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十二支改め、一支物語

掲載日:2021/01/19

数千年後、この物語は干支の起源を記した貴重な古典文学として教科書に載るでしょう。

 むか~し昔、神様は世界中の動物たちにお触れを出しました。

『元日の朝、儂の下へ挨拶に来るように。十二番目までに来たものを順に一年ずつ動物の大将にしてやろう』

 牛は二番でした。本当は一番だったんです。大晦日の夜、誰もが寝静まる頃に家を出て、夜通し歩きっぱなしだったんです。そんな苦労があって誰より早く神様のお社に着いたのに、ずる賢い鼠に利用されて二番目になっちゃったんです。こんなこと許されるはずがない。それなのに私のご先祖様ったら、顔色一つ変えずにっこり笑顔で許すんですよ。本当にあり得ません。

 牛はゆったり穏やかな性格だと言われますが、それは違うと断言します。ゆったり穏やかお花畑なのは、鼠に騙された間抜けなご先祖様ただ一人。一族の誰一人として、二番であることを許した人はいませんでした。お陰で私たちの血筋は一族から爪弾きにされ、未だに本家からいびられる日々。

 そんな苦しみが続くこと数千年。ついに、ついにこの生活に終止符が打たれる時が来たのです。

『同じ順番もそろそろ飽きたので、十二支を選びなおそうと思う。元日の朝、儂の下へ挨拶に来るように』

 神様からのお触れです。私は涙を堪えきれません。とうとう、長きに渡る憎しみを晴らす時が来たのですから。

 全てはこの日の為。作戦も準備も完璧に済んでいます。今回こそは、必ず牛が一番になってみせます。

 大晦日の夜、他の動物は皆床に就き、いびきをかき始めることでしょう。一方私は戸を開き、雪の世界へ足を降ろします。寒さに身を震えさせていると、背後から声を掛けられました。

「牛さんや、こんな夜更けにどこへ行くんだい?」

 振り返ると、足元に鼠が一匹。思わず口許がニンマリとしてしまいます。

「神様のお社ですよ。私は足が遅いので、もう出発しようかと」

「そうかい、寒いがまぁ、頑張れよ。おいらは日が出てから出発すっかな」

 そうして鼠はどこかへ行き、私は歩き出します。

 足が遅いから誰よりも早く出発する。その考え自体がそもそも間違いなのです。これは競争。血も涙もない勝負の世界。生き残るには誰よりも抜きんでるのではなく、邪魔者を蹴落とすのが正解なのです。それを今日、証明してみせましょう。

 蹴落とすのは勿論、今私の背中にいる鼠……だけではありません。虎も兎も龍も、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪。全員神様の下へは辿り着かせません。決して。


 ***


「大変です! 虎さん! 起きてください!」

「うおお!? なんだなんだ!?」

 突然大声で怒鳴られた瞬間、家に飛び込んで来たのは牛だった。

 驚きすぎてあくびも出ねぇ。こんな夜中に起こしやがってどうしてくれる、と一発どついてやりたかったが、血相を変えた牛の様子を見てそうも言っていられなかった。

「羊さんが大変なんです! 助けてあげてください! 足の速いあなたしか間に合わない!」

「た、大変ってなんだよ。詳しく聞かせろ」

「説明している暇はありません! 行ってください! さぁ早く!」

 牛に背中を押され急かされるまま、俺は考えなしに飛び出した。

 羊が大変だってことらしいが、こんな夜中、しかも大晦日にどうしたってんだ。にしても、あの牛の慌て様、事態は相当まずいのかもしれねぇ。

 俺の足なら一刻と経たずに羊の家に着いた。明かりはついてない。家の戸を叩いても返事はなく、鍵も掛けられていなかった。

「おい羊、入るぞ」

 返事はない。暗闇の中、俺は無意識に足音を忍ばせる。

「羊、どこだ。お前が大変だって牛から聞いたんだが」

 闇夜をひたすら忍び足で進む。変わらず返事はない。おかしい。何かが変だ。毛の一本いっぽんでそう感じ始めたとき、柔らかい何かを踏んだ気がした。

 視線が下を向く。その光景に、俺は絶句した。

「ひ、羊……!」

 そこには無残に毛を刈られ尽くされた羊の姿があった。丸い腹を上にして横たわり、白目を剥いて気絶している。

 一体誰だ! こんな酷いことをした奴は!

