【第六話】vs料理長
こんにちは、はちみつレモンです!!投稿が遅くなってしまい、申し訳ないです...。誤字脱字等ありましたらご報告お願い致します。
「思ったよりも、大きいのね。」
「当たり前ですよ、ここは公爵家ですから。規模が桁違いなんです。」
「その桁違いの規模のせいでとても入りづらいんだけど、どうすれば良いかしら。」
「お嬢様...健闘を祈ります。」
「せめて助言ぐらいしてよ...。」
ああ、こんな時に良いアドバイスをしてくれる人がいれば。そう、茉莉奈みたいに...。
茉莉奈は、凄く頭の良い女の子だった。模試では全国一位を取っていたこともあるし、明るくて優しくて...おまけに可愛かったものだから、学年のマドンナとして扱われていたっけ。ただ、彼女はオタクでもあったから、私と意気投合して、オタ活に高校生活を捧げてしまったの。...青春時代を奪ってしまって、申し訳なかったわ。
でも、茉莉奈と過ごす時間は幸せだった。共通の趣味について語り合う時間、一緒に買物をしに行く時間、どれも私の高校生活の宝物になったわ。...ただね、一つだけ私が理解できなかったことがあったの。
『ちょっと見てよこの美しい手!まさに芸術だわ...ああ、本当に秀吉様、最っ高...。』
...茉莉奈は、戦国武将好きだった。特に豊臣秀吉推しで、私も戦国系の乙女ゲームは好きだったから共有できると思ったら、驚いたことに彼女はまさかのリアル豊臣秀吉推しだった。嘘でしょって思ったわ。だっていくら素晴らしい功績があったって、おじさんなんだから。
でも、確かに戦国武将の武勇伝はかっこいい。刀を使った、命を懸けた戦い。そういう部分が好きだと言うのなら、まだ理解が出来る。...けど、彼女が好きなのは、顔だった。ちなみに豊臣秀吉のどのパーツが好きなのか聞いたら、鼻なんだそう。結局私は、未だに彼女のこの趣味が理解できない。
「元気にしてるかしら。」
「...人形のマリーちゃんなら、寝台の上で大人しくしているはずです。」
「人形のはずがないでしょ...人間よ、人間。」
「でもお嬢様、人間のご友人は一人もいらっしゃいませんよね。」
「え?」
(嘘、そんなはず...。)
13年生きていて、友達が一人も出来ないなんてこと、ある?病弱だとか、何か特別な事情があるなら分かるけど、私はそんなことは無かった。こうなったら、記憶を確認して......って、あれ。それらしき人が、一人も見当たらないわね。
同年代の子が近くにいる機会が合ったみたいだけど...これは酷い。一方では避けられ、一方では陰口を叩かれてるわ。お茶会みたいだけど、小学校高学年くらいの年齢の女の子ってこんなに恐ろしいものだったかしら。確かにエラは我儘で傍若無人だったけど、流石に不憫ね。侍女にも友達がいないって思われてるし。いないのは本当だけど。
(せめて彼女の名誉は守ってあげないと。)
「...いるわよ、友達。」
「そうですね、人形もご友人ですよね。」
「人間の友達もちゃんといるわ!」
「なるほど。ではその方のお名前は?」
「え?な、名前...ええっと、リリ...リリアよ。」
「リリア様とはどこでお知り合いに?」
「えーっと...。」
「お嬢様、それ以上は虚しいだけです。潔くご自分の友人はマリーちゃんだけだと認めたらどうです?」
「そのリリーは私の友達じゃないじゃない。人形よ。」
「リリーではなく、マリーです。」
「...わかったわ、これ以上は埒が明かないから、今は私の友達がマリーちゃんだけだということにしておきましょう。」
「事実ですけどね。」
「時間もないことだし、今すぐ乗り込むわよ。」
「お嬢様、無視は良くないですよ。」
「失礼します。」
ライラが入ってくる前に、バタンとドアを閉めた。酷い、こんなのあんまりです...ですって?貴女には私の心の傷を深く抉った罪があるのよ。反省して暫くそこで待機していることね。
「...ここに何か御用ですか、お嬢様。」
「うわぁ!?」
「そんな驚きますかね。」
そりゃあ驚きますよ。何せ会いたいご本人が後ろからぬっと現れたんですから。それに料理長はガタイが良くて肩幅が広いし、筋肉も付いていて高身長だからちょっと...怖いのよね。
「それで、公爵家のお嬢様がこんな使用人が集まっている場所に、何用で来たんですかね。」
明らかな、不快だという表情。
「ちょっと、頼みごとがあるの...だけど、どうやらそう簡単には受け入れてもらえなさそうね。」
「分かってるじゃないですか。」
「ちょ、ジャレッドさん、」
慌てて周りの人たちが料理長を止める。流石にそれはまずいですよ、なんて顔を青くしながら耳打ちしていた。一方の本人は、好戦的な目でこちらを見ているまま。...これは私、試されているのかしら?
