9話
「鮫崎さんって出身中学はどこなの?」
「ごめんなさい個人情報だから言えないわ」
わ、わあ。他人行儀〜…
まあ、他人だけどさ。
「そっ、そっか!えと…どうしてこの高校を目指したの?」
「秘密。でも高校から家まで徒歩2分と18秒よ」
それは、家から近いからって事で良いのだろうか?
「結構近いんだね。案外学校から見えたりして」
「ここからでも見えるわよ」
そう言って鮫崎さんは上の方を指さした。
…こ、高層マンション。
鮫崎さんってお金持ちなのだろうか?
まあ、お金持ちっぽいもんなあ。
「最上階の角部屋よ」
なんだか悔しいので
"いいなあー!"
とは口に出さない。でも…いいなあ。
「通り過ぎてしまったからアナタを家まで送っていくわ」
「ええ!!いやいや大丈夫だよ!一人で帰れるから」
「いいえ、一人で帰れないわ」
「私の家かなり遠いし、ホントに大丈夫だよ!」
「送っていくわ」
「……あ、ありがとう」
なんでお礼を言ったのか自分でも良くわからない。
なんだか物凄く頑なだった。
「イッチニ!イッチニ!」
並んで歩く私たちの横を野球部の人達が走り抜けて行く。
野球部、大変そうだなー。
ふと私はある事を思い出した。
「そう言えば鮫崎さん、部活は?」
「今日は休部する事にしたわ」
…いいのかな、それで。
※
歩くこと10分くらい。
いつも犬丸さんと別れるY字路に着いた。
「鮫崎さん、本当にもう大丈夫だから。送ってくれてありがとうね」
「何をいっているの?この道路がアナタの家なの?」
「……」
やはりダメか。二、三回このやり取りを繰り返したが鮫崎さんはまるで聞こうとしなかった。意地でも私を家まで送り届けてくれるらしい。
「明日からしばらくテストないから少しは気が楽だね」
「…そうね」
頑なに私を送っていくと言っておきながら、返事は素っ気ない。一体何が目的なんだろうか、この人。
でも何故か、見とれてしまうなあ。
案外キレイめな人。そのぐらいのハズなのに、芸能人とは天と地の差なのに、それでも何故か見とれてしまう。
「…?」
鮫崎さんがこっちを見たので私は慌てて目を逸らした。
初恋かっ!
…ダァン!
「わぁ!!」
鮫崎さんは私の行く手を阻むように、手を出した。
ちょっと危険な壁ドン。にしても横はコンクリートの塀なのにすごい音がした。どれだけパワー込めたんだろ…
そして私の前に向かい合って立つ鮫崎さん。
「ど、どうしたの鮫崎さ…」
ドダァァァアンン!!!
私の声は激しい衝突音に遮られた。
耳が痛くなる程の音。それと土煙。
どうやら上から何かが落ちてきたらしかった事だけ理解出来た。
「び、びっくりした!鮫崎さん大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
煙が消え、周りが見えてくる。
……!!
私の4、5歩先に巨大な鉄の塊が落ちていた。
建設とかでたまに見かける巨大な鉄の棒。
も、もしも鮫崎さんが壁ドンをしていなかったら。
ちょうど私は今頃あそこら辺に…
全身に鳥肌が立った。
アスファルトの地面がヒビだらけになるほどの衝撃。
まず無事では済まない。私はその場に座り込んでしまった。
少し遅れて作業員の人が慌てた様子で降りてくる。
「大丈夫ですか!?」
無性に腹が立った。
馬鹿野郎!ペシャンコになってたらどうするんだ!
大丈夫ですか!?って聞くのか!
と言ってやりたかったが、まあ生きていたから…いいか。
でも腹が立ったから無視した。
「怪我はない?立てる?」
鮫崎さんは私に手を差し伸べて言った。
「あ、ありがとう鮫崎さん」
私は鮫崎さんの手を取り立ち上がる。
砂埃がまだ舞っているから視界が悪い。そのせいか少し鮫崎さんはふらついているような気がした。
※
「あ、私の家ここなの。送ってくれて本当ありがとね」
「ええ、無事でよかったわ」
「ホントに、怪我無くて良かったよー」
少し鮫崎さんの顔色が悪い。…無理もないか、目の前であんな事があったんだから、私も顔色悪かったりするのかな。
「じゃ、またね!」
「ええ」
くるりと背を向けた鮫崎さんを見て、私は絶句した。
「…っ!!」
背中は血がべっとりと付いていたからだ。
スカートにまで血が流れていた。
「…あ、さ鮫崎さん!」
私は鮫崎さんの元に駆け寄る。
「背中、物凄い怪我だよ!病院いこ!救急車呼ぶから待ってて!」
「怪我?ああ、これね大丈夫よ。大した怪我じゃないわ」
やはり青ざめた顔で鮫崎さんは言った。
もしかしてずっと我慢していたのだろうか?多分あの時、
鮫崎さんが私と向かい合った時だ。私の盾になってしまったんだ…!
「駄目だよ!凄い血が出てるよ」
「帰って包帯でも巻いておくわ」
「一応病院に見てもらった方が…」
「しつこいわね、大丈夫よ。じゃあ私は帰るから」
突っぱねるように鮫崎さんはそう言った。
大丈夫なわけない。そう思ったけれど遠ざかっていく鮫崎さんに私は何も言えなかった。