 早く他の羊に知らせねば。思い立ち、振り返ったその時。

「お前! ここで何をしている!」

 別の羊がそこにいた。

 良かった。早く状況を伝えて犯人をとっ捕まえてやる。そう思った矢先、羊は途端に悲鳴を上げた。

「なっ!? 虎のやつ! 俺のせがれを丸坊主にしてやがる!」

「酷い! きっとこのまま喰っちまう気なのよ!」

「弟を正月料理にする算段たぁ、お前許さねぇ! 野郎共、かかれ! 弟の仇を取れェ!」

「ま、待て! 何か誤解してるぞお前たち! よせ、来るな! うわあぁぁ」


 ***


 虎、羊、脱落。

 いやぁ~計画通り過ぎて笑ってしまいます。虎と羊の追いかけっこは、三が日の内には終わらないでしょうね。

 それにしても、とっても良い悲鳴でしたよ。思い出しただけで笑っちゃいます。肉食の虎には個人的に恨みもありましたし、本当に清々しい気分です。

 それにしても、こうも簡単に事が運ぶとは思いませんでした。とはいえ、まだ脱落者は二匹だけ。さぁ、次の犠牲者の下へ参りましょう。


 ***


「コケコッコォ~、コケコッコォ~」

「むにゃむにゃ、む~、うるさいなぁ」

 大きなあくびと共に目を開くと、視界に飛び込んできたのはお日様の光、朝焼けの空、そして

「コケコッコォ~! 起きて! 蛇さん!」

 鶏さんが騒がしく朝の訪れを告げていました。

「ふぁぁ~、どしたの鶏さん。そんな騒ぎ立てて。それにどうしてここに? いつからわたしたち隣で寝る仲になったんでしたっけ?」

「寝ぼけたこと言ってる場合じゃありません! 大変大変なんですよ!」

「大変って何がです?」

「あたしたちですよ!」

 コケコケ騒ぐ鶏さんをよそに軽く伸びをします。すると、しっぽの先に違和感を覚えると共に、

「あいだだだッ! 引っ張らないで蛇さん!」

 鶏さんがまたも大声を上げました。朝から迷惑な鳥類だこと、とため息をつきつつ、どうも圧迫感がするしっぽの先へ目を向けます。

 わたしのしっぽは、あろうことか鶏さんのお尻の穴にはまっていました。

 …………。

 ……お尻の穴。

「いぎゃああぁ!! ばっちい! ばっちいですっ! 早く抜いてください!」

「いだだッ! 痛い痛い痛い! 暴れないで蛇さん! あたしのお尻が悲惨なことになりますから!」

 引いても引いても鶏さんが喚くばかり。いよいよ鶏さんのお尻が血を吹きそうというところで、わたしは力なく項垂れました。

「うぐっ、全然抜けない。何かで完全に固められてるみたいです」

「そのようですね。あいたたた……。とにかく、先ずお医者様のところへ行きましょう。こんなことした奴をすぐさま殴り倒してやりたいですが、この状況ではそうはいきません」

 鶏さんの言う通り。この有様では堂々と表を歩けません。

「では早く行きましょう。太陽が昇りきる前に」

「ですが、一つ問題があるのです」

 鶏さんは翼を広げます。それに促されるように周囲を見渡しますと、見覚えのない風景が広がっています。固く黒い地面。聳え立つビルや電柱。そして行き交う人間の陰。

「ここ、下界……?」

 そう理解した瞬間、わたしたちの前に大きな影が差しました。

「うおっ!? なんだこの生き物。鶏と、蛇? が合体してるぞ。新種か!?」

「違う違う、コカトリスだ。中性ヨーロッパの怪物だよ」

「えぇ! 超特大スクープじゃん! 写真写真!」

 人が人を呼び、騒ぎは更に大きくなってわたしたちを覆いました。無数に群がる人影から嵐の如くフラッシュが焚かれます。わたしは堪らず駆けだしました。

「いや! やめてください! こんな姿を写真に撮らないで! SNSにアップしないでくださいぃ!」

「ちょ、蛇さん! いたッ痛いって! お尻抜けちゃうからぁ!」


 ***


 おやおや、下の方から可哀想な悲鳴が聞こえます。えぇえぇ全く可哀想に。これで鶏と蛇も脱落です。

 これに伴って、龍、猿、犬も脱落ですね。龍は親友の蛇がいないことに焦って神様に挨拶どころではありません。きっと草の根を分けて探してるはずです。そして猿と犬、あの二人は年がら年中喧嘩ばかり。仲裁役の鶏がいなければ喧嘩が終わることはありません。さて、残りは数匹だけ。私の勝利まであと少しです。


 ***


 そよ風が長い耳の間をすり抜け、肩をブルブルと震わせる。醒めかけた意識を夢に沈めてもう一度眠ろうとするものの、一つ、また一つと風が吹き抜け、思わず寝床を飛び出した。

「ふわぁぁ、何だよもう、まだ眠いってのに」

 あくびをしつつ東へ目を遣ると、眩しい朝焼けが広がっていた。

 朝焼け、朝、今日は正月。全身の毛が逆立つようだった。

「しまった! 早く神様んとこに挨拶に行かなきゃ! 今度こそ虎には負けないって決めてるんだから!」

 言うが早いか、僕はぴょんぴょんと草原を走り出した。

 普段は寝坊なんてしないのに、どうして今日に限って。必死に草原を蹴りながらふと思う。そう言えば、今朝は鶏の声を聞かなかった。いつもあれを目覚ましにしてるから、それで寝坊したんだ。なるほどと胸の内で手を打つが、それと同時に、どうして鶏が鳴かなかったのかと疑問が残る。

 そんなとき、ふと横目に見かけたのは馬の姿だった。馬は立ち止まり、首を垂れて何かを食べている。見ると、稲の束が大量に転がっており、それを夢中になってむしゃむしゃ食んでいた。

「おい馬。そんなとこで道草食ってる場合じゃないだろ。神様に挨拶に行かなきゃ」

 素通りするのも気が引けるので声を掛けてみる。が、返事はない。口を動かすことに夢中すぎて聞こえていないのか?

