第4話
nature 4 夏の日、休日のヴィジョン
「ううーむ、暑い! いやむしろ熱いぞ!」
日課の土いじりを終えた後の、部室。
夏の日の暑さにやられたカオル先輩が、悪態を吐いている。
「なんでこんなに暑いんだ夏というものは! おい渚。お前ちょっと行って太陽消してきてくれ」
「無理ですよそんなの! 何が『ちょっと行って』ですか。そんなコンビニに買い物にでも行くかのように言わないでください」
「・・・これは人類の命運をかけた大事な任務だ。お前一人に重荷を背負わせることになってしまい本当に心苦しいのだが・・・太陽消してきてくれ」
「壮大に言われても無理なもんは無理ですよ」
「なんだまったく、お前が言い方を変えろというから変えてやったのに」
「誰も言い方変えろだなんて言ってませんって」
ミーンミーン・・・。
季節は真夏。外からは、絶え間なくセミの鳴き声が聞こえる。
「ねえカオル。今年の夏はどうする?」
「む? そうか、そうだな。そろそろ決めねば間に合わんか」
「そうだよー。もう夏休みはすぐそこまで来てるからねー」
「?」
さくっと会話を繋げる先輩方と、会話について行けない一年生二人。
「夏休みに何かあるんですか?」
「ん? ああ、部活動の一環でね。夏休みを利用して山奥でキャンプとか、そういったことをしてるのよ。それで、今年の計画を立てなきゃと思って」
「ああ、なるほど」
「おっ、良いじゃん良いじゃん。オレそーゆーの好きだぜ」
アウトドア派な祐介が、意気揚々と会話に加わる。
俺だってどちらかというとアウトドア派だが、しょせん『どちらかというと』なわけで、祐介ほどノリノリってわけでもない。
「何か候補地とかあるんですか?」
そんなことを思いつつも、結局俺は内心ワクワクなのだった。
率先して、話を先に進める。
「んー、さしあたって去年は登山だったけど」
「あー、そういえばそうだったねー。うんうん、去年は大変だったなあ」
「何かあったのか?」
「最初はある程度登ったらキャンプして一泊して帰って来ようって話だったんだけど、途中から雨が降ってきちゃって」
「ふむふむ」
「その雨がなかなか止まなかった上に、雨を避けようと思ってテントを作った場所が地すべり起こしちゃって」
「ええ!?」
「うむ。あの時は中々貴重な体験をしたな。テントで天然ウォータースライダーなど、そうそう体験できるものではない」
「い、いやいやいや。そんな軽い話じゃないでしょう、それ。だ、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫じゃなければ、俺たちは今頃ここにはおらんな」
「それはそうでしょうけど」
「まあ、地滑りって言ってもニュースでやってるような、家が飲み込まれちゃうような大規模なやつじゃなかったからね。たしかに、気分的にはウォータースライダーみたいなものだったわよ?」
幸い誰も怪我しなかったしね、と。真紀先輩が笑いながら言う。
それにしたって、山でテントごと滑るなんて、ちょっと木にぶつかっただけでも大惨事だろうに。
「おー、それめっちゃ楽しそうじゃん。じゃあ今年も山行こうぜ山。もちろん天気予報で雨の日に」
「却下却下! そんな危ないことしたくないって」
「何も狙って雨の日に行くことはないでしょ。ちゃんとお天気の良い日に行けば、山は良いところよ?」
「そだねー。優雅な大自然を満喫して、身も心もリフレッシュ!・・・って感じだよね~」
「おいおい、まだ山に行くと決まったわけではないだろう。浮かれるには早くないか?」
「海も良いよねー、海。照りつける太陽、透き通った青空、それを映したかのような大海原!」
こういうときに想像する海って、確かにそんな感じだけど。
この近場の海に限定すると、そこまで絵に描いたような海は存在しない気がする。基本、汚れてるし。
「渚くんに祐介くんは、場所の希望とかある? あと予算とかも」
「予算って? タダで行けるわけじゃないん?」
「んー、一応部活動だし、活動費から賄える分は賄うけど、この人数全員分ってなると足らなくてね。多少は自腹を切ってもらうことになっちゃうのよね」
