第 12 章 「廃墟」
「わずかか……。だとすれば、儀式の形を再現するといっても、婆さんは困ったわけだな」
「地下の水霊の泉では、水の量はどうだったのじゃ?」
グラスネイクは男達を促すように歩き始めながら言った。
「昔どおりかどうかは知らないけど、相当の量だったよ」
「じゃ、何を考え込んでいるのじゃ。早く村へ帰って準備を」
しかしオルカバは動こうとしない。
「わずかな水では広場の水霊の井戸まで、ロープは流れてこない。井戸からロープを出すにはどうしたらいいか……」
「そんなことは、今考えなくてもいいことじゃろう」
「いいや。婆さんが死んだ理由を、村人みんなにきちんと話してやらなければならないんじゃないか? それに……」
「フウ!」
グラスネイクが派手な溜め息をついた。
オルカバが、にっと笑う。
「だろ? ところでファインコルト、伏流水は教会と井戸との間で、どうなっているんだ?」
オルカバの手の平を転がる小石を見つめていたファインコルトも、小さく溜め息をついた。
「教えてやろう。牧師さん、いいか?」
と、スチムに同意を求めた。
牧師は、どうぞ、というように手を広げてみせる。
「水霊の井戸の水量を覚えているだろ。湧き出るというより、ゴウゴウと渦巻くくらいの量だった。そしてここ数年の間に、その水が徐々に涸れた。水が引いた後には、横穴があいていたんだよ。井戸の底に横っ腹にふたつ、小さな人ならかろうじて通れるくらいの穴が。水はその穴から井戸に流れ込み、そして流れ出していたんだ」
「うーむ、横穴が……」
グラスネイクが唸った。
ファインコルトは、ゆっくりと話していく。
「つまり、伏流水のど真ん中に井戸を掘ってあったわけだ。俺は最近になってそれを発見した。教会の地下室の石が、井戸から、橋のために運ばれてから。すまんな、スチム。それをあんたには言いにくくてな」
スチムがにこりと笑う。
「ファインコルト、それで、その横穴のひとつが、教会の下につながっているんだな?」
と、オルカバが石を両手でひとつずつ持って握りしめる。
「きっとそうだろう。伏流水は、教会と井戸の間の地下のどこかでその流れる向きを変えたが、残されたその横穴を通っていったら、今も伏流水が流れているところまで行けるんだろう」
「つまりはこういうことだよな。婆さんは、それを知っていた。なにしろ水霊の巫女だから。婆さんは泉でロープを流してから井戸に行き、横穴に入る。穴の中のどこかで伏流水に流されてきたロープを持って横穴を戻り、井戸から出る。そうすれば一応、形の上では昔のやり方通りになる。ロープは井戸のところで何かに結びつけておく。そうしないと、流れの強い伏流水でいつかは別のところに持っていかれるかもしれないから」
オルカバが言葉を切り、ファインコルトを見つめた。
「な、あんた、隠していることがあるんじゃないか?」
グラスネイクはことの成り行きに驚いていた。スチムも驚いたようにオルカバを見つめている。
ロンの肩を抱き、すっと視線をそらしたファインコルトに、オルカバが問いかけた。
「コティ姫がいなくなった日の朝、ちょうど同じ時刻、ファインコルト、ここに来ていたんじゃないか?」
「……」
ロンが驚いたように父親の顔を見上げる。
「横穴に気がついたというのは、そのときのことじゃないか? あのとき、やけに急いでいたそうじゃないか。あっ、礼を言うのを忘れていた。マリーの傷の手当てをありがとう」
「やれやれ」
ファインコルトはゆっくり立ち上がり、ロンの頭を撫でると、
「さあ、井戸まで行こうか」
と、にやりとした。
「おまえ達、どういうことなんじゃ?」
グラスネイクがファインコルトとオルカバをかわるがわるに見たが、ファインコルトはもう歩き始めていた。
オルカバは小石を鳴らすのを止め、ひとつを足元に落とし、ひとつはポケットに入れた。
「行こう。伯爵様も、さぞやお喜びになるだろうよ」