三話
無事?にホームルームがおわり、下校時間になると犬丸さんが私の方に走ってきた。
「ねえ猫田さん!部活はどうするの?」
「うーん、帰宅部かな」
小学校から中学までの間テニスをしていたけれど、惰性でやっていただけだしなあ。高校はバイトとかやってみたいし。
「ちょっと一緒に部活巡りでもやってみない?」
「うーん…」
私は肯定とも否定とも取れない返事をした。
それを犬丸さんは肯定ととったらしく、
「やった!じゃあ行こう!」
と私の手を引っ張った。
手を引かれながら私は、きっとこの子はすごくポジティブなんだろうなと思った。
「……」
「やっぱり部活と言えばここだよね」
連れてこられたのはグラウンドだった。
サッカー部。まあ部活といえばサッカー、野球、テニスが三大巨頭かも。とは言えマネージャーって部活なのかどうかと言われれば怪しいところだけれど…
「あのー、すみませーん!」
手を振りながらサッカー部顧問のところに駆け寄る犬丸さん。なんだか私まで恥ずかしい。
「猫田さん!こっちー」
犬丸さんが向こう側から私に下手くそな手招きをした。
なんか手を振っているみたいだ…
「さ、とりあえずリフティングからだって!」
私も駆け寄ると犬丸さんがそう言った。
「え?」
「サッカー部に入るのはいいが、ほとんどがスポーツ推薦だ。言っておくがレベルが高い、先ずはボールタッチを見させてもらう」
と顧問の先生。
え?え?
「犬丸さんマネージャーじゃなくて部員になるの!?」
そう聞くと、こくりと頷いた。
「さ、始めるよ!」
※
「やっぱりサッカーはダメだったね」
サッカーは体育でしかやったことの無い私達にリフティングなんて出来るはずもなく、犬丸さんは3回、私は2回で終わった。
何度か試した挙句、犬丸さんはボールを叩きつけ"こんな部活辞めてやる!"と、さも入部したかのようなセリフを吐き捨てその場を去った。
「やっぱり部活といえばテニス部」
そう言うと、犬丸さんは恐らくただ目に付いただけであろうテニス部の方に向かって駆け出した。
「おや、入部体験希望かい?」
さっきのサッカー部顧問とは対照的に、優しそうなおばあちゃんの顧問だった。
「はい!」
やや食い気味に犬丸さんは答えた。
「テニス部〜!全員集合ぉ!」
おばあちゃん顧問はコートで練習をしていた部員たちに向かって声を上げた。
集まった部員を見ると、何だか筋肉質な人が多い。
両腕はよく日焼けして血管が浮かんでいるし、短パンからのぞく足はなんかもう…丸太みたいだった。
ヤバいこれ、ガチなやつだ。
フニフニのボールじゃなくてカチカチのボールでやる方のテニスだ。
チラリと犬丸さんの手足を見る。
華奢な体躯に小枝のような手足。
雪みたいに白い肌。
「よっし!やるよ猫田さん!」
当の本人は気にする様子も見せずラケットを手に取り意気揚々とコートへ歩き出した。
「目指すは完封試合だよ!猫田さん」
私もラケットを持ち渋々犬丸さんに続いた。
※
「もうテニスはいいや」
一応練習試合は宣言通り完封試合だった。
いや、正確には完敗試合。
それにしてもサーブだけで試合が終わるだなんて…
あんなボール痛そうで触りたくも無い。まあそう思う時点で私はテニス部に向いてはいないのだろうな。
「いてててて」
犬丸さんは数カ所のアザをさすっていた。
私と違い犬丸さんは全力でボールに向かっていった。
ボールは腕や太ももにヒットすれど、ただの1度たりともラケットに当たることは無かった。
「犬丸さんは凄いね」
本心だった。まあ半分は嫌味だけれど。
「あの部長ムカつく〜"私のサーブは後2回も進化を残している。この意味がわかるな?"だってさ!どこの悪役だっつーの!」
あと2回…
チラリと犬丸さんのアザを見る。
骨折とかじゃ済まないんだろうな…
アニメみたくボールが炎を纏ったり後ろに化身が現れたりするのだろうか?
んなわけあるか、と自分で突っ込んでおく。
つっこまれないボケは悲しい。
「うーん、最有力候補がダメかあ」
犬丸さんはペンでキュキュっとバツを2つノートに書き込んだ。闇雲に目に付いた部活に駆け込んでいると思っていたのだが彼女なりの優先順位があったのか…
「今日中にあと1個くらい」
えー、もう帰ろうよ〜と私の心を代弁してチャイムが鳴った。
キーンコーンカーンコーン。
「あー、また今度だね」
明日だね、とは言わなかった。本心を言えばその今度は永遠に来て欲しくない。犬丸さんと私は校門へと足を向けた。
「そう言えばあの人、今日一番に登校してた黒髪の人は何部に入るんだろうね」
「鮫崎さんのこと?」
「そう!鮫崎さん!なんだか文化系っぽいねー、美術部とか」
「ありそうー」
何となく似合いそうだ。物凄いセンスとか持ち合わせてそう…
「残念不正解よ」
すぐ後ろから声がした。
口から心臓が飛び出るかと思った。
「し、しゃめ崎さん?いつからいたの?」
犬丸さんは焦ると噛む癖があるらしい。
「"そう言えばあの人、今日一番に登校してた黒髪の人は何部に入るんだろうね"って会話から盗聴していたわ」
盗聴って…
「私の部活はコンスタント部よ」
鮫崎さんは澄ました顔で答えた。