第 7 章 「夜道」
三人は館ヘの近道をとった。
本道ではなく、かつての村の近くを通る細い道。
「ところでファインコルト、婆さんのところへは全く顔を出していないのか」
「遺跡には近づくなと言われてるんでな」
「遺跡?」
村の跡、と応えながら、ファインコルトは自分がいつの間にか、遺跡と呼ぶことに抵抗がなくなってしまっていたことに気がついた。
「うーむ。婆さんにはいつ頃、会ったきりなんじゃ?」
「もう二年くらい前か」
「そんなに前のことか!」と、グラスネイクが吼えた。
「婆さんはどんな様子じゃった?」
「相変わらずつっけんどんで、おまえ達、このままでいいと思っているのかとか、村の衆に災いがなければいいがとか、娘がどうのこうのとか……。まあ、元気そうだったが」
「そうか……。わしが会いに行ったときは、追い返されたも同然じゃった。わしは恨まれておるんじゃろう」
ゆるい登り道が続き、蒸し暑い。ファインコルトは野良着の胸をはだけて、夜の空気を入れる。
「婆さんは変わってしまっていた……。いや、変わったのは見かけだけで、中身は変わってはいない。中身の方は、むしろ俺達の方が変わってしまったんだろう……」
自分の口から出た言葉に、力を奪われたようにファインコルトは肩を落とした。
三叉路にさしかかる。見覚えのある大きな楡の木。
右手に進めば、懐かしい村の中心部に至るが、荒れた踏み跡程度しか残っていない。
木々の間に見えるものは、瓦礫となり、ツタに覆われた建物の残骸と、モナエドの木像だけ。女神の姿をした水霊の像は、雑草に囲まれて、腰から下が見えなくなっていた。
三人は村の跡地を迂回する道をとっていく。
「どうしたスチム」と、グラスネイクが声を掛けた。
若い牧師は立ち止まり、硬い姿勢でせせらぎを見つめていた。
「昔はこんなところに小川はなかった。あれから、いろんなことが変わってしまった」
長さ三メートル足らずの柱状の石が二本、せせらぎに架け渡されていた。
「これは……、これは教会の地下室の石です」と、牧師はしゃがみこんで、石の橋に触れた。
「ほう。地下の扉を封印していた石じゃな」
「ええ……」
「ん? 待てよ。数年前、ここには確か、木の橋が作られたように思うぞ。もっと幅のある……。そうか、広い道が向うに作られたときに、この石で架け替えられたんじゃな」
スチムがまだ石を撫でている。
「そうじゃったな」
と、グラスネイクが同意を求めたが、ファインコルトはきびすを返して歩き出した。
「さあ、遅くならないうちに行こう」
十日ほど前、ファインコルトがマリーと出会ったキイチゴの群落の横を通り過ぎて行く。
男たちを追いかけるように、ミズキの花が匂っていた。
館の裏庭に、古びた木造のパーゴラがある。
庭園大改造で難を逃れた、数少ない構築物のひとつだ。かつて、この周りには、各地のプランツハンターから手に入れたさまざまな珍しい花が植えられ、華やかな庭園の見所のひとつだった。
しかし今は、ノイバラのような小さな花をつけるバラが、かん木に埋もれるように生存を許されているだけ。
ファインコルトは手すりに腰を下ろし、その香りをゆっくりと吸い込んだ。
と、白い人影が近づいてきた。
薄い綿のブラウスと素朴なギャザースカートをつけた若い貴婦人。
ファインコルトは立ち上がり、腰を曲げた。
「まあ、ファインコルト。こんなところで何をしているの?」
「はい、人を待っているのです。ガリー様こそ、今時分にお散歩ですか?」
「ええ、バラの香りが好きなの。夜は特に匂うようよ。でも、あなたはだれを待っているのです?」
「グラスネイク村長とスチム牧師です。明日から捜索を始めることをお伝えしに来ました」
「コティお姉様の? 皆さん、どうもありがとう」
「あ、いえ、明日は村の呪術師イレーヌの捜索です」
ファインコルトはガリーに問われるままに、イレーヌ失踪の件を話した。
「そのお婆さまというのは、遺跡に住んでいた方ね」
「はい」
「お元気になされているのかしら。そういえば姉も、このごろは何も言わなくなったわ……」
ガリーは顔を曇らせたが、ころりと表情を変える。
「ねえ、ファインコルト。先日、お父様と遺跡へ行ったとき、地下洞窟に入ったのよ。ワクワクする冒険だったわ」
そこに、グラスネイクとスチムが戻って来た。
「ガリー様。いつか、あの遺跡のことについて、お話ししてさしあげましょう」
ガリーは微笑んで頷くと、ふたりに軽く会釈して館に戻っていった。
「了解をもらったか?」
「グッチホルドは、伯爵様が留守にしていてよかったな、と言いおった」
「ふん」
「あいつめ、婆さんの最近の様子や、誰が世話をしているのか、言えないの一点張りじゃ」