01 生活保護ダンジョンへ行こう
01 生活保護ダンジョンへ行こう
奴隷は虐げられすぎると、それを誇りに思うようになるという。
ブラック企業で月400時間の残業をしていた俺もそうだった。
これだけ働いて会社を支えられる俺すげぇ。
俺がいなきゃ会社は回らないな、なんて思ってた時期もあったほどだ。
ある日、電車を待っていると、気がつくと線路に飛び込みそうになっていた。
後ろにいた人が助けてくれたからいいものの、その日は会社を休んで病院に行った。
かなり重度のうつ病だと診断される。
自分には縁のない病気だと思っていたけど、それから身体に鉛を埋め込まれたかのように、布団から出られなくなった。
会社はクビになり、わずかな蓄えを減らしながら生きてきた。
それから数ヶ月が過ぎ、貯金が5万円を切ったところで、俺はごくたまになら、外に出られるまでに回復していた。
俺はその機会を利用して、市役所の門をくぐる。
以前、テレビのニュースで知った『生活保護』というのを受けるためだ。
窓口で対応してくれた中年男は、いかにも公務員らしい対応だった。
「私は生活保護役課の役所と申します。
えーっと、お名前は黒木真、さんで間違いありませんね?
提出していただいた書類は問題ありませんので、次はこの水晶玉に手を置いてください」
なぜか窓口のカウンターには、占いに使うような大きな水晶玉があった。
俺は不思議に思ったが、言われるがままに手を置く。
鈍く光り出したその水晶玉はパソコンに繋がっているようで、役所という男はしきりにキーボードを操作していた。
役所は画面をじっと見つめながら、俺に言う。
「黒木さんは生活保護の受給資格を満たしておりませんね。
身体は健康ですし、よく鍛えてらっしゃる」
俺が働けなくなったのは肉体的な理由じゃない。
口を挟もうとしたら、役所は押しとどめるようにピッと手をかざす。
「ですので、『生活保護ダンジョン』の入構をオススメいたします」
「生活保護ダンジョン?」
「はい。ステータスを拝見したところ、黒木さんは『黒騎士』の適正があります。
ですので、まずは生活保護ダンジョンに行かれることをオススメします。
黒木さん次第で、保護は通常の生活保護よりも手厚くなりますし、再就職先が見つかる可能性もある施設です」
ステータス? 黒騎士?
耳慣れない単語に俺は戸惑ったが、普通の生活保護よりも手厚いうえに、再就職先まで見つかるのなら言うことナシだ。
このままなんの成果もなしにアパートに帰ったら、また寝込んでしまうかもしれないと思い、俺は即答する。
「お願いします、その生活保護ダンジョンに行かせてください……!」
それから俺は、また別の書類に必要事項を記入させられたあと、誓約書を書かされた。
『生活保護ダンジョン内で発生したすべての事象に、異議を申し立てません。
怪我(後遺症や死亡も含む)や事故、所持品の盗難や紛失、利用者同士のトラブルはすべて自己の責任において処理することを誓約します』
その書類のサインと拇印をしたあと、役所はカウンターの下からパンフレットと木の腕輪を取り出してきた。
「生活保護ダンジョンの場所、施設の詳細についてはこちらの冊子をご覧ください。
そしてこちらの腕輪は入構許可証、および各種施設を利用するために必要ですので、忘れずに持参してください」
パンフレットの表紙には『生活保護ダンジョン利用のしおり』とあった。
木の腕輪にはなにやら記号のようなものが彫り込まれており、青い石がはめ込まれている。
「その腕輪はいちど手首に嵌めると外せません。
外したくなった場合は、こちらの窓口へとお越しください」
役所は意味ありげにニタリと笑う。
「さて、手続きはこれですべて終了です。黒木さんのご武運をお祈りしておりますよ」
それから俺はアパートへと戻り、しおりに目を通した。
そして、驚愕の事実を知る。
生活保護ダンジョンとは、異世界に繋がっているという地下迷宮に潜り、その中を探索。
罠をかいくぐり、モンスターと戦い、その戦利品を持ち帰るというものだった。
この現代社会と異世界が繋がったのは、俺が高校生くらいの頃の話だ。
それからテレビとかで、異世界からやってきたという、ファンタジーの世界から飛び出してきたようなエルフやドワーフなどをよく見かけるようになった。
彼らをはじめとする異世界という存在は、自分にとっては地球の裏側にある異国くらい縁遠い存在だと思っていた。
しかしまさか、日本の公的扶助にまで入り込んでいたとは……。
なんにしても、百聞は一見にしかず、だ。
これもなにかの縁だと思い、俺は生活保護ダンジョンに行ってみることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日もわりと体調が良かったので、俺はさっそく生活保護ダンジョンに行くための準備を始める。
利用のしおりには、武器を用意し、動きやすい格好で行くように書かれていた。
武器と言われてもピンと来なかったのだが、部屋に置いてあった木刀が目に入ったので、それをケースに入れて持っていくことにする。
俺の祖父は剣道の道場をやっていて、小さい頃からずいぶんしごかれてきた。
ずっと使ってきたこの木刀は、自分がいちばん上手に使える武器でもあるんだ。
そして服装としては、以前、ブラック企業の工場で働いていたときの作業服をチョイス。
他に候補としては剣道の胴着があったのだが、さすがにハカマで歩きまわるのは変かもしれないと思ってやめた。
さらに手を保護するものもあったほうがいいかと思い、部屋にあった指切りグローブをする。
あとは、外出の時にはいつも持ち歩いているリュックサックに、利用のしおりと腕輪を放り込んだ。
「よし、これで準備完了。忘れ物はないよな」
リュックサックを背負い、愛用のスニーカーを履いてアパートを出発。
現地でなにか入り用のことがあるかもしれないと思い、駅前の銀行で全財産を下ろしておいた。
生活保護ダンジョンは、俺の住んでいる街から2時間ほど電車を乗り継いだ、ど田舎の山奥にある。
最寄り駅はその名もズバリ『生保ダンジョン駅』だったので、乗り過ごすこともなかった。
『生保ダンジョン駅』を出ると、そこは別世界。
駅のロータリーの向こうには、砂漠の真ん中にあるような乾いた街並みが広がっていた。
石造りの家が乱立しており、露店がひしめきあっている。
ほこりっぽい大通りを行き交う人々は、ファンタジーロールプレイングゲームの登場人物のような格好。
鎧を着込んだ戦士や、ローブを深く被った魔法使い、ターバンにケープをまとった行商人などなど。
薄汚れていて猥雑な感じで、形容するなら『中世のドヤ街』とでも言うべき風景だった。
戦後の日本のような、決して豊かではないけれど、力強いエネルギーのようなものがひしひしと伝わってくる。
生半可な気持ちでこの中に飛びこんだら飲み込まれてしまうと思い、俺は駅前でひとり、頬を叩いて気合いを入れ直す。
リュックサックから木の腕輪を取りだし、改めて覚悟を決めてから手首に装着。
その時、同じ手首に嵌めていた腕時計が目に入った。
この腕時計は祖父の形見で、受験とか就職の面接とか、ここぞという時にはいつもしていくようにしているんだ。
「オヤジ……俺のこと、見守っててくれよ……」
俺はそうつぶやいてから、利用のしおりを脇に携え、熱気あふれる大通りへと歩を進めた。