【第三話】乙女ゲームの悪役令嬢ですか...
こんにちは、はちみつレモンです。誤字脱字等ありましたらご報告お願いします。それでは、お楽しみください!
追記:10月10日、編集しました
「ギックリ腰ですな。」
白髭のお医者さんは間違いなくそう言った。
(ぎ、ギックリ腰...?)
嘘でしょう。だってこの体はまだ成人もしていないはずよ。一体何が原因で...って、まさか...このふくよかな贅肉のせいだったりして。お医者さんもそれとなく私のお腹を見つめながら話しているし、嘘、やっぱりこのお腹がいけないの?
どうやらお医者さんは私が自分のお腹が原因であることに気づいたことを察したようで、慌てて他の理由も付け加えた。その理由とは、ずばり、極度の運動不足。...ええ、そうでしょう、そうでしょう。だって普通に生活していたら、代謝の良い子ども時代にこんな風に太ることはほとんどないでしょうとも。
憑依して一日も経っていないけれど、持ち主の女の子がどれだけ運動していないかは十分に分かっていた。部屋をウロウロして驚かれ、部屋で軽いストレッチと筋トレをして驚かれ...。昼食の量には流石に驚いた。どこの力士の食事ですか、と言わんばかりのご飯。しかもほとんどが油ものなので、危うく匂いだけで吐くところだった。量を四分の一に減らして欲しい、と頼んだら”お嬢様...厨房の使用人に対する新手のいじめですか?”とメイドに言われてしまった。解せぬ。
「この歳でギックリ腰なんぞ、この道50年の儂ですら見たことがないですな。まぁでも、そんなに心配せんでも大丈夫ですぞ。いつも通り過ごしていれば、ほんの二週間ぐらいで治るはずですので。」
「あの、普段通りですか?安静にした方がいいのでは。」
私も同じことを考えていた。ギックリ腰になった人って腰に固定用の何かをつけて、安静にしていた記憶があるんだけど。...もしかして、ヤブ医者?
「ヤブ医者ではないですぞ。」
「!?」
(私の思考を読まれた...!?)
「お嬢様は表情に出やすいのでな。」
「なるほど...?」
「動いたほうが良いというのは?」
「ギックリ腰は安静にしなければならない、なんて堅苦しい輩もいたんだがなあ、統計を取ったら動いた方が治りが早いと言う患者が多かったんですよ。」
なるほど、ちゃんとデータを取った上で処方を伝えてくれたと。ごめんね白髭のおじいさん、ヤブ医者だなんて思って。こうやって優しく診察してくれて、良いお医者様なのに。
「いえいえ、医者として当たり前のことをしたまでです。」
「今のは表情から読み取れる内容じゃなかったと思うんだけど!?」
「お嬢様は分かりやすいのでね。」
このヤブ医...ごほんごほん、お医者さんはどうしてか私の思考が読み取れるらしい。表情から読み取れるにしては、あまりにも理解しすぎている気がする...実は医者じゃなくて人ならざるもの、って言われても信じてしまうくらいには恐ろしい。
「...お嬢様、これは神からのお告げだと思いましょう。まるで豚...廃人のように生活しているお嬢様を変えるために、このように見える形でお告げをくださったんですよ。」
「言い直しても酷いわね。」
「いえこれは、言葉の綾と言いますか、本心が漏れ出たと言いますか。」
「さらっと言いすぎて逆に清々しいわ。」
「...お二人は、仲が宜しいようですな。」お医者さんは微笑んでいる。
「失礼しました、お見苦しいところを。」
「いえいえ、噂というものは当てにならないものだと思っていたところですのでね。」
(...噂?)
「あの、噂というのは、」
「と、ということで私はお嬢様が運動をするお手伝いをすれば良いわけですか。」
「そういうことですな。」
「成程。」
噂について聞こうと思ったのに、メイドに遮られてしまった。...私に聞かせたくない、もしくは聞かれると不都合な噂。私が一体誰なのか知る手がかりになると思ったけれど、こうもあからさまに遮られると聞こうにも聞けない。お医者さんもそんなメイドの様子を見たからか、詳しく話そうとはしない。
「では、儂はそろそろ帰りますので。」
しばらくぎっくり腰についての説明と注意事項を聞き、ひとしきり落ち着いたところでお医者さんが帰宅する流れになった。わざわざ出向いて診察をしてくれるなんて、琉那時代には無かった事。いくら元気だって、お爺さんがここまで来るのには時間も体力も必要だったと思う。...流石にお礼は必要、よね。私は貴族みたいだし、評判を落とすのは外聞が悪いかもしれない。
「あの、ありがとうございました。」
「...!いえいえ、儂は医者ですから。何かあったら、また呼んでくだされ。」おじいさんは驚いたような顔をして、帰っていった。
部屋から手を振って見送りをする。メイドは、そんな私の様子をじっと見つめていた。
「...お嬢様。」
「何?」
「今日はどうされたんですか。お礼に、見送りまで。」
「感謝の意を示すなら、これが普通じゃない。」
「少しやり過ぎのように思いますが、そうですね。それが当たり前です。ですがお嬢様は今まで、その当たり前をしてこなかったじゃないですか。...どうして、今更。」
メイドは、苦しそうに呟く。対する私は、そんなことは気づかず、一人で焦りを感じていた。感謝を態度で、言葉で示したことが無いなんて、どんな我儘姫だ。そうだった、その我儘姫は私なんだったわ。お医者様があんなに驚いていたのも、私が素直に感謝したからだと言われれば納得がいく。...そう、こんな幼少期を過ごすのなんて悪役令嬢くらいじゃない。
背中に、嫌な汗が伝う。
「きょ、今日は、言おうかなと思ったのよ。」
メイドは私を懐疑的な目で見ている。
「まぁ、良いです。そうしたらお嬢様、とりあえず今日はお休みになって、明日辺りから徐々に運動していきましょう。」
「そ、そうね。」
「それでは、私はこの辺りで...」
「あ、待って!」
「何か問題でもありましたか?」
(ありありよ。だって私、未だに自分の名前も把握していなんだから!)
