【第四話】初対面にしてバトルなり
こんにちは、はちみつレモンです。
おかしなところ、誤字脱字等ありましたら、ご報告お願いします。
追記:7月24日に修正しました。
10月10日に修正しました。
「...お、お父様。エラです。」執務室のドアを静かにノックする。
「入りなさい。」部屋の中から冷たい声がした。
どうしてこんなことになっているかと言いますと。私がエラに憑依したのに気づいたのが昨日の朝で、ぎっくり腰が判明したのが昨日のお昼。色々と自分の立場とか状況を把握して、今日の朝になった。一先ずこの世界の情報についてまとめようかなと思った矢先、父親に何故か呼び出されたわけだ。
...正直どうすれば良いかわからない。だって私、嫌われてますし。しかも父親だけど、私からしたら初対面だし。おまけに両親がいなかったから、どう接するのかもわからないもの。
対する父親は、足を組んで椅子に堂々と座っている。怒ってる...ようにも見えるし、無関心のようにも見える。どちらにしろ私に対して良い感情は抱いていないだろう。
(それにしても、殺風景な部屋ね。飾ってあるお花くらいしか目立つものが無いじゃない。)
...瞬間、頭を殴られたような感覚がした。
『おとうさま、見てください、お花のかんむりです!』
『...エラ。そんなことよりも、他にやることがあるだろう。』
差し出された花の冠を無視して、父親はエラを置いて行ってしまった。取り残されたエラは、泣きじゃくって、その場にうずくまっている。...こんな幼少期があったなんて。”悪役令嬢”なんて呼ばれるくらいなんだから、小さい頃から相応のことをやらかしたんだろう、なんて勝手に思っていた。
(そっ、か...彼女があんな風になったのは、誰かに関心を持ってほしかったからなのね。)
これよりもう少し幼い頃は、絵に書いたような幸せな家族の姿がある。...突然、冷たくなったんでしょうね。戸惑う姿、期待に応えられるよう頑張る姿、どうにかして振り向いてもらおうとする姿。見ているこちらが辛くなるくらい、痛々しい。
「...昨日から、お前の様子がおかしいと報告があった。」お父様が、重たい口を開く。
「そうでしょうか。私はいつもと変わらないつもりですけど。」
「そうか。」
「...。」
(え、何。それだけ?)
「えー...っと、用事はそれだけでしょうか。終わったなら自室に戻りたいんですが...。」
お父様は、ちょ、待て、とか何とかいってもじもじしている。...この人、本当にエラの記憶の父親と同一人物なの?なんか動きがおかしいし、ゴニョゴニョ喋ってるし...私これでも、この人に対して怒ってたつもりだったのに。私はエラじゃないから気持ちは分からないけど、彼女の代わりに怒ることは出来る。だからちょっとだけプチキレくらい、しようかなーって思ってたのに。
「...言いたいことがあるなら、くねくねしていないでハッキリ言ってください。」
「なっ、くねくねなんてしていないぞ。」
「それはどうでも良いので、言いたいことをどうぞ。」
「どっどうでも...。」
がーん、と明らかにショックを受けた顔をする父親。話が進まないので、目で圧をかける。
「...うぉっほん。私が言いたかったのはだな。」
「前置き長いです。早く。」
「そう急かすな。...最近お前が、勉学を怠っていると聞いた。お前は王家に嫁ぐのだから、もっと頑張らないと...」
「はぁ。」
「いいか、皇太子妃になるために必要なことはまだまだ沢山ある。それなのにお前は...」
「お言葉ですが。」
「な、何だ。」
「私は、道具じゃないです。」
「...道具、だと?」
そんな驚いた顔をされましても。どう考えたって、エラのことを皇家に嫁ぐ道具としか見ていないじゃないか。公爵家に生まれたからには、教養が必要なことは分かる。上に立つ者として、皇太子の婚約者になる可能性が高い者として、それは義務に近い。
ただ、公爵家の人達はあまりにも、それを当たり前だと思いすぎている。公爵家の人間だから、当たり前?そんな訳が無い。彼女だって一人の人間なのだから、辛いに決まっている。...きっと、彼女にとって家族の支えは大事なことだったはずだ。頑張ったね、と。その一言だけでも貰えれば、きっと頑張れたはずだった。
しかし待っていたのは、失望と、もっと大きな期待。もっと、もっと、上へ上へと言われ続けた彼女は、疲れ切っていた。自分は何のために頑張るんだろうと、ふと思ってしまった。そして、頑張ることを諦めてしまった。
「確かに、私は腐っても公爵家の人間ですし、教養が必要なことは十分理解しているつもりです。皇家に嫁ぐ可能性が高いことも、分かっています。」
「そうだ、分かっているじゃないか。」
「ですが。私も一人の人間です。公爵家の権力を拡大する道具では、ありません。...私は、貴方達の道具では無いのです。」
しっかりと力強く。私は父親の目を見据える。
「皇家に嫁ぐのが幸せだと、誰が決めたんでしょう。幸せの形は人それぞれにあって、私の幸せは皇家に嫁ぐことではありません。勝手に幸せを押し付けて、私を人形のように動かそうだなんて...あまりにも身勝手ではありませんか。」
「そんな、道具など、人形だなんて...そんな風には、ただ幸せになって欲しくて、」
「それが押し付けなんです。お父様からすればそれが幸せなんでしょう、けれどはっきり言って私からすればそんなの善意の押し付けでしかありません。」
「そ、れは、」
「それに、私のためと思ってくれていたなら、どうしてそれを私自身に伝えてくださらなかったんでしょう?私からしてみれば、急に両親が冷たくなって、授業が増えて...考えたことはありますか?愛する家族から冷たくされる悲しさを。努力を認めてもらえない虚しさを、辛さを。」
(な、何だかスラスラと言葉が...これはエラが言いたかったこと、なのかしら。)
「そんなの、誰だって思いますよ。あぁ私は、道具だったのだわ、って。」
完璧なK.O.。...お父様、娘に完膚なきまでに叩きのめされて、ちょっと可哀想。って、叩きのめしたのは私か。
父親は絶句して青白い顔をしているけど、まぁ正直スッキリした。私自身がやられたわけじゃなくとも、記憶としては存在しているから、胸糞悪かったし。娘のためを思って〜、だなんて、本当に押し付けでしかないものね。エラも、ちゃんと言いたいことが言えて、少しは気持ちが晴れていたら良いけど。
(...それにしても、この地獄のような雰囲気はどうしたら良いの?)
