02 生活保護ダンジョン商店街
02 生活保護ダンジョン商店街
大通りの入口には石のゲートがあって、そこにはデカデカと、
『生活保護ダンジョン商店街』
とある。
いよいよだと思いながら足を踏み入れようとしたら、声をかけられる。
革鎧に槍を持ち、いかにも門番然としたいかつい男だった。
「おい、お前、この商店街に入るには入場料がいるぞ」
「えっ、そうなんですか? でもこのしおりには、入場料のことなんて……」
「お前さんがなにを見てここに来たかは知らんが、とにかく金を払うまではここを通すわけにはいかんな」
「入場料って、いくらなんですか?」
すると門番は、思案するような顔つきになる。
「そうだなぁ……1万、ってところだな」
「1万ですか、高いなぁ……」
俺はしかたなく作業着のズボンの後ろポケットからサイフを取り出す。
なけなしの1万円札を渡そうとしたら、門番は出し抜けに言った。
「いや、やっぱり2万だ」
「えっ、2万? それって倍じゃないですか」
「今日から値上がりしてたのを忘れてたんだよ。
ここで平穏無事に過ごしたけりゃ、大人しく払うんだな」
俺はしぶしぶ1万円札2枚を渡すと、門番はニンマリ笑った。
「よし、これでお前はこの街の人間だ。歓迎するぜ」
門番は俺の肩をポンポン叩き、雑踏の中へと消えていく。
俺は腑に落ちないものを覚えながらも、ようやくゲートをくぐった。
と、間髪入れず、
「おっと、ごめんよ」
小学生くらいの小さな女の子がぶつかってきて、そそくさと立ち去っていく。
このことからもわかるように、この大通りはとにかく人が多かった。
そして治安が決していい場所ではなさそうだった。
道端で賭博をしている者たち、昼間から酒を飲んで寝ている者たち、物乞いをしては突き飛ばされているホームレス。
あちこちで怒声が飛び交い、いさかいにまで起っていたが、それが日常であるかのように誰も気に止めていない。
俺は危険な異国に来たような気分で、不安半分、好奇心半分でいろいろ見て回った。
ふと、この場に似つかわしくない格好の若者を見つける。
「ハローっ! シンタローチャンネル、今日は噂のナマポダンジョンに突撃してみたいと思いまーす!」
その若者はシャツにサスペンダーというラフな格好で、ビデオカメラを使って自撮りをしていた。
いま流行の、『チューチューバー』というやつなのだろう。
俺はそういうのには興味が無かったので通り過ぎようとしたら、若者は裏路地から伸びてきた手に引きずり込まれていった。
「わあっ、さっそく現地人とトラブルです! えっ!? ちょ、やめっ! ぎゃっ! だっ、誰か! 誰かぁーっ!!」
若者はあっという間にボコボコにされ、カメラを奪われてボロ雑巾のように裏路地から放り出されていた。
しかしまわりは助けるどころか、「バカなヤツ」みたいな目で通り過ぎていくだけ。
俺だけが、彼に駆け寄っていた。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」
しかし青年は全身アザだらけで血が滲んでおり、意識を失っていた。
このまま放っておくわけにもいかないので、俺は彼を抱え上げる。
病院のようなものがないか探していたら、『治療所』と呼ばれるテントを見つけた。
「おい、ケガ人だ! 助けてくれ!」
テントの中に飛びこむと、中にはシスターみたいな格好をした少女が受付にいた。
見るからに聖女といった清純そうな少女だったが、俺が持ち込んだ青年を見る目は品定めするかのようだった。
「このケガでしたら、20万ナマポでございます」
『ナマポ』……しおりに書いてあったな。
たしか、ダンジョンでモンスターを倒したりすると得られるポイントのことだ。
10ナマポが日本円の1円に相当するらしい。
「いや、俺はナマポは持ってないんだ。現金……円なら持ってるけど」
シスター少女はにっこり微笑む。
「円でも結構ですよ。2万5千円になります」
「なんで日本円になると値段があがるんだ?」
「両替の手数料でございます」
2万5千……サイフにある、俺のほぼ全財産じゃないか。
払ってしまえば、あとは帰りの電車賃だけになってしまう。
まだダンジョンにも入っていないのに、全財産を失うのは危険だ。
俺だってこのあと、この治療所のお世話になるかもしれないってのに……。
でもだからといって苦しそうに呻く青年を、ここでほっぽり出していくわけにもいかないし……。
俺は迷ったが、腸を断つような思いで、作業着のズボンの後ろポケットにあるサイフを取り出そうとした。
しかし、手ごたえがないことに気付く。
「な……ないっ!? サイフが……ないっ!?」
俺があまりにも間抜けな声を出したので、シスターは困り笑顔になった。
「あなた様は、この街は初めてなのですね?
そのような所におサイフを入れるだなんて、差し上げるようなものですよ。
入口のゲートのあたりには、あなた様のような初めての方を狙ったスリがたくさんおられますので」
そして俺は、今更ながらに気付く。
ゲートのところでぶつかった女の子にやられたのだと。
俺は思わず膝から崩れ落ちそうになる。
しかし腕には青年がいるので、それもできなかった。
そう、落ち込んでる場合じゃない。
警察には後で届けるとして、今は彼を治すことを第一に考えないと。
なにか、金のかわりになるようなもの、持ってなかったかな……?
古い木刀なんて、タダでもいらないだろうし……。
「あ、そうだ。かわりにこの時計ならどうだ? かなりの値打ちものだから、売れば2万5千円以上になるはずだ」
俺は受付のカウンターに青年を置き、腕時計を外してみせる。
いいよな、オヤジ……と心の中でつぶやいてから、シスター少女に手渡す。
彼女はまたしても品定めするような顔つきで、時計をあらためていた。
「はい、これなら結構ですよ。奥のベッドに運んでください」
受付の奥にあった粗末なベッドに寝かせると、シスター少女はその前に立ち、両手を広げて呪文のようなものをゴニョゴニョ唱えた。
青年は光に包まれたかと思う。みるみるうちに血が止まり、アザが消えて元通りの顔色を取り戻す。
「おおっ、すごい……! ケガが、こんなに一瞬で……!?」
「うふふ、治癒魔法くらいで驚かれていては、攻撃魔法をご覧になったら昇天されてしまうかもしれませんね」
「この青年は、もう大丈夫なのか?」
「はい、こちらの方はもう心配ありませんよ。
目が覚めるまでは、こちらのベッドでお休みになっていただいてかまいません。
いい時計をいただきましたので、サービスさせていただきます」
「ありがとう、助かったよ。なら、もうひとつサービスしてくれないか?
彼が起きたら、帰りの電車賃をあげてほしいんだ。
彼も、持ち物を全て奪われてしまったみたいだから」
するとシスター少女は、さも意外そうな顔をした。
「あなた様は、こちらの方のお身内の方ではないのですか?」
「身内どころか、話をしたこともないよ。物盗りに襲われて、ノビていたのを助けただけだ」
「驚きました……。
見ず知らずのお方を運んでくるばかりか、大切な時計まで使って助けようとするだなんて……。
なんという、風変わりな殿方なのでしょう……」
「そうでもないよ。で、彼のことを頼めるか?」
「もちろんでございます。ユニコーンのように珍しいあなた様に敬意を表して承りましょう。
こちらの方はわたくしが責任を持って、身ぐるみ剥が……あ、いえ、壮健にお送りさせていただきます」
このシスター少女は、話せばわかってくれるタイプのようだ。
俺は安心して青年を託し、治療所をあとにした。