「そうね、頼み事をするのなら、対等な関係にならないと。」
私はそう言って、料理長の目を見て笑う。彼のこめかみが、ぴくりと動いた気がした。
「対等な関係ですか?ははっ、あんたは高位貴族ですよ。命令一つで、誰だって動く。わざわざ面倒なことをしなくても、俺に言えば良いんですよ。 動け、と。」
「それじゃあ意味がないわ。私が欲しいのは、信頼関係だもの。」
「そんなの無くとも、俺たちはあんたの命令を聞きますよ。」
「...私は、屋敷の人たちと仲良くなりたいのよ。」
「へえ、仲良く、ですか。」
料理長は、吐き捨てるように笑った。
「簡単に受け入れてもらえるとは思っていないわ。貴方達の心を込めて作った料理を台無しにして、貴方達の誇りを踏みにじったのは他でもない私なのだから。...だから、謝らせて欲しいの。本当に申し訳なかったわ。」
深く、深くお辞儀をする。決して形だけではないということを、分かってもらいたい。謝罪を受け入れて貰えなくとも、心からの謝罪であることが伝われば、それで良い。
「...この状況を見られたら、この場の全員クビにされるんですが。」
「あら、それなら私から貴方達は悪くないと進言するわ。」
「そんなに簡単に、謝罪を受け入れると思いますか。」
「別に受け入れてほしいわけじゃないのよ。ただ、心からの謝罪だと信じて欲しいだけ。」
「...っああ、何なんだよ本当に!」
私は、料理長の声に驚いて顔を上げた。
「ええと、何か気に障るようなことを言ってしまったかしら。」
「ええ、ええ、そうですとも!」
「ジャレッドさん、これ以上はまずいですって、」
料理長を窘めている厨房の人達の顔は、青を越して白い。そうよね、貴族の私に向かって啖呵を切るのは、自殺行為のようなものだもの。それに加えて以前までの私の性格を考えたら、最悪の状況よね。
「料理長、貴方凄く慕われてるのね。」
「はい?」
「だって、貴族が話しているところに割り込んだら処罰されることを知っているはずなのに、貴方の部下達は貴方を守ろうとしてるじゃない?それだけ彼らに慕われる何かを持ってるのよ。...羨ましいわ。」
「...はぁ、もう、良いです。馬鹿らしくなってきましたよ。」
「それで、何が気に障ったの?」
「確認しますけど、お嬢様は14歳ですよね。」
「ええ、そうだけど。」
「白状しますけど、俺お嬢様をちょっと試してたんですよ。...俺たちの悪意を受けて、どう対応するかって。今までのように反発して貴族の権力を振りかざすなら、ここを辞職しようと思ってたんです。それなのにお嬢様ときたら...使用人達と仲良くしたいだの、腰を折って謝罪するだの、おまけに馬鹿にされている相手を褒めるだの...どうなってるんですか、本当に。」
「ごめんなさい?」
「...変わりましたね、お嬢様。良いですよ、頼み事、引き受けます。」
「ほっ、本当に!?」
「はい、嘘は言いませんよ。た・だ。一つだけ言わせてください。」
「な、何...?ま、まさか料金の請求とか...?」
「子ども相手にそんなことしませんよ。...お嬢様、もっと子どもらしくいてください。」
(子どもらしく?)
突然何を言うかと思えば、子どもらしくだなんて。私の中身はもう成人した大人で...子どもって言われるような年齢じゃない。それに、孤児院で育った私に、子どもらしさなんて分かるはずがない。
周りよりも、大人じゃなきゃならなかった。施設の人は冷たかった。私が生きていたのは、世間が想像するような孤児院とは、まるで違う場所。早く成長して、早く自立して、生きるためのお金を確保しなければいけない。
早く、早く、早く...大人にならないと。
そしていつの間にか私は大学を出て、仕事についていた。頼る親族がいないから、確実にお金が稼げる、安定した職業を選んだ。その合間にも、もし私に頼れる家族がいたら...と何度思ったことか。でもそんなことを考えている暇はない。だって、私は生きるために稼がなきゃいけない。
「子どもらしく、って...もう私、14歳よ。あと2年で成人なのに、そんなこと言ってられないわ。」
「こうやって、大の大人を前にしてもお嬢様は恐れることも泣くこともなく、対等に会話をしてる。まるで、ある程度鍛錬を積み上げた大人みたいだ。少し前まで喚き散らしていたのに、こうやって突然理性的になった。そりゃあ、天使が取り憑いたって言われますよ。」
「天使が憑いていたら、もっと優しいはずよ。」
「もっと、感情を出しましょうよ。怒るのも、泣くのも、喜ぶのも。素直に感情を出せるのが、子供の良いところじゃないですか。」
「...良いのかしら。だって、迷惑じゃない?」
「良いに決まってますよ。迷惑をかけるのが、子どもの仕事です。」
「そっ...かぁ。」
迷惑をかけるのが、子どもの仕事、か。あまり、私には分からない。迷惑をかけたら、施設を追い出されてしまうから。職員の怒りを買わないように...大人しく生きていたのに。怒ったり泣いたりしても、子どもの仕事だと、許されるの?やっぱり...私には分からない。
「難しく考えすぎなんですよ。簡単な話です。感情を表に出す、それだけ。簡単でしょう?」
「...そうね、私にはやっぱり分からないみたい。だから何も考えずに、頑張ってみるわ。」
「ええ、そうしてください。きっと、良いことがありますよ。」
「良いことって?」
「さあ、それは分かりません。それじゃあ頼みごととやらを聞きましょうか。」
「そ、そうね。」
料理長は、椅子を出してくれた。ちょうど体が重すぎて疲れてきていたので、有り難い。お礼を言って、座らせてもらった。
「それで、頼み事の事なんだけど。実は、」
「や、やっと開いた!お嬢様、締め出すなんて酷いじゃないですか!」
...こうも、タイミングが悪いなんて。おかげでこっちの空間は冷めた空気が流れちゃったじゃない。厨房の外に締め出した私が悪いけど、入ってくるタイミングってものがあるじゃない。折角良い雰囲気で纏まったっていうのに。
「...ライラ。お前、空気を読むって言葉を知ってるか。」
「失礼ですね、それくらい知ってますよ。」
「意味は理解してるか?」
「ええ。」
「ならどうして今入ってきたんだ。」
「お嬢様の話なら、侍女である私も話し合いに参加するべきでしょう?本当はもっと早く出ていくつもりでしたけど、大事な話をしていたみたいですし。だから今です。」
「どうして急に空気が読めなくなったんだ...?」
「どっちにしろ、鼻愛には参加するべきですから。...よいしょ、っと。ほら、ジャレッドも座ってください。話し合いをしましょう。」
そう言って椅子に座ったライラは、料理長に席を勧める。はぁ......と大きな溜息を付いた料理長は、どうやらこれ以上会話するのを諦めたらしく、勧められた席に座った。
結果的には、ピリッとした空気が緩んで、緊張が溶けたので良かったのかもしれない。
「それでお嬢様、ダイエットについてはもう話しましたか。」
「え、っと。まだ。」
「...ちょっと待ってくれ。お嬢様、俺にダイエットを手伝って欲しいって言いました?」
「私じゃなくてライラが言ったけれど、そういうことね。」
「本気で?ダイエットを?」
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次話もお楽しみに。