07 はじめてのリベンジ
07 はじめてのリベンジ
ギャルっぺと名乗った少女は、天真爛漫でフリーダムなギャルだった。
言葉遣いはあけすけだが、嫌悪を感じさせない不思議な魅力がある。
彼女にもう少し事情を尋ねてみようとしたのだが、割り込むように賑やかな声が聞こえてきた。
「どういうことだ!? 今日はムチを振るえると聞いたから来てみたのに、モンスターがおらんじゃないか!」
「す……すいません、地村さん! どっかのバカな冒険者が狩ってしまったようで……!
でもこのあとに、メインディッシュが用意してありますから!
地村さんの大好きなJKギャルですよ! もちろん、なにをしてもオッケーです!」
「がははははは! それはいい!
ワシはいちど、娘と同じ歳頃の女をボロボロになるまでムチで叩いてやりたいと思っとったんだ!」
「ぎゃはははは! いいっすねぇ!
なら工場長、俺にも少し叩かせてくださいよ! 最近、ムチの使い方にも慣れてきたんっすよ!」
下品な笑い声とともに俺たちのいる部屋に入ってきたのは、3人組の男だった。
しかもそのうちの2人は、俺にとって忘れたくても忘れられないヤツらだった。
向こうも、俺のことに気付いたようだった。
「お……お前は、黒木……!?」
「な……なんでこんなところにいるんっすか!?」
俺は長いこと、自分が鬱になっているとは気付かずに職を転々としていた。
寝込む直前に働いていたのが、彼らのいる工場だった。
地村というデブの中年男が工場長で、その腰巾着が小坂というチャラい若者。
地村は飲み会やレクリエーションが好きで、何かというとやっていたのだが、俺は鬱のせいでそのどれにも参加しなかった。
それが、気に入らなかったらしい。
俺は地村の目の敵にされ、ミスもしていないのに叱られるようになった。
地村はミスした者を乗馬用のムチで叩くのを生きがいとしており、俺は事あるごとに叩かれた。
工場長である地村を敵に回したせいで、俺は工場内で嫌がらせを受けるようになる。
しかも堂々とやってくるのではなくて、俺が見ていないところでコッソリとやる陰湿なものばかりだった。
ロッカーには落書きされたり、靴を隠されたり……。
そのせいでまた、地村からムチで叩かれた。
そして……トドメとなる事件が起る。
俺の作業服が、女子トイレの便器の中に突っ込まれていたんだ。
それでなぜか俺が女子トイレに忍び込んだ事にさせられ、俺はセクハラ野郎のレッテルを貼られてしまう。
地村からは、全身がミミズ腫れになるまで叩かれた。
「このっ! このっ! このっ! お前のような根暗野郎は、いつかやると思ってたんだ!
警察に突き出されないだけでも有り難く思えっ! それと作業服は買い取れよ、いいなっ!」
横でニヤニヤしながら見ていた小坂が「迷惑料を含めて10倍ってのはどうっすか?」と言い添える。
「そりゃいい! さすがは小坂、ナイスアイデアだ! おい黒木、お前の給料からさっぴいておくからな!
わかったら、そのクソ同然の作業服を持ってとっとと消えろ! お前と同じで、くさくてかなわんわ!
「「……おい黒木、聞いてるのかっ!?」」
思い出と現実、ふたりの工場長の声が重なり、俺の意識は引きずり戻される。
黒いボンテージ姿の地村は、長いムチをしならせて地面をビシッと打ち据えていた。
「そこにいる女はワシのもんだ! お前のようなセクハラ野郎が、汚い手で触るんじゃない!
せっかくの接待を邪魔しおって! お前は昔っからそうだ! 本当にロクなことをせんな!」
俺は返事のかわりに、黒木と対峙する。
ギャルっぺをかばうように隠すと、彼女はキュッと俺の背中にしがみついてきた。
地村の隣にいた小坂が、額の上で手をひさしのようにして「おやおやぁ?」とわざとらしく言う。
「工場長、黒木さんの手を見てくださいよ、木の腕輪っすよ」
それで俺も気付いたのだが、目の前の3人組はみな銀の腕輪をしていた。
地村は嫌らしく顔を歪める。
「ちょうどいい! 黒木よ、ワシはずっと思ってたんだ!
お前を、死ぬまでムチ打ってやりたいとな! その願いが、まさかこんな形で叶うとはな!
