ミーちゃん
霜月透子様主催のひだまり童話館に参加しています。
『ぺたぺた……ぺたぺた』
そっと出窓に近づく。お気に入りのうさぎのスリッパをはいて歩くと、ぺたぺたと音がする。
「にゃあ〜」
「ミーちゃん!」
出窓ですやすや寝ているミーちゃんを抱っこしようと思っていたのに、うさぎのスリッパの音で目が覚めちゃった。
まだ私はミーちゃんは抱っこしたことがない。お母さんやお父さんは抱っこしているのに、ずるい!
ぴゅんと飛び上がったミーちゃんは、カーテンレールの上から私を見下ろしている。金色の目がきれいで、うっとりしちゃう。
「ミーちゃん、降りておいで」
猫じゃらしを振り振りしてもミーちゃんは知らんぷりだ。私のことを無視して、顔を洗っている。三毛猫のミーちゃんが顔を洗っていると、まるで招き猫みたいだ。
「明日は、うさぎのスリッパをはかないでミーちゃんを抱っこしよう」
私はそう決めた。大好きなうさぎのスリッパだけど、ミーちゃんを抱く方が大事だ。だって、ミーちゃんは私の誕生日プレゼントなのに、一度も抱っこできないだなんて変だと思う。
私は前からずっと猫が飼いたいとお母さんとお父さんにねだっていた。
「世話もするから、お願い! 誕生日プレゼントもいらないから」
「なら、先ずは自分のことは自分でできるようにならないと駄目ね」
お母さんは結構厳しい。それから私は目覚ましをかけて自分で起き、忘れ物をしない様に気をつけ、宿題だってちゃんとした。もう小学校高学年なんだし、来年には中学生になるんだから、ちゃんとできるんだよ。一人っ子だから甘えてるだなんて言わせないもん。
「ちゃんと自分のことはしてるでしょ。猫飼っても良いでしょ!」
お父さんとお母さんは、やれやれと目を合わせた。これは、きっと二人で何回も話し合ったんだ。私の習い事を決める時もいつも同じだった。
「ちゃんと世話をするんだよ」お父さんのOK がでた。うちでは、お母さんとお父さんが同意しないといないのがルールなんだ。
「やったぁ!」
やっとの思いでミーちゃんを保護施設から手に入れたのだ。その保護施設には子猫もいたけど、私はミーちゃんを見た瞬間に「この子だ!」と思った。一目惚れだ。
「子猫の方が良いんじゃない?」
ミーちゃんは、もう子猫ではなかった。まだ大人ではないけど、ふわふわの子猫とは違ってすらっとしている中猫さんだ。子猫は可愛いけど、ミーちゃんが良い!
お母さんはなつくか心配したけど、ミーちゃんはお父さんとお母さんの膝の上で寝たりする。なのに、こんなに好きな私が近くだけで、パッと逃げてしまう。
次の日、私はうさぎのスリッパをぬいで、出窓で寝ているミーちゃんに近く。
そっと抱き上げたけど、ミーちゃんはぴょんと飛び降りて逃げてしまった。
「ミーちゃん……」
私のこと、ミーちゃんは嫌いなのかなぁ?
朝ごはんをあげている時は近くにいてもミーちゃんは逃げない。でも、食事中は触っちゃダメなんだ。『猫の飼い方』って本に書いてあった。
私はもう一度『猫の飼い方』を読み直した。前に読んだ時は、猫を飼うのに必要な物をチェックするのに必死だったのだ。
「猫がなつかない……」パラパラとめくっているとドキッとするページがあった。
「猫は孤独を愛する動物です……って、抱っことかしちゃいけないの?」
でも、ミーちゃんはお母さんやお父さんの膝の上で寝たりしている。私だけ駄目なんだ。
それに、そろそろ一週間だ。ミーちゃんを貰った保護猫センターから調査の人が来る。
「猫が家で暮らせるかどうかチェックするとか言っていたけど……私になついてないとわかったら、ミーちゃんは保護施設に戻されちゃうのかな? いやだあ!」
一瞬、ミーちゃんを連れて逃げる! って計画が浮かんだ。でも、それは駄目なんだ。外国のテレビドラマなんかで、離婚した父親が子供を連れて逃げて捕まったりしているのをお母さんと見て『馬鹿だなぁ』と思っていたもん。そんなことをしたら保護施設の人にミーちゃんの飼い主として認められない。
「ミーちゃん……」
保護施設の人が来た時に、私の膝の上で寝ていてくれたら、きっとちゃんと世話をしているからなついