【第ニ話】お決まりの異世界転生
こんにちは、はちみつレモンです。今回もお楽しみ下さい。
誤字脱字等ありましたらご報告お願いします。
追記:7月21日に編集しました。
10月9日に編集しました。
なんだろう...すごく温かい...。
(あれ、私、いつの間にか眠ってた?いや、でもトラックに轢かれて...。)
そうだ、私は猫を助けようとして、トラックに轢かれてしまったのだった。あまりの出血量から、死んだと思ったけれど、もしかして助かったのかもしれない。こうやって記憶もある訳だし、取り敢えず体を起こして、現状の確認をしなくちゃ。
早く起きて、やることが沢山ある。どれくらい意識が無かったのかを調べて、やり残している仕事を終わらせて、乙女ゲームだってやらなきゃいけない。まぁ別に乙女ゲームをやることは必須じゃないけれど、全攻略対象を攻略するのが、ささやかな私の夢なのだ。
さあ、体を起こそう。そう思って、体を動かそうとするが、体が動かない。
(こ、困ったわね。)
...布団の中が、快適すぎる。自分の体温で温まった、滑らかなシーツ。枕なんて、私の頭にぴったり。もしかして、私のために特注したんじゃないかなと思うくらい。ここが病院なのだとしたら、なんと心地の良いベッドであることか。
「様。お...様!」
随分と苛立っている声が聞こえる。他の患者さんに何かあったのだろうか。まぁでも、私には関係ない。こちらはスヤスヤと眠る予定だから、看護師さん、もう少しボリュームを下げてくださいな。
「お嬢様!」
(...え、お嬢様?)
うかうかと寝ようとしていたけど、よく聞いたら同じ病室にいるのはお嬢様なんて呼ばれるくらいの良い身分の方であるという。私はどう見てもただの一般市民だし、そんなお偉いさんと同じ病室に入れるような権力も地位も、ついでにお金も持ち合わせていない。額に、冷や汗が出てくる。
(もしかしなくても、私、高額な病室に泊まってたり、して...あ、はは。トラックで轢かれて気がついたら借金地獄でした、だなんてなんて災難すぎるわぁ。...うん、全然笑い事じゃないけれど。)
返済はどうしよう。銀行の預金はどれくらいあったっけ。保険が適応されるから、ある程度は安くなるけど、もしも足りなかったら。友達に借金する?あああ、生きていくだけでも精一杯だっていうのに、どうしてこんなことに...。
「これが所謂、詰み。」
「不吉な寝言を言っていないで、起きてください...お嬢様!」看護師が、思いっきり耳元で叫んだ。
「っひゃっ!」
「もう、何度も起こしたのに全く起きないなんて。睡眠は取りすぎると体に毒ですよ。」
驚いて飛び起きると、看護師さんだと思っていた人は、...ええっと、メイドのコスプレイヤーさん...かしら。少なくとも看護師ではない。それにこの部屋は病室ではなく、小さな女の子の部屋だった。私を起こした看護師さんは、何やら櫛を持ってこちらに向かってくる。取り敢えずベットから降りようとするが、体が鉛のように重い。
(...まさか私、太った?意識がなくて、ご飯が食べられないから痩せるなら分かるけれど、太るって一体どういうこと!?)
恐る恐るお腹に手を伸ばすと、なんとまあふくよかな...って違う!そんな悠長なことを考えている場合じゃない。これは一大事だ。私はこれまで自分の美に対して手を抜かなかった。特別美人なわけでも、特別不細工なわけでも無かったが、卑屈にはなりたくなかったからだ。私は、可愛くないから...なんて言い訳をしてダイエットを怠る、ファッションや化粧を気にしない。可愛くないから、何もしないのではなく、可愛くないから、何かを頑張って可愛くなる、私はそうして頑張ってきた。それなのに、倒れている間にこんなにぶよぶよになっているなんて。
「...絶対、燃やしてやるわ。」
「お嬢様、今度は誰に対して恨みを持っているのか知りませんが、燃やすのは犯罪です。」
「う...うん?燃やすのは人じゃないわよ...?」
メイドのコスプレの人...長いわね、もうメイドで良いわ。メイドは、さっきから私のことをお嬢様と呼んでいるけど、これは一体どういう状況なの?