乗馬用のムチとは違う、本物のムチの味をたっぷりと味わわせてやる!」
「黒木さん、知らなさそうだから教えてあげるっすよ!
このダンジョンでは、木の腕輪のヤツは殺されても文句は言えないんっすよ!
俺なんて、ホームレス狩り感覚でしょっちゅうここに来てんすから!」
地村と小坂はまるで親子のように息のあった動きで、ムチを振り回しはじめる。
お世辞にもあざやかなムチさばきとは言えず、まるで縄跳びを振り回すガキ大将のようだった。
しかしそれでも当たると痛そうだ。
俺は木刀を盾のように構えてムチ攻撃を防ぐ。
「がはははははは! なんだその変な武器は!? でかい洗濯板か!?」
「ぎゃははははは! でも黒木さんにはお似合いですよっ!」
その嘲笑と痛みは、工場での日々の再現のようだった。
それが過去の思い出とあわさって、俺の腹は地獄の血の池のように、ふつふつと滾っていく。
……いじめた側は、次の日にはいじめたことを忘れる。
しかしいじめられた側は、いじめられたことをいつまでも覚えている。
いや、忘れたいのに忘れられないのだ。
古傷のように心の中に残り、思い出したくもない夜にズキズキと痛むのだ。
俺の全身に刻みこまれた傷跡は、いま燃え上がるように疼いていた。
頬を叩かれるような衝撃とともに、両手首にムチが絡みつく。
俺は両手の自由を奪われ、木刀を手離していた。
「がはははははは! いい格好だ!」
「ぎゃははははは! お似合いっすよ!」
「さあ、こっちに来い! このままワシの足元に這いつくばらせて、靴を舐めさせてやるっ!」
「いいっすねぇ! その間、俺は後ろの子とヨロシクやらせてくださいよ!
さっきチラッと顔を見たら、メチャクチャ可愛かったんで! 顔がメチャクチャになる前にちょっとだけ、ねっ!」
親子で地引き網漁に参加したように、ムチを引っ張ってくる地村と小坂。
俺は二の腕が破裂するほどに力を込めて抵抗した。
しかし2対1では分が悪く、俺は少しずつヤツらの元へと引きずられてしまう。
「貴様らみたいなゲスに、この子は渡さない……! たとえ、この俺の命にかえても……!」
「がはははははは! ヒーロー気取りか! そんなことをしても、お前が底辺野郎なのは変わらんぞ!
お前の人生は、異物が挟まったコンベアのように止まったままだ!
まぁ、最初に異物を挟んでやったのは、このワシなんだがな!」
「ぎゃははははは! やっぱり知らなかったみたいっすねぇ!
おやおやぁ? まさかいま黒木さんが来てる作業服って……!
あの時のやつっすかぁ!? この俺がロッカーから盗んで、女子トイレの便器にインした……!」
俺のなかで、何かが弾けた。
それは、爆発的なまでのエネルギーを持った感情だった。
湧き上がってくる力に、今度は地村と小坂のほうが引きずられる。
ふたりとも力比べで負けてなるものかと、散歩が嫌がる犬ように踏ん張った。
しかしもう止まらない。
「ぬうんっ!!」
斬馬刀で薙ぎ払うように腰を捻り、ムチを一気にたぐり寄せる。
「う……うわあっ!?」
ムチの柄を両手で掴んだまま、俺の元へと飛んでくる地村と小坂。
そして俺は、激情の正体を知った。
これが『憎しみ』だと……!
目の前には、地獄へダイブしている最中のような地村と小坂。
俺が振りかぶった拳に黒いオーラが浮かび上がると、ふたりは閻魔大王の笏に叩き潰される寸前のような、絶望の表情を浮かべていた。
「ダークっ……!」
オーラをまとい、鉄槌のように黒く巨大化した拳が、地村の頬を捉える。
衝突した車のバンパーのようにひしゃげていく顔。
「ダストっ……!」
ヤツの顔がぐしゃぐしゃに折りたたまれたアコーディオンのようになったあと、殴り抜ける。
拳は続けざまに小坂の鼻っ柱を捉え、顔面にクレーターのような大穴が開けていた。
「スマッシャァァァァァァァァーーーーーーーッ!」
「「ふぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」」
ふたりは散弾のように口から歯を飛ばし、射出されたロケット弾のような勢いで吹っ飛んでいく。
床に叩きつけられたあと、見えない手で地面を引きずりまわされるように滑っていき、壁に激突。
そのままピクピクと痙攣し、動かなくなってしまった。