「馬! おい馬! はぁ、相変わらずの食いしん坊だなお前は。いくら足が速いからって、このままじゃ挨拶に乗り遅れるぞ!」

 最後の忠告とばかりに声を張り上げる。返事は勿論なし。もういい、馬は放っておこう。それより早く神様んとこ行かなきゃ。

 気が逸り、ぴょんと一跳ね。それと同時にお腹が鳴った。思えば急いで家を飛び出したから朝ごはんを食べてなかった。何かないかと見回したところ、すぐ傍に人参が数本転がっていた。丁度いい、道すがら食べていくことにしよう。

 それにしても、どうして人参が転がってたんだろう。馬が食べてた稲の束もそうだ。誰かが運ぶ最中に落としたんだろうか。そんなことをふわふわ考えていると、どこからか地鳴りが聞こえた気がした。足を止め、耳を澄ましてみる。前、右、左、そして後ろ。振り向いた時、猛スピードでこちらに向かってくる何かが見えた。鼻息荒く、目をギラつかせ、殺意に満ちた巨体。

「お前もか、兎ィ! 俺の喰い物を盗みやがってェッ!」

「ひええぇぇっ!」

 本能が危険を察知し、気付けば走り出していた。必死に大地を蹴る。ぴょんぴょんぴょん。しかし猪との距離は広がらない。

「猪! お前が何に怒ってるか知らないけど、僕は何もしていない! 何かの間違いだ!」

「間違いなものかァッ! お前の持つそれが動かぬ証拠! 俺が丹精込めて育てた甘い人参! 正月料理にするはずが、お前が盗んだんだろォッ!」

「えッ!? いや違う! 拾ったんだそこで! 盗んでなんかない!」

「聞く耳持たんッ! 人参の代わりに貴様を食ってやるッ!」

 じりじり、じりじりと猪との距離が縮まっていく。もうダメなのか? 正月早々猪に殺されるのか? 落ちていた人参を拾ったばかりに。

 猪の鼻息がすぐ後ろまで迫ってきた。もうお終いだ、そう悟った僕は、最後に握りしめた人参を一口齧った。


 ***


 この地鳴りが聞こえるということは、兎、馬、猪も脱落ですね。

 ふふ、うふふふ、あはははっ! 遂にやりました! 忌々しい敵は全て排除してやりましたよ! これで心置きなく挨拶に行ける。勿論一番乗りです。えぇ、念願悲願の一番です。

「神様、明けましておめでとうございます」

 お社に着き頭を垂れます。すると神様は長い顎ひげを撫でながら現れました。

「おや、一番乗りは牛かい。ご苦労ご苦労。それにしても、日が出てしばらく経つが、他の動物が全く来んのぉ。あいつら新年早々寝坊でもしとるんか?」

 いいえ神様。あの人たちは来たくても来れないのです。今頃全員、それはもう大変なことでしょう。しかしそれは仕方のないこと。私はそれ以上の辛い日々をこの数千年間過ごしてきたのですから。

「それにしても鼠も来んとはな。また悪知恵を働かせて、お前から一番乗りを奪うもんかと思っとったがの」

「そういえば鼠さん、見ていないですね。全く、何処で何をしているのやら……ふふ」


 ***


 ん~、あぁ良く寝た。そろそろ牛のやつ、神様んとこに着く頃だろう。牛が挨拶する前に、ちょちょっと一番乗りを掻っ攫うとするか。

 っと、ん? ……体が動かない!? 縄で縛られてる!? しかも目隠しと口枷まで!

 状況が掴めずもがいていると、遠くからしゃがれた声が聞こえてくる。それが猫だと分かった瞬間、背筋がぞくりと震えた。

「にしても意外だなぁ、牛があたしにご馳走をくれるなんて。牛と鼠、仲が悪いようには見えなかったんだがね」

 まずい、逃げなきゃ。必死に体をくねらせるが縄は一向に解けない。その内、静かな足音が近づいてきた。

「おやおや起きたかい、鼠。明けましておめでとう。いや~、今年はいい年になりそうだねぇ。だってそうだろう。とびきり美味い正月料理を食えるんだからな」

 その瞬間、腹に鋭い感覚を覚えた。おいらは成す術なく、ぎゅっと歯を食いしばった。


 ***


 こうして世界は新年を迎えました。その後神様の下へ現れた動物はおらず、牛のみが動物の大将として選ばれたのです。それから向こう五千年間、丑年がずっと続きましたとさ。

 めでたし めでたし

因みに作者は鼠年です。

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