08 はじめての仲間
08 はじめての仲間
怒りのあまり、俺の身体からは湯気が立ち上っていた。
ありったけの力をヤツらに叩きつけたせいで呼吸が乱れ、肩でぜいぜいと上下している。
地村と小坂は大の字になって倒れたまま、ブクブクと泡を吹いていた。
まさかこんな所でかつての職場の人間と鉢合わせするとは思わなかったが、俺はなんとなく事情を理解しつつある。
ふたりは、接待でここに来たとか言っていた。
銀の腕輪をしているということは、先ほど見つけた近代的なエレベーターで下りてきたに違いない。
ここから先は俺の想像だが、このダンジョンには別の入口があるのだろう。
俺が入ってきた入口には、近代的なエレベーターなんて無かったからな。
そしてこのダンジョンには、もうひとつの顔があるに違いない。
週末のゴルフ感覚で、モンスターを野生動物のように狩れる、狩場としての顔が。
おそらく、表向きはモンスター限定の狩場ということになっているのだろう。
しかし、その実情は無法地帯。
異世界人や、木の腕輪をしている者……いわゆる底辺たちを、好きにしていい場所になっているんだ……!
俺は、役所で書かされた誓約書の意味を、今更ながらに思い知っていた。
「くそっ……!」
それは独り言のつもりだったが、「ひ……ひいいっ!」と反応がある。
声のしたほうを見やると、地村と小坂を接待で連れてきた中年男が腰を抜かしていた。
「ひ……ひいいっ!? お……鬼っ!? 悪魔っ!?」
中年男は腰のベルトに付けていた水晶のようなものを取ると、天に向かって放り投げた。
クリスタルが空中で消滅すると、天井からスポットライトのような光の筒が降り注いだ。
そのスポットライトは地村と小坂、そして中年男を包み込む。
次の瞬間には、収束する光とともに消え去っていた。
まるでイリュージョンを見ているようだったが、回復魔法を見たあとなので驚きはそれほどでない。
おそらくさっきのクリスタルは、緊急脱出用のアイテムなのだろう。
「あ……あの……」
背後から、震え声がする。
振り向くと、ギャルっぺが宝箱の縁にへたりこんでいた。
南国の花のようだった笑顔はすっかり消え去り、明らかなる怯えを顔いっぱいに浮かべている。
目が合うと、ギャルっぺの顔からサッと血の気が引いていくのがわかった。
まるで殺人鬼に遭遇したかのようなリアクション。
どうやら、いまの俺の顔はよっぽど怖いらしい。
そういえば中年男も俺の顔を見て、鬼とか悪魔とか叫んでいたような気がする。
「や……ヤバ……! まさかクロキさんが……黒騎士だったなんて……!」
俺は彼女をこれ以上怖がらせないように、なるべくやさしい声で尋ね返した。
「ああ。でも、どうしてわかったんだ?」
「く……黒騎士っていうのは、盾を捨てた騎士なんだし。
そのかわりに、馬もMPT……まっぷたつにする大剣を持つし」
「盾を捨てたって、どういう意味だ?」
「フツーの騎士って、王様からモンショーの入った盾をもらうんだし……。
その盾で、命をかけて王様を守るっていうメーヤクがあるから……。
でも黒騎士は、どの王様からも見放された『はぐれ騎士』……。
守るべき王様がいないから、盾も持ってないんだし……」
虐待された子供のように、俺の顔色を伺うギャルっぺ。
こんな彼女は見たくない、と俺は思った。
「ほ……ホントのことだから、怒んないでほしいし……」
「怒らないから安心しろ。
それよりもギャルっぺ、もっと黒騎士について知ってることを教えてくれないか?」
どんな職業なのか気になってたんだ」
利用のしおりに載っていたのは、戦士や魔法使いなどのありふれた職業ばかりで、黒騎士についてはなにひとつ書かれていなかった。
しかしギャルっぺは言っていいものか迷っているようだったので、俺は言い添える。
「大丈夫、なにを言われても怒ったりしないから。頼むから教えてくれないか?」
「うん……そこまで言うんなら……。
あーしのいた異世界だと、黒騎士ってのはみんなから嫌われてたし……。
だって、黒騎士って人間の醜い感情を、力に変えて戦うから……」
それで俺は、『灰燼に帰す暗勁』のスキルの説明を思い出す。
憎しみを込めるほどに、威力があがる……。
このスキルで地村と小坂をぶん殴ったとき、俺はふたりへの憎しみをこれでもかと抱いていた。
だから、ふたりとも顔がペチャンコになるほどの威力になったのか……。
「で……でも……クロキさんは、あーしが見たどの黒騎士とも、違うと思ったし……」
「そうなのか?」
「うん。黒騎士って、他の人の醜い感情を利用して、それを自分の力にするんだし。
でもクロキさんって、自分の感情を力に変えているように見えたし」
それまで震えていたギャルっぺの瞳に、たしかな光が宿る。
彼女自身も、言いながらなにかを確信したかのようだった。
「そ……それとそれとそれと、あーしを助けてくれたし!
クロキさんがフツーの黒騎士だったら、あーしはマジご臨終だったし!」
ギャルっぺは興奮気味だったが、逆に俺はちょっと引いていた。
「黒騎士って、そんなに酷い職業だったのか……」
「うん! あーしを縛ったままメチャクチャにして、爆笑してたに違いないし!」
「それって、地村と小坂のことじゃないか」
「あはは、言えてるし!」
やっとギャルっぺに、いつもの笑顔が戻った。
「ごめんね、クロキさん。クロキさんはいい人なのに、あーし、疑っちゃった」
「いいさ、気にするな。誤解されるのには慣れてる」
「あ、そうだ、カンジンなこと忘れてた。クロキさん、あーしをもらってくれんの? くれないの?」
ギャルっぺは、まるでずっとそうしてきたかのように、自然な動きで俺に寄り添う。
指を絡め合わせるようにして、俺の手を握りしめてきた。
「っていうか、あーしはもうクロキさんにMKしちゃったし。もらってくれるまで、ぜってー離さないし」
「そういえば、返事がまだだったな」
MKがなんの意味かもわからないし、もらうっていう表現もなんか引っかかったが、たぶん異世界ならでは表現なのだろう。
俺はたいして意味も考えずに、その手を握り返した。
「ああ、もらってやるよ」
すると握りあった手が、まばゆい光を放ちはじめる。
木の腕輪からは、ウインドウがポップアップしていた。
『ギャルぺ・ノーヴェコーダを手に入れました!』