十分は死体のふりをしなければならない。
死体のふりと言ってもただ寝っ転がるだけでなく、その場でうつぶせになり、銃を隠し持ちながら相手の出方を待つ。
そうして数分ほど時間が過ぎた頃、長時間待つことも視野に入れていた自分の考えはある音であっという間にかき消されてしまう。
風の音に混ざり足音があたりに響き渡る。
その足音は徐々に惨劇が起きた場所に、自分の居る場所に近づいてくる。
身体を反転して銃を構えようとしたとき、ある考えが頭によぎる。
もし失敗すればどうなる?
この場所は瓦礫に囲まれており、射線が通り辛い。
もし狙えない位置に敵がいた場合、腹這いに寝転がっている自分などあっという間に殺されるだろう。
その考えが頭の中によぎると、ダムの水が決壊したように不安が溢れ出してきた。
本当に敵はすぐそばに来ているのか? もしかしたら来てないかもしれない。
ここはもう少し様子見しておくべきではないのか?
いろんな考えが頭の中でグルグルと渦巻いていく。
不安が蔦のように身体にまとわりつき身動きが取れなくなる様な錯覚を覚える。
このまま動かず寝ていられたらどんなに楽だろうか。
その後も動かない理由がブクブクと沸騰した湯の気泡の様に浮かび上がる。
もう少し、様子見をーーーー。
そう考えそうになった瞬間、辛うじて踏み止まる。
茹だった頭を急いで冷やす。
様子見? 否、断じて否である。
今行動に移さなければならないのだ。
今動かなければチャンスは簡単に自分の手に届かない位置にまで離れていってしまう。
そうして身体を反転させ、構えた銃口の先には 男 が立っていた。
男はジャックの頭の直ぐそばに立っており、ニタニタとひどい笑みを浮かべていた。
急にこちらが動いたことにより男は下を向き、自分と目が合う。
男が表情を変えるよりも速く引き金を引いた。
――――バスッ バスバスッ――――
銃声があたりに響き渡り、それに合わせるように銃口の先にいる男の胸が赤く染まる。
撃たれた男は白を基調とした服を着ており、赤い血が一気に男の胸を染め上げた。
男は少しその場で硬直したかのように一瞬固まるとそのまま前のめりに倒れ込んだ。
「ぐがっ……!」
ジャックの上に覆いかぶさるように男が倒れ込む。
ここに来て直ぐに行動に移さなかった結果が自分に帰ってきた。
悩まずに直ぐに行動に移していればある程度距離を確保できており、男が自分に伸し掛かることもなかっただろう。
男の体重が自分の身体にのしかかり身動きが取れない。
まずい、このままでは――――
「クソったれが!」
自分の最悪の想像が終わる前に、ありがた迷惑な女が代わりに実演するかのように前に躍り出る。
女は自分に覆いかぶさっている男同様に白い服を身に着けており容易に敵だということが分かった。
覆いかぶさってる男が邪魔で銃を女の方へ向けることができない。
女は腰に差している矢を番え、弓を構え始める。
――――バスンッ――――
銃声とともに女は右肩から突き飛ばされたような動きで仰け反った。
女がそこから動く余地を与えないとでも言うように弾丸がもう片方の腕と両ひざに叩き込まれた。
自分に覆いかぶさっている男を引っぺがし、上体を起こすと銃を構えた男が少し離れた瓦礫から身体を出していた。
「なめるなよ、この距離だったら鼻ほじりながらでも当ててやる自信があるぜ」
「ブラッド!」
両手で拳銃を構えそう言い放つブラッド。
距離はそう遠くないのだが狙ったところに当てるのは至難の業だ。
自分だったら上半身のどこかに確実に当てるぐらいが関の山だったろう。
改めて今回のミッションでこの男がいたのは運がよかった。
「さて、ひと段落とれたところでお話でもしようじゃないか?」
そう努めて笑顔で言いながら四肢を撃たれた女を物陰に引きずって言い放つ。
女はこちらをただ睨むだけで何も答えない。
無言で女の眉間に銃口を押し付ける。
それでも女は何も言わずただこちらを睨みつける。
「……質問に答える気はあるか?」
貼り付けた笑顔を崩さずにもう一度聞く。
しかし女は先ほどから様子が変わらずこちらを睨みつけている。
「そうか、じゃあ死ね」
そう言って引き金に指をかけるが女の様子に変わりがない。
こちらを睨みつける女の目は何度も見たことがある目だった。
半ばうんざりしながら口を開く。
「君はもしかして自分は死ぬはずがないと思っているんじゃないだろうな?」
「……」
「だんまりか、まあいいさ、大方悪運が強く何度も生き残ることができた自信からか、それとも自分は成さねばいけないことがあるから死なないと思っているか……そんなところだろう」
女はこちらを見つめたまま何もしゃべらない。
