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第 5 章 「貴族」

 日が西に傾きかけ、木々の影が長くなってきた頃、ウィルストロングの甥、プラダー卿が館に到着した。

 コティが兄と慕う青年貴族である。


 プラダーはわずかな休息をとると、少しも心配していないような顔をしながら、散策がてらのコティ捜索に出かけていった。



 そのころ、ウィルストロングは祝賀会の演説の原稿を書いていた。


 曰く、

 私は、類まれなる才能を持つレッド卿に、白羽の矢を立てたのであります。

 将来を約束されている、わが国随一の庭園技師と私は、毎日のように領地を調べて廻りました。

 地質や植生や地形、庭園素材となりうる大木や巨岩、美しい水系などをくまなく見て歩きました。


 常にここに住んでいる私の目にさえとまらなかったものが、博識に裏打ちされた卿の指摘により、生き生きと目に見えるものとなって眼前に立ち現れたのであります。

 あるときは館のバルコニーに立ち、領地を眺め渡し、またあるときは熟慮された協議が何日にもわたって続き、数え切れないほどのスケッチや計画図が示されました。


 こうして、大庭園の構成を決定したのであります。

 そのプランは、大掛かりな工事の始まりを告げる、晴れがましいファンファーレのように、私の脳裏に焼きつくものだったのです。



 ウィルストロング伯爵。

 今をときめく先鋭的進歩派ホイッグ党の貴族。


 新しいイデオロギーの急先鋒を自認しているウィルストロングが着手したのが、相続した領地に複雑に入り組んだ入会権の整理と、伯爵家直轄の庭園用地の確保だった。

 その庭園とは、「英国式風景庭園」と後の世で呼ばれることになる、イギリスの貴族の間でブームを迎えていた伸びやかでおおらかな自然風景様式の庭園であった。

 立憲君主制国家の政治理念の象徴……。

 フランスの絶対君主制国家の圧政に対するアンチテーゼ……。


 つまり、新しい政治理念への思い込みが、庭園トレンドの最先端をいくことに重ね合わせられていたのである。

 ウィルストロングは、巨大庭園の造営が、あたかも自分の政治思想の、形を伴った唯一の表現であるかのように、血眼になったのである。



 原稿は曰く、

 館から見える限りの小川や林などを徹底的に作り替え、私の理想とする絵画的自然風景を作り上げることができました。

 もちろん、何代にもわたって築きあげられてきた花壇や植え込みを撤去することほど、心を悩ませたことはありません。

 しかし、旧弊を打破し、新しい時代の治世を象徴するひとつの景が、これからの庭園にも必要なのです。

 すなわち、芝の野原が館の足元からずっと向うの丘陵まで自然の風景として続いていることが、わが庭園計画の根幹を成すものだとすれば、ちっぽけな花壇の撤去にどれほどの躊躇が許されるでしょう!

 私は、この先進的な庭園ランドスケープのために、私とレッド卿が望んでやまない伸びやかな景を実現するためには、歴史ある村を移転させることさえ厭わなかったのであります!



 ウッドスティック村はもちろん移転に反対した。

 しかしウィルストロングは、他村の人夫をかき集めて移転先の工事を強行させたのである。

 有無を言わさなかったのだ。


 原稿はさらに曰く、

 さて皆さん!

 それでは村の跡はどうなったのでしょう。

 これは明日の午後のお楽しみです。

 皆さんを、このすばらしい庭園にご案内する用意は、すでに整っております!



 原稿をランプなしでは書けなくなったころ、馬のいななきが聞こえた。

 ウィルストロングは立ち上がり、窓の外に視線を走らせた。


 薄暗がりの中、プラダーが、コティの乗馬パープルサンダを連れて帰ってきた。

 しかし、そこにコティの姿はなかった。



 捜索隊が編成された。

 伯爵直属の屈強な男達が、小川や池や沼地、楡の林、うっそうとしたアラカシの森、広大な庭園内に設えられた大小いくつかの園亭などに向けて散っていった。


 日が落ちた。

 全てのものの輪郭があいまいになり、徐々に夜の黒に混じりあっていく。

 ウッドスティック村が、ぽつぽつと光をちらつかせ始める。


 やがて、館の窓から見えるものは、もはや完全に暗闇に支配された森の漆黒と、わずかに彩度を残した草原や、空の色で構成されるラフなパターン図のように、単調な景へと変化していった。


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