(93)涙(なみだ)
いつやらの短編集でも書いたと思う涙を、甘さ辛さの見方で書いてみたいと思う。
ぅぅぅ…と、思わず涙する・・などと言う。この涙にも甘い涙、辛い涙があるようだ。嬉しいときに感極まって流す涙は、実に甘いことだろう。知己の人を失って流す悲しみの涙は辛いに違いない。試合に敗れた痛恨の涙も辛いだろう。そういや、今年はコロナウイルスの影響で高校球児達のピュアな涙を見られないのは残念だが、オリンピックも含め、先々に希望を持ちたいものだ。そんなことを言ってないで、早く西瓜を切ってよ! と言われれば、それもそうなので、この辺りにしておきたい。^^
とある街路である。一人のどこにでもいるような通行人が号泣しながら歩いている。年の頃は還暦近い中年男である。
「ど、どうかされましたかっ!?」
対向から歩いてきた、これもどこにでもいるような中年男が傍に駆け寄って訊ねた。
「い、いや、なんでもないんです…」
「なんでもないって、泣かれてるじゃありませんかっ!」
「い、いえ、ほんとに…」
「そんなこと言われても、気になるじゃありませんかっ!」
「気にしないで下さいっ! ほ、ほんとに…。ぅぅぅ…」
訊ねた中年男は、よほどのことがあったんだな…と瞬間、思った。
「気にしないでって、気になりますよっ!」
「訊いてくれますっ!?」
「ええええ、訊きますともっ!?」
「実は…。ぅぅぅ…」
「ど、どうされましたっ!?」
「私、足の裏が痛いんですっ! 皮が破れまして…。痛いの、からっきしなんですっ!?」
「…」
訊ねた中年男は、靴擦れかいっ! 訊くんじゃなかった…と後悔した。後悔はしたが、後の祭りである。
「そうでしたか…」
ははは…と笑う訳にもいかず、中年男は思わず顔を引き締めた。
涙にも甘い辛いに関係がない痛い涙もあるのである。^^
完