宿無し
しばらく車を走らせていると空が茜色に染まり始める。
路地の片隅に車を止めて今日はここで休むことにすることにした。
「旦那、周りを見渡したい。 そこのビルの屋上に行ってもいいか?」
「あぁ、ちょうどいいな。 今日はこのビルの中で夜を明かす。 クリアリングをしながら屋上まで行くとしよう」
全員でビルに入らず、ラナとルチアを車の近くに待機させ、残りのもの達でビルを一部屋づつクリアリングしていく。
幸いにもビルには人が最近いた形跡はなく無事に屋上へと辿り着くことができた。
「ふぅ、少なくともこのビル内は大丈夫そうだな」
屋上にたどり着き安堵の言葉と共にため息を吐く。
「旦那、向こうの方向を見てもらっていいか?」
ブレスが背中に背負っていたライフルのスコープを覗きながら話しかけて来た。
ブレスの見ている方向を自分の持っている小型の双眼鏡で見てみる。
「あれは……鹿か?」
ブレスのいう場所を除くとそこには草を食む雄鹿が一頭見えた。
「仕留めてもいいか? スコープの状態を確認したい」
「あぁ、問題はな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今撃ってしまったら宿無しにこちらの居場所を知らせるものじゃないか! そんな危険なことをするつもりなのか!?」
ジャックの言葉を遮りデニスが制止する。
弱気なくせに保身になると前のめりに来るデニスにジャックは内心うんざりしていた。
「デニス殿、此処は撃たせるべきかと思います」
「は、はぁ!? そんなことして万が一ヤバいのに目をつけられたらどうするつもりなんだよ!」
「デニス殿の意見もごもっともでしょう。 しかし、ここでブレス殿のライフルの確認を怠っては今後に差し支える可能性があります。 明日からのミッションのためにも此処はやるべきかと」
僕の代わりにレオポルドがデニスを嗜めてくれる。
正直かなり有難かった。
デニスの言い分もわからないこともないのだが明日に備えたいというのと食料の節約をしたいのが此方の本音だった。
ブレスがスコープを除き息を一つ吐き、引き金を引いた。
「……距離は直線で三百だな。 銃は問題ない」
ブレスが銃を下ろしながらそう吐き捨てるようにつぶやく。
双眼鏡を除くと鹿が地面に倒れているのが確認できた。
「やるじゃないか、どうやら休まなくても平気というのは本当らしいな。 それでは鹿の回収に向かう。 レオポルドとデニスは下の二人とキャンプの設営をしてくれ。 僕とイム、ブレスはシカの回収に向かう」
そのまま分かれてシカへと向かって歩いているとブレスが話しかけてくる。
「……おい、四時の方向に誰かいるぜ。 どうするんだ大将」
「警戒は怠るな。 撃つのは向こうが仕掛けてきてからだ。 絶対に此方から仕掛けるな」
お互いにしか聞こえないような声量で慎重に話す。
そうしてシカの目の前にたどり着くと近くの茂みがガサリと音を立てて揺れる。
反射的に音のする方向を見ると子供が一人立っていた。
ブレスはどうすればいいのか分からずこちらに視線を向けるが自分がどうすればいいか聞きたいくらいだった。
「あー、君の親御さんは近くにいるかわかるかな?」
ゆっくりと、敵意がないことを示すように出来るだけ優しい声色になるように子供に話しかける。
しかし子供はこちらの言葉を無視して自分の足元に来ると服の裾を掴む。
「お肉、欲しい」
「あ、あぁ、いいとも。 僕たちは後ろ足を一本もあれば十分だから残りは君にあげようじゃないか」
子供の問いかけに答えると子供は鹿の下まで此方を引っ張って連れて行くと解体するようにねだってくる。
「旦那、俺が解体らすからそっちは子供の相手頼むぜ」
ブレスはそういうと一心不乱に解体し始める。
恐らくお互いに考えていることは一緒だろう。
この子供が群れと逸れているだけだとしたら厄介な事になりそうだ。
子供だけで生き残れるほど優しい環境ではない。
絶対に近くに大人がいるはずだ。
口止めとして殺すことも考えたが流石の自分も子供を手に掛けるのはごめんだ。
「旦那、こっちは済んだ……っ!?」
ブレスの鹿の解体が済んだと同時、目の前に男が一人現れる。
男の姿を子供が確認すると男の方へと駆け寄り抱きつく。
その様子からどうやら彼が子供の保護者のようだ。
「旦那、最悪だ、囲まれてる」
ブレスは背中に背負っているライフルに手を伸ばしたくて仕方がないという様子でそう耳打ちをする。
辺りを見渡すと建物の影や茂みに投げ槍や弓を此方に向けている人間が確認できた。
その人数は多く、自分が確認できてない人間も身を潜めて此方に武器を向けているのだろう。
汗が額を伝って地面に落ちる。
今この場で平気な顔をしているのはイムだけだろう。
「此方に敵対の意思は無い。 鹿も残りはそちらに譲渡するから見逃してもらえないだろうか?」
「……それじゃあ足らない。 持っている武器も此方に渡してもらう」
ダメだ。今彼らに武器を渡すわけには行かない。
渡したところで見逃してもらえる確証もない。
よしんば見逃して貰えたとしてもその後のミッションに差し支える可能性もある。
もう戦うしか道はない。
ブレスも手が徐々に背中のライフルへと伸びていっている。
一触即発といったところで子供が男の服を引っ張り耳打ちをする。
男は子供の言葉を聞くと表情を変えながら子供と言い争い始める。
何回か言葉を交わすと立ち上がり此方に向き直る。
「もういい、此方からは不干渉を約束する。 とっとと行ってくれ」
「そうか、寛大な判断に感謝する」
理由を聞かず、足早にその場を立ち去る
まっすぐキャンプに戻らずに適当なところで壁を背にして銃を抜き辺りを警戒する。
しかし周りに人の気配はなかった。
「っはぁ、たっ大将、なんとか生き残ったみてぇだな」
「そのようだな、彼らに背を向けている間生きた心地がしなかったよ」
壁に体を預けながら息を大きく吐く。
「旦那すまねぇ、撃つべきじゃなかった」
「いや、車での移動だから遅かれ早かれ見つかっていただろうし、もしかすればすでに此方の位置を特定していたかもしれん。 どうであれ君の責任では無い」
宿無し。彼らはコロニーを持たないからと言って弱者というわけでは無い。
人数関係なく移動をする彼らは一つの群れであり、そのほとんどが戦う術を持つ。
出会えば此方も無傷ではいられない手強い相手だ。
宿無しは群れの規模は様々で一人から今回のように大人数なところもある。
人数が膨れ上がり戦えないものが増え移動が困難になるとコロニーを形成し始めるのがコロニー形成の流れだという。
リーガルは大戦の直後に出来たコロニーなので規模は他のコロニーと比べても段違いなのはいうまでも無い。
「しっかし、なんで何も取らずに逃したんですかね?」
「知らん、あの子供が何か言ったおかげでどうにかなったようだが……とりあえずこのまま警戒しつつキャンプに戻るぞ。 さぁ行こう」
そう言いながらジャック達は路地裏へと消えていった。