何が何だか分からず、まずは自分の今の姿を確認しようと鏡を覗き込んで、目を疑った。...映っていたのは私ではなく...いや確実に私なんだけど、私ではない女の子だった。見間違えじゃないかと思って、もう一回覗き込んで見る。でもそこには私ではない女の子が映る。そしてもう一回...もう一回...と同じように繰り返しても、映るのは私ではない誰かだった。
「はっはーん、道理でこんなにふくよかなわけだわ。」
艶のあるサラサラの銀髪に、ぱっちり二重のアメジストのような瞳。まつ毛なんてモデル並みに長いし、肌はもちもちすべすべ。それに...多分まだ小学校低学年くらいなんだけど...何というか、ちょっと色気があるというか...。とにかくこんなに美人要素が揃っている私(?)なんだから、当然美少女でしょう、ええ、誰もがそう思うでしょうとも。でもね、残念なことに残念美少女なのよ。パーツ自体は大変素晴らしいけど...致命的なことに、私(?)は大量の脂肪とお友達みたいでね。つまり、太ってるってわけ。
「...というかまず、どなた?」
あまりに衝撃的で忘れていたけど、鏡に映る私は、私じゃないんだった。今発した声も、可愛らしい鈴が鳴るような声だし。私の声はもっと低いはずなのに。
「どなたって...お嬢様、どうやらまだ夢の中にいらっしゃるようですね。いいですか、そこに映っているのはあなたですよ、エラお嬢様。」いつの間にか私の後ろにいたメイド服の女性が私の髪の毛を櫛でとかしながら言った。
「エラお嬢様?私が?」
私は鏡の前で、右手を上げた。
「...ねぇ、そこのあなた。」
「なんでしょう。」
「鏡の中の私も手を挙げているかしら。」
「は、はい...挙げておられますが...?」
ああ、成程。エラお嬢様っていうのは、私で、私っていうのはエラお嬢様なのね。小説でよく読んだわ。トラックに轢かれて、気がついたら異世界のとある人物に憑依していたとか、転生していたとか。よくよく考えれば、今の私の状況なんてそのまんまじゃない。...何だか、大変なことが起こってるのにやけに落ち着いてるわね。これからどうなるのかも分からないのに、これと言って不安が出てこない。ただ唯一、心残りがあるとしたら...。
「乙女ゲーム、終わらせたかったッッッ...。」
思わず大きな声を出すと、メイドが固まって動かなくなった。驚かせて申し訳ないけど、これは前世の心残りを吐き出す大事な儀式だったので。どれだけ冷ややかな目で見られようとも、私は遂行しなきゃいけないのよ。
あれこれとしばらく考えるうちに、一つ嫌な予感がよぎった。トラック事故死、異世界転生or憑依がテンプレの小説って、大体恋愛ものだったということを思い出したのだ。異世界恋愛小説といえば、ヒロインとヒーローの間に立ち塞がる悪役令嬢が必ずいる。最近はその悪役令嬢に転生する小説が増えていた。...つまり、私もその悪役令嬢に転生してしまった可能性がある、ということ。この体に憑依したからには、幸せな人生を歩みたい。だからまずは情報収取よ!
スイッチが入った私は、思いっきり立ち上がる。そんな私を、侍女は呆然と見ている。ただ、それが焦りの表情になったのもつかの間のこと。私は、腰の骨から嫌な音が鳴り、そのまま地面へと打ち付けられたのだった。
「お、お嬢様。どうされましたか?お嬢様!?」
「背中が...まっすぐ...伸びない、ですって?」
「す、すぐお医者様を呼びますから!」
ガクガクガクガクと、侍女が私のことを揺らす。...あの、心配してくれるのは嬉しいんだけど。その、私が人間メトロノームみたいになってるから...ね?