「...すまな、かった。そんな風に思っていたとは、というのは言い訳だな。私達の考えが足りていなかった。...本当にすまない。」
「今更ですね。」
「...すまない。」
「はぁ...でも、そうですね。彼女にも悪い部分はあったと思います。もっと早く、こうやって話すことは出来たはずなのに、ずっと逃げ続けていたわけですし。」
「彼女?」
「あ、いえ、私です、私の事です。」
おーっと、客観的な視点で考えていたから、ついついやってしまった。
「あのこれは、」
「...言い訳に聞こえるかもしれないが。私達は、お前を道具だと思ったことなどない。」
「は、はい。」
「数年後、きっとお前は皇太子妃の有力候補として名前が挙がる。そうなれば、私達では守りきれないだろう...辛い思いをしてほしくなかった。誰にも侮られないように、傷つかないように、お前がお前自身を守れるようにしたつもり...だった。」
「な、なるほど。」
「それがこんな風に苦しめてしまったなんて...親失格だ。お前は何も悪くない、全て私達の責任だ。」父親は、深く頭を下げる。
「...過去は、絶対に変えられません。それにさっきも言いましたが、お父様達だけのせいじゃないです。私にも否がありました。」
「いや...」
「いや、じゃなくて、そうなんです。...だから、今から少しずつ変えていきませんか。今まで出来ていなかったことを、一つずつでも、一歩ずつでも、やってみませんか?」
私は、手を差し出す。
...そう、過去は変えられない。私がトラックに轢かれて死んでしまったように、起こってしまったことは変えられないのだ。当事者じゃないからこそ、こんな事が言えるのかもしれない。でも、ずっとお互いに罪悪感を感じながら過ごすより、少しずつでも寄り添っていく方が、ずっと素敵じゃない!
それに私は、”家族”を知りたい。街で見る家族は、幸せそうだった。当たり前のように生まれたときから一緒に過ごして、当たり前のように愛があって。家族ってどんなものなんだろう、ってずっと思っていた。...実は少しだけ羨ましかったんだけど、それは秘密。
「急に言われても、驚くと思います。だから、考えておいてください。」
「...お前は、私達が嫌いなんじゃないのか。」
「うーん...確かに良い印象かと言われれば、それは違います。」
「そう、だろう。」
「でも私達は、家族じゃないですか。」
笑顔でそう告げると、父親の顔がぐにゃりと歪んだ。これは、泣きそうなのを我慢していますね。...あ、涙のダムが崩壊した。
「っ、お前は...こんな父親でも、っ家族と言ってくれるのか...。」
「そりゃあ、私達は家族ですし。」
「そっ、そういうことではない...っ。」
「えっと...?」
「...すまない、今日はもう話せそうにない。また...機会を作ろう。...来て、くれるか?」
「分かりました...お父様、ちゃんと目、冷やしてくださいね。」
「うっ...娘の優しさが沁みる...ううっ...。」
何だか、威厳のある父親だと思ったらちょっと残念な父親だった。
(まぁでも、これで少しは家族仲の改善は出来た、かな?)
「では、お先に。」
私はゆっくりと扉を閉めて、自室へ戻る。
一方執務室では、窓から外を眺める男がいた。
「...立派な大人だというのに、娘の前で泣いてしまうとは。」
男は引き出しから、ペンダントを取り出す。
「...しかし、成長すればする程、君に似てきているな。強い子に、育ったよ。」
呟きは、独り言として、静かな空間に溶けてしまう。
「...必ず、守ってみせるよ。」
こんなにすぐに和解してしまうのは、違和感が多いと思いますが...ご都合主義ですのでお許しください...。