鮫崎さん?
「ねえ、どれが本物なの?」
何も見えない暗闇で女性の声だけが聞こえた。
綺麗な声だけれど、どこか機械的で抑揚のないショッピングセンターを思い出す無機質な声だった。
「友達といる時、一人でいる時、家族といる時、恋人といる時、生まれた時から死ぬ時まで」
不意に辺りが照らされた。
一瞬目が眩む。
「……は?」
見渡す限り一面、自分だった。
そして目の前に立つ無機質な声の主も…自分だった。
ショーウィンドウに自分が、まるで商品のように陳列されていた。
「まさか…自分は自分だなんて、馬鹿みたいな事言わないよね?」
目の前の自分はにい、と笑う。
「……は?」
よく考えてみたが意味がわからなかった。結果同じことを言ってしまう。
「ん?」
女性(と言っても自分だが)が首を傾げる。
「まあ、いいや。その内思い出すよ。もしかしたら混乱してるのかも知れないね。ジュース奢るからあっちに行こうか」
ちょいちょいと手招きされ、私はついて行くことにした。
悪意はない…と思いたい。
「ほい、オレンジジュース。確か好物だよね?」
別にそうでも無いが、ありがとうと言って受け取る事にした。
それにしても…私って化粧すれば案外綺麗なんだなあ。
今、自分が一体何歳なのか分からない。手が綺麗だから10代後半から20代前半ってとこかな。
目の前の自分は30歳くらいな気がするから一応敬語とか使った方がいいのかな?いやでも自分だからいいのか…
カチッ
目の前の自分がタバコに火をつけた。
私は歳をとるとタバコなんて吸うのか…
ヤダな、色んな意味で煙たがられるし。
「人と違うってのは、それだけで罪みたいなものだよね」
煙を吐きながらそんなことを言った。
「…」
そんな事は…無い。
そんなことは無いと思う。人と違うというのは個性だ。
個性は重宝されて然るべきだ。罪になんてなるはずが無い。
「よく出来ていると思わない?方向性がバラバラにならないように皆と違うやつは排斥される。多数決なんて人類最大の発明よね」
答えのない問題に対して、あまりにも完全な人類の回答。
多数決。
「それじゃあ、偏った人間しか居なくなるじゃない」
そういった自分の声が微かに震えているのを感じた。
全員が前ならえをした社会になってしまう。
そんな事は認めなくなかった。自分もその1人だと思いたく無かった。
「ふふふ、分かってる癖にぃ」
意地悪そうに笑う。
本当に意地が悪そうに、
にぃっと目の前の自分は笑った。
さっきの映像が脳裏に浮かぶ。虚空を見つめ、全員気をつけの姿勢で並んでいる自分、自分、自分自分自分…
恐怖とともに湧いてきた感情は怒りだった。
ふつふつと煮えたぎるマグマのように怒りが恐怖を飲み込む。
ああ、その薄気味悪い笑みを思い切り力任せにぶん殴ってやったらさぞかし胸もすくのだろうな…
お前も人と違う事を恐れ、前ならえをしているのだと言わんばかりのその表情を……
私は……違う!
「私は…!私だぁ!!!」
一歩、私は踏み出して
大きく振りかぶった右手で力任せに、思い切り、
ぶん殴ってやった。
ざまぁみろ!
※
春。
入学式での事。
私は恐らく生まれて初めて、目を奪われた。
どの女優と比べても美しい…訳でもなく、
私ですら色を覚えるほどの美貌…という訳でもなく、
割と色白、割とツヤツヤ、割と可愛いつり目の女の子に
…私は見とれてしまった。
体育館に向かう廊下で私はそのまま立ち尽くしてしまったのだ。
「猫田さん、どうしたの?大丈夫?」
「ああ、ごめんね大丈夫」
一応そう答えたものの、あの人の事が頭から離れなくなってしまった。ついさっき出会ったこんな犬丸とか言うやつなんてどうでも良くなるほどに焼き付いてしまった。
入学式でさっきの子をそれとなく探してみたけれど、見つからない。
もしかして上の学年の人だろうか?
いや、今日は上級生は休みのハズだ。
「…以上で入学式を終了します。新入生の皆さんは体育館前の掲示板にてクラスを確認し教室で待機して下さい」
長々とした入学式が終わり、私は再び犬丸さんと合流し体育館前に張り出されたクラス用紙を見に行った。
「わ!猫田さん同じクラスだね!嬉しい!よろしく!」
「そうだね、よろしくね」
言ってしまえば初対面なのに物凄くボディタッチの激しい犬丸さんと私は教室へと向かう。ベタベタされるのはあまり好きじゃないけれど、ひとまず我慢。
「えーっと三組三組…ここだ!一番乗りー!」
犬丸さんに手を引かれ教室に入った私は思わず声を漏らした。
「…あ」
さっきのあの人だった。
教室にはまだ私と犬丸さんとさっきの長髪の子しかいない。
せっかくのクラスメイトなのだから声をかけて見ようかな…?なんて悩んでいると犬丸さんは私の手を引き
「ありゃ?一番乗りじゃなかったかー」
と言って長髪の子の前に立ちこう付け加えた。
「や!一番乗りさん!私は犬丸瑠々(いぬまる るる)。この子は猫田真希。よろしくね」
こくり、と長髪の子は頷いたのみでこちらを見つめている。
「…や、自己紹介とかしてもりゃえると助かるんだけど」
流石の犬丸さんも焦ったらしく噛んだ。
「鮫崎 咲希好きな本のジャンルはコメディ、好きなカレーのルーはアーモンドカレー。」
「……」
「……」
なんと言うか、超絶独特な自己紹介だった。
そうこうしている間に生徒がゾロゾロと教室に集まり、担任の先生らしき人が黒板の前に立つ、
「それじゃ皆さん、一旦着席しましょうか!」
そう言うと他の席で話していた生徒も自分の席に座り始める。犬丸さんも自分の席に向かった。
「あの、鮫崎さん」
意を決して私は話しかける。
さっきからずっと私を見つめているその瞳を見つめ返し、私は言った。
「そこ、私の席なんだ」