しかし、強張った表情が徐々に緩んでいるように感じる。
「貴方は今ここで死ぬんだ、劇的な逆転劇も起こらない、これから成そうと思っていたこともできず、ただあっけなくここで死ぬ」
もうすでに表情など作ることも忘れて淡々と現実を口にする。
女は慌てた様子で身体を揺らしながら声を上げ始める。
「まってくれ! 私は死ねない! な、何でも話す! だから!」
「いやもういい、十分だ」
「へ?」
やっと現実を直視したのか女は間の抜けた声を上げる。
その声を出したであろう本人は、先ほどまで眉間にしわを寄せていたが今ではすっかりと緩み、目頭に涙を浮かべていた。
「もしかしたら君のお仲間が他にもいるかと思っていたんだが……どうやら杞憂だったらしい。この時間までアクションがないということは君達は二人組か、それとも他は撤退したかのどちらかだろう。まあ、少なくとも君を生かす理由がなくなった」
「ま、まってくれ! まだ仲間がいるんだ! そ、そいつらのことを話すから、だから!」
「君の言葉に信憑性がない、僕が欲しかったのは状況証拠だけで君の発言はただのオマケさ。もし本当だとしたらこの長話中に何のアクションも起こさなかった味方とやらを恨んでくれ」
「まってくれ、私はいもう――――」
――――バスンッ――――
一つ銃声が鳴ると女はもう喋らなくなった、いや、喋れなくなったのほうが正しいか。
その後は、しばらく周囲を警戒しながらあたりの散策をしたが人は見つからなかった。
二足歩行の兵器まで戻り、燃料タンクにノズルを差し込み持ち手のボタンを押すと勢いよく燃料が背中に背負っているタンクに吸い込まれていく。
タンクが満タンになり、ブラッドも同じように吸い込んでいる。
その間に自分はニックのタンクを担いで持ってくる。
「タンクは三つだからな、それが終わったらこれも入れなければ‥‥‥帰りは荷物が重たくなりそうだな」
「…………! おいジャック、どうやらその心配はなさそうだぞ」
「は? どういうことだ?」
「見てみろ、こいつぁはもう空っぽだよ」
そういうとブラッドは二足歩行兵器の燃料タンクを軽くたたくと子気味のいい音が鳴る。
「……そうか、じゃあ一つタンクが無駄になったな。ブラッド、殺した奴らの装備をはぎ取るぞ。……ニックのやつも回収しないといけないしな」
「……おう」
『はぎ取り』、敵対勢力の装備を持ち帰るとボーナスがもらえるのだ。
はぎ取るものは何でもいい、武器や衣服はもちろん体の一部も剥ぎ取りに含まれる。
もちろん人間相手には滅多なことではぎ取ったりはしない。
身体の一部を持ち帰るのはモンスター系の相手くらいだ。
そうして剥ぎ取られた物品はコロニーで検査された情報から新しい技術開発や敵コロニーの戦力や文化を調べるとのことらしい。
ブラッドと一緒に、男と女両方の衣服を脱がしていく。
「服は俺がはぎ取ったほうでいいだろう。そっちのはそこら辺に捨てといてくれ」
ブラッドはそう言いながら何を持ち帰るかを吟味している。
自分は女からはぎ取った服をそこらへんの廃墟に放り込んでおく。
「さてと、最後にやらなければならないことがあるが……自分がしようか?」
「ああ、たのむ……いつになってもこればっかりは慣れねぇ」
ブラッドが血の気の引いた様な声で答える。
そうして、ニックのもとに行き腕輪がついている手をつかみ、おもむろにナイフを腕に振り落とした。
何度かナイフを振り落としていると骨にナイフが打ち付けられる感触が伝ってきて気分はいいものではない。
「……よくそう淡々とできるもんだな」
「なんだそんなに青ざめて? 気分でも悪くなったのか?」
「さっきまで話していた仲間の首筋にナイフを突き立てたり、腕にナイフを振り下ろしているところを見ると気分は悪くなるだろうよ」
お互いに顔を合わせずに話をしているが多分2人とも酷い顔をしているに違いない。
――――ベキッ――――
腕の骨が折れ腕輪の付いた手が身体とさよならをする。
味方が死んだ場合、腕輪を回収することが推奨されているのだ。
この腕輪を持ち帰らなければ原点対象になるほか、最悪の場合処分の対象になることもある。
しかし、腕輪は手首に固定されており任意で取り外すことができない。
そのため手首を切り落とすしか腕輪を回収するしかないのである。
「よし、終わったな、血が垂れないように布で覆ってっと……」
切り落とした腕を布でくるんでいるとブラッドが声をかけてくる。
「終わったか? 増援が来るかもしれん、早くこの場を離れよう。 帰りも先行は俺でいいか?」
「あぁ、もちろん」
短く言葉を交わし二人はその場を後にしたのだった。