06 はじめてのギャル
06 はじめてのギャル
俺は見間違えではないかと何度も目をこする。
しかし箱の中に横たわっていたのは、たしかに少女だった。
ちょっと昔からタイムスリップしてきたような、金髪ギャルの女子高生。
女子高生だとわかったのは、ブレザーの制服姿だったから。
といっても瞳はキレイな青色をしていたので、日本人ではなさそうだ。
しかしそんなことはどうでもいい。
両手両足を縛られているうえに猿ぐつわをかまされていて、むーむーと唸っている。
彼女がなぜこんな所でこんな目に遭っているのかはわからないが、まずは助けてやるのが先決だ。
「大丈夫か? いま縄をほどいてやるからな!」
少女を束縛しているものをすべて外してやると、彼女は「ぷはぁ」と息を吐いた。
「おじさんが、あーしをもらってくれんの?」
「なんだって?」
見間違いの次は聞き間違いかと思ってしまった。
「っていうかさぁ、もらってくれないと困るんですけど」
よくわからないが、少女はそれが当然であるかのような態度だった。
もしかして、混乱してるのか?
「とりあえず落ち着け。キミ、名前は?」
「ギャルっぺだよ」
「そうか、俺は黒木だ。って、そんなふざけた名前があるか。本名はなんていうんだ?」
改めて尋ねると、ギャルっぺと名乗った少女は金髪をぶわっと膨らませた。
「ふざけてねーし! これがマジネームだし!」
なかなかのキラキラネームだな……と返しかけて、はたと言葉を選びなおす。
「キミはもしかして、異世界人なのか?」
「そーだよ。あ、もしかしてここって日本?」
俺が「ああ、そうだ」と答えると、ギャルっぺは「マジで!?」と顔を明るくする。
それは南国の花が咲き乱れたようで、なんだかエキゾチックな愛らしさがあった。
「やっばい……! あーしついに、日本に来たし……! マジ、ヤバいんですけど……!」
それがよっぽど嬉しかったのか、ギャルっぺはドキドキする心臓を押えるように胸に手を当てている。
そのカーディガンごしの胸がかなり大きかったので、俺は思わず目を奪われそうになってしまう。
「しかし何だって、宝箱の中で縛られてたんだ?」
「ブローカーさんにそう言われたんだし」
ギャルっぺの話によると、異世界からこっちの世界に来るためには、ブローカーと呼ばれる仲介業者を使う方法が一般的らしい。
「しかしなかには悪いブローカーさんもいるらしいから、気をつけないとダメなんだし」
至って真面目な表情で、説明を終えるギャルっぺ。
彼女に使ったブローカーこそがその悪いブローカーなんじゃないかと思ったが、口には出さずにおいた。
「そのブローカーとやらは、宝箱に入ったあとはどうなるって言ってたんだ?」
「待ってたら、このTKBを開けてくれる人が来るって」
『TKB』とは、話の流れからして宝箱のことだろう。
「んで開けてくれた人が、あーしのことをもらってくれて、街の外に連れてってくれるって」
「なんだかよくわからないな。外に出たければ宝箱の中になんかいないで、自分の足で出ていけばいいのに」
さらにギャルっぺの話を聞いてみると、異世界から来た人間は、生活保護ダンジョンのまわりにある街の外からは出られないそうだ。
街全体に魔法が掛けられていて、自力では外に出ることができないらしい。
俺は事の次第を少しだけ理解したような気がした。
「なるほど。現地人……つまり俺のような人間が一緒なら、外に出られるってことか」
「うん、そうだよ!」
ギャルっぺは急に猫なで声になった。
「だからさぁ、もらってよぉ! お持ち帰りしてよぉ! いっぱいイイことしてあげるからさぁ!」
「いや、いいことなんて、別にしてもらわなくても……」
「あっ、よく見たら、KGしてんじゃん!」
「KG? もしかしてケガのことか? ゴブリンにちょっとやられただけだから、たいしたことはないよ」
ギャルっぺは「ほっといたら、BKが入るし!」と宝箱のクッションから下りる。
「んしょ」と可愛く背伸びをし、俺に顔を近づけてきた。
端正な顔が間近にきて、ふわりとなびいた髪から甘やかな香りが漂ってくる。
俺はいままで、こんなに近くで女性と触れ合ったことがなかった。
そのせいか、相手は子供だというのにちょっとドキリとしてしまう。
身体は知らず知らずのうちに、ゴブリンに初めて相対したとき以上のあとずさりを見せていた。
「ちょ、じっとしてるし!」
ギャルっぺは、俺に身体を預けるようにしてよりかかってくる。
彼女はグラマラスなので、信じられないほど柔らかい感触が、俺の肩のあたりにグイグイと押しつけられた。
続けざまに、顔に吐息がかかり、頬にぬめっとした感触が走る。
何かと思って触れてみたら、頬は濡れていて、傷口は消えていた。
「……もしかして、舐めたのか?」
「あ、もしかして照れてる? クロキさんって、ひょっとしてDT?」
「DTってなんだ? プロレス技か?」
「あはは、そんなわけないっしょ! やっぱクロキさんってばDTだ!」
ギャルっぺは俺にくっついたまま、からかうように舌をぺろりと出す。
水の星のような澄んだ瞳で、流れ星が見えそうなほどのウインクをした。