「ふーん。まあ、オレはバイトで稼いでる金があるから、よほど高くないなら大丈夫だぜ」
「俺もバイトで稼いだお金の範囲内なら。1万か、2万前後くらいなら大丈夫ですよ」
「そんなには高くないよ。高くても1万円前後くらい」
「そんなら全然平気だぜ。ちゃっちゃっと決めちゃってくれよ」
ついこの前、国語の授業で肯定文に『全然』を使うのは間違いだと習ってたので、俺は今の祐介の言葉遣いに違和感を感じてしまった。
我ながら、単純だと思う。祐介の言葉遣いが乱れてるのなんて今に始まった話でもないし、そもそも、その国語の授業を受ける前は自分だって同じ言葉遣いをしてたのに。
「ふむ。じゃあお言葉に甘えてパパッと決めちゃいましょうかね。はい、じゃあ、多数決」
パチンと手を叩いて鳴らして、真紀先輩が明朗快活な声で、場の流れを掌握する。
「山!」
香奈先輩と祐介が手を上げる。
「海!」
俺と真紀先輩が手を上げる。
「んー、ちょうど半々・・・か。採決の行方はカオルに委ねられたわね」
みんなが、一斉にカオル先輩に注目する。
「で、カオルはどっち? 悩んでんの?」
「いや、すでに決まっている。山海だ!」
「やまうみ?」
その場にいた全員、正確に言うとカオル先輩を除いた全員が、素っ頓狂な声を上げる。
「どちらに行きたいかなどという問いが、そもそもナンセンスだ! どちらかを選びどちらかを放棄しなければいけないくらいなら、どちらも選べば良い!」
カオル先輩の十八番、極論が炸裂した。
「と、いうわけだ。今年の夏は山も海もある場所へ行くぞ」
「お~、さっすがぶちょー、思いもよらぬ折衷案だねー」
「折衷案っつーか、ただの力技じゃねえか」
「予算大丈夫かなあ・・・」
「近場で山も海もなんて場所ありましたっけ?」
カオル先輩の暴論&一度言ったら頑として譲らない性格に慣れっこな俺たちは、誰一人として取り乱すことなく、自然な流れでもって、カオル先輩の案に乗る。そして、サクサク計画を決めていく。
まだ先輩たちとは知り合ってから3ヶ月くらいしか経ってないのに、なんだかもうスッカリ馴染んでる。
や、別に悪いことじゃないから、いいんだけども。
そんな話し合いが行われた日から数えて3日後の、日曜日。
俺は、旅行(カオル先輩いわく、合宿)に向けての買い出しをするために、地元から電車で5駅ほどの距離にある駅にやって来た。
都庁も近い、東京の他の街に比べても、十二分に栄えてるといえる街。
俺が降りた駅は、その街の、ほぼ中心にある。
ここの駅前と大通り沿いの店で、揃わないものは無いと言っても良い。なので、俺は買い出しの場所として、この街を選んだわけだ。
「さて、と」
とりあえず今日は、3日前の話し合いで必須の持ち物とされた寝袋の購入がメインだ。
どうやら、旅費を安価に済ませるために、野宿は確定らしい。なので、寝袋の他にも必要と思われるものをいくつか買い込んでおこうと思う。
さしあたって、虫除けスプレーはあったほうが良さそうだ。
「うーっわ、あっつー」
ミーンミンミンミンミ~ン・・・・・・
駅から外に出た途端、急激に襲ってくる、夏の陽射しと蝉の鳴き声。
容赦のない夏の陽射しと、絶え間ない蝉の合唱が、否応なしに夏を感じさせる。
俺は手で顔に日陰を作りつつ、とりあえず駅前の大型百貨店に避難した。
「・・・。ここはここで・・・」
なんつーか、寒い。
いくら外があんなに馬鹿暑いからって、それに対抗してこんなに店内を冷やさなくても良いんじゃなかろうか。
もはや、この場所は冬だ。先ほどまでの直射日光と蝉時雨が恋しい。
さっさと買い物を済ませて帰ろう。下手に長居したら風邪を引きかねない。
「あ」
「おー」
アウトドア用品のコーナーに行く途中で、祐介と香奈先輩に出会った。
「あー、渚くんだー。やっほー♪」
相変わらずの元気満面ぶりで、勢いよく手を上げてこっちに声をかけてくる香奈先輩。
「渚くんも合宿の買い物かにゃー?」
「ええ、そんなところです。二人も?」
「まあな。オレが持ってるアウトドアグッズ、もう古くてガタガタでよ。良い機会だし新しいの買おうと思ってな」
「渚くんは、もう買い物終わったの?」
