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第 13 章 「薔薇」

 身の丈以上ある草むらに、真四角にカットされた敷石が残されている。広場の中央には直径二メートル余りの比較的大きな井戸。モルタルで固められた錆色の丸石の縁取りが清潔な印象を与えている。

 脇に、目印のようにモミの木が立っている。最近植えられたもののようだ。

 幹にはロープが結わえられ、ぴんと張った先が井戸の中に伸びていた。


 井戸の深さは八メートルほど。

 暗い底にごろごろと積み上がった人頭大の石は乾いていた。隅のほうに、落ち葉の浮いた小さな水溜りがあるだけだ。


 底から少し上の側壁に、人が屈めば入って行けるほどの横穴がぽっかりと口を開けていた。

 そこからわずかな水が流れ出している。モミの木に結わえられたロープはその横穴の中に伸びていた。


 ごろごろ石に飛び散ったコティの血は、もうすでに黒く乾いていた。

 そして、かつて村人達が精霊の井戸といって大切にしてきた竪穴の中には、コティの死体から立ち上る腐臭が満ちていた。



「やはり伯爵様には、お話しせねばなるまい。しかし、どうお話しすればよいのか。よく考えぬと……」

 グラスネイクが思案している。


 イレーヌの遺体は、村の広場で簡単な式を行なってから、昔の村の外れにある墓地に埋葬した。

 本人の意向は、水霊の泉の脇で、水差しにくくりつけたロープを伏流水に流したまま眠ることだったのだろう。

 とはいえ、あのままウィルストロング伯爵の見世物になることは本人の意思ではなかったはずだ。


「どうお話しするって? フウ! じゃ、説明するよ」

 オルカバが、拾ってきた石をもてあそびながら話し始める。


「伯爵が不謹慎にも、祝賀会のアトラクションとして、婆さんの白骨を客に見せようとした。クソたれ庭園の飾り付けのひとつとしてな。婆さんの家もそうだよ。庭園の見世物としていつも掃除はされていた。伯爵は婆さんの白骨を、いつか、あそこで見つけたんだな。もしかすると彼自身が、ということはもう考えないでおこう。もし彼が婆さんを殺したのなら、残されていたタゥザポッの仕掛けの意味がうまく説明できないからな。で、伯爵は祝賀会を前にして、泉と白骨の様子を確認に行った。ロンの話では、そのとき彼はザ・ポットを見つけ、ガリー様と一緒にロープを強く引いてみたんだ。でも、水流は重い。そこで、反動をつけて、グッとね。コティの方の話はファインコルトがするかい?」

「いや結構。やってくれ」



 同じ頃、村の跡を清掃しながら歩いていたファインコルトは、コティがひとり、馬に乗って走ってくるのを見た。

 むろん、係わり合いにはなりたくない。草むらに隠れてやり過ごそうとした。ところがコティも草むらに入ってくる。

 婆さんの姿が見えないことが気になっていたファインコルトは、まさかと思い、こっそり後をつけた。そして、とんでもないものを見てしまったんだ。


 ファインコルトが、げんなりしたというように渋面をつくる。


 ファインコルトがパープルサンダを驚かせないように草むらから覗くと、ちょうどコティがロープを持って井戸の中に降りようとしているところだった。

 コティが井戸の縁に足をかけた。そのときだ。ロープがいきなりぴんと張ったのは。

 あっという間に、コティはバランスを崩して、頭から井戸の中に転落してしまった。


 きっとファインコルトはあわてたろうし、血の気が引いただろうよ。

 が、とにかく、井戸に走りよった。しかし、コティはすでに動かなくなっていた。


「で、降りてみたのかい?」

「まあな」

「まだ息はあったのか?」

「おい!」

「フフ。そうさ。すでに死んでいたろうさ。頭からあの高さを落ちたんだからな」

 オルカバがニヤリと笑う。



 コティが死んでいることを確かめると、ファインコルトは馬の手綱を解き、急いでお屋敷に戻った。

 今の出来事は誰にも見られていない。もちろんファインコルトは知らん顔を決め込むことにした。


 オルカバは、うまそうにエールを一口飲んで、喉を濡らす。


 なぜあの日、コティが井戸に行ったのかはわからない。井戸の横穴に入ったことがあるのかもしれない。祝賀会に来る誰かに横穴を見せようと、確認に行ったんじゃないかな。どうでもいいことだ。


 グラスネイクは、オルカバの話を聞くともなしに聞いていた。


 いいかな。この想像をたくましくした話を、伯爵にするのは村長の役目だ。

 コティお嬢様を、井戸の中に引き落としたのは、伯爵、あなたです、って。よろず屋の親父が、へらへら言うのと、村長が粛然と言うのとでは、信憑性が違う。

 ただし、ファインコルトが一部始終を見ていた件はオフレコだぞ。


 オルカバが拾ってきた石を、ボトル棚の下の段にそっと置いた。


「ワハハッ、冗談だ! たまたまコティを見つけたことだけを報告すればいいのさ。な、村長!」

 グラスネイクがハッとして目を上げた。


「ばか者! 当たり前じゃ! わしが悩んでいるのはそんなくだらんことではないわ! 明日の朝、伯爵様にお話しするのは、新しい立派な水霊モナエドの井戸を掘らせていただくということじゃ! モナエド様の祭りを再開するためにな!」

 そう言ってから、フフッと笑った。


 イレーヌは死んでいた。

 コティも死んでいた。

 しかし井戸を復活させるという申し出はきっと認められるだろう。

 そしてたった今、思いついたことが、いいアイデアのように思えて、自然に笑みがこぼれてきたのだった。


 グラスネイクはファインコルトに向き直った。

「あのバラの香りでこの村をまた包んでくれんか。それで、な、パーラウィズイレーヌという名に変えんか? 婆さんが大切にしてくれていたんじゃから」



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