「一つ聞きたいんだけど。...その、私の名前って、何だったかしら。」
「はい?エラ・エヴァンズ様ですが...。」
「あっ、そうよね、そうそう、私はエラ・エヴァンズよね。」
「お嬢様、今日は本当にどうされたのですか?」メイドが怪しげな目で私を見ている。
「えー...っと、ほら、ちょっと疲れてるみたいなの。久しぶりに動いたし。」
「そう、ですか。では、私はこれで失礼します。」
ぺこりと頭を下げてメイドが去っていく。危ない危ない、あれは確実に私を怪しんでいた。間一髪、ナイスだわ、私。
「それより、エラ・エヴァンズねぇ...どこかで聞いた気がするんだけど。」
『エラ・エヴァンズ!ここで今、貴女との婚約を破棄させて貰う!』
あぁ、そうそう。死ぬ直前までプレイしてた乙女ゲームで聞いた名前だったわね。確かヒロインをいじめ倒す悪役令嬢で、私もプレイしながら凄くイライラしてたっけ。
(...ちょ、ちょっと待って?)
「わ、私、やっぱり悪役令嬢に憑依してるの!?」
予想はしていたけど、まさか本当に悪役令嬢になるなんて。しかも、よりにもよって、あのエラ・エヴァンズに。...死刑or国外追放エンドしかない悪役令嬢に。
「あああ、酷いです神様...せめて、せめて幸せになる道が残されている悪役令嬢にして欲しかった...!」
「隠された精霊姫」。ヒロインが攻略対象と恋をしながら、国の危機を救う乙女ゲーム。舞台はここハワード帝国で、アーサー皇帝、フィオナ王妃、二人の皇子と一人の皇女によって成り立っている。そんな王族を支えているのが四大公爵家で、私はそのうちの一つであるエヴァンズ公爵家の長女である...ちなみにプロフィールにあったけれど、私はこの体型と悪どい性格で、家族を含めた周囲からものすごく嫌われている、らしい。乙女ゲームといえば攻略対象でしょう、「隠された精霊姫」には4人の攻略者がいる。皇子二人はもちろん、エヴァンズ公爵家の長男、つまり私の兄ね、あとはセヴェニー公爵家の長男。
そしてこの乙女ゲームには魔法が存在する。14歳で行われる”精霊の儀”で、精霊と契約をする。それからやっと魔法が使えるのだ。精霊は、火、水、地、風の4つの種族が基本で、珍しい種族として光と闇の精霊がいる。タイトルの精霊姫っていうのは、この六種族の精霊王から直接加護を貰った人がなれるもの。...まぁこれはヒロイン枠だけど。特に私には必要ないし、素質もないから関係ないかな。
実は私、乙女ゲームをクリアし終えていない。というか、誰もクリアし終えていないと思う。発売日に即購入して、私が死んだのはそのすぐ数日後だったから。徹夜で終わらせる人がいるんじゃない、って?ノンノン、それは絶対に無理なのよ。この乙女ゲームは、本当に攻略難易度が高いから。死んだ当日に掲示板をみたけれど、クリアおろか、一人攻略し終えた人が数人いたかな、程度だった。もちろん私は一人も攻略し終えていない。自慢できることじゃないけどね。
だから私は、小説のように事件がいつ起きて、どんな展開になるか、なんて何もわからない。知ってるのはキャラクターとゲームの基本情報と、進められた本当に冒頭の部分だけ。...故に私にできることは、何もない、ってわけよ。でも逆に良かったのかもしれない。皇子と結婚してやろうとか、精霊姫になってやろうとか、そんな野望はこれっぽっちも無ければ、誰かを助けてあげたい、なんていう目的も無い。ただ私は...
「静かに、のんびり暮らせればそれで良いのよ!」
そのためには、まず家族と仲直りをしなくちゃ。それにこの子豚体型。私のプライドにかけて絶対にスリム美ボディに仕上げてやるわ。学園にはきちんと通って、友達を作って、卒業したら就職する。良い縁談があったら結婚したいわね。...皇子以外と。
「せっかくこの体に入ったんだもの。前と違って家族もいるし、それなりにお金のある家で過ごせて、しかもこれからが楽しみな歳。悪役令嬢になる運命だろうがなんだろうが、そんなの関係ないわ。私は私なりに自分の幸せを見つけて、生きるんだから!」
筆者は根暗なので、元気なエラを書いていると楽しくなるとともに、少し虚しくなります...笑