「いや、まだ来たところで。これからアウトドアコーナーに行くところです」
「ありゃー。じゃあすれ違いになっちゃうねー」
「もう買い物済ませたんだ?」
買い物袋を抱えた祐介に、判りきった質問をする。
「見てわかんねーか?」
両手に抱えた買い物袋をこっちに向けて、呆れたような笑顔で俺の言葉に答える祐介。
「残念だけど超能力者じゃないから。シースルーでもない袋の中身は見ただけじゃ判らないよ」
「なるほどね」
「あはは、面白い言い回しだね」
さて、重そうな荷物を持ってる祐介をこれ以上立ち止まらせるのもなんだし。
そろそろ会話を切り上げるとしよう。
「じゃあ、俺アウトドアコーナー行くから」
「おう。また学校でな」
「またねー」
別れの挨拶をする二人に、片手を上げて応え、俺はアウトドア製品を扱うフロアに向かった。
「あ」
「む?」
「こんにちは、渚くん。合宿の買い出し?」
アウトドアコーナーで、カオル先輩と真紀先輩に遭遇。
なんだか、やけに部活のメンツと会うなあ。
みんなこの街の周辺に住んでるから、買い出しに来て会う確立はそりゃ高いわけだけど。それにしたって、ここまでピンポイントに出会うとは。
「はい。ちゃんとしたアウトドアグッズって持ってないんで。良い機会だし揃えようと思って」
「そうか。まあ揃えるというなら止めはせんが、テントは俺の大型のやつがあるからな。別に今回のために買う必要はないぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、さしあたってシュラフと虫除けがあればそれで十分だ」
「じゃあ、そうします。無駄に出費できるほど財布に余裕ないんで」
バイトをしてる身とはいえ、しょせん学生アルバイト。給料なんてたかが知れてる。
「シュラフなら2個くらい余りがあるからな。なんなら貸してやらんこともないが?」
「あー、まあ、それくらいは買いますよ。別に金欠って訳でもないんで」
普段お金を使う用事なんてないし、趣味に金をかけてるわけでもないので、給料自体はほぼ全額手元にある。
ただ、そのそもそもの絶対量が少ないから、大きな出費が痛手になるだけだ。
2~3千円の安物のシュラフくらいなら、余裕で買える。
「渚くん。この後何か用事あるの?」
「いえ? 今日は買い出しに来ただけなんで、シュラフと虫除け買ったら帰るつもりですけど?」
「じゃあ一緒に遊び行かない? その辺でお茶してもいいし」
「ああ、俺たちの買い物ももう済んだしな。どうだ?」
「あー」
返事を濁らせる俺。
確かにヒマだし断る理由はないんだけど。
先輩たちがせっかく仲良く二人でいるところを邪魔するのも悪い気がする。
「せっかくですけど、やめときます。お二人の邪魔になっても悪いですし」
「別にそんなこと気にしないで良いのに。邪魔だなんて、そんなことないんだから」
「そうだぞ。俺と真紀は渚一人加わったところで邪魔になるほど浅い関係ではないからな」
「や、カオル。その言い方もどうなの?」
うーん。やっぱりカオル先輩と真紀先輩はそういう関係だったのか。
やっぱりといった感じで、別段驚くようなことでもないけど、こうはっきり判ってしまうと、さすがに二人に対する見方が少し変わってしまう気がする。
「まあ、俺たちが気にしなくても渚が気を使ってしまっては結局同じことだからな。ここはおとなしく二人で遊びに行くとするか、真紀」
「そうね。じゃあ、ごめんね、渚くん」
「いえ、断ったのはこっちですし。気にしないでください」
その場を立ち去る二人に手を振りつつ、俺は応えた。
・・・。
俺も、休日に一緒に街に出て遊ぶような彼女が欲しいな。
そんなことを、少しだけ思った。
その後、二人と別れた俺は、買い物を済ませて百貨店を出た。
ミーンミンミンミンミ~ン・・・・・・
駅から出たときと同じ、夏の陽射しと蝉の鳴き声が俺を迎える。
手をかざして陽射しを遮りつつ、空を見上げる。
どこまでも青く澄んだ夏の空。太陽の光を遮らない白く薄い雲が、平和そうに浮かんでる。
気がつけば、夏休みはもう目の前。
後に、俺の人生にとって前代未聞だったとまで称される夏休みの、幕が開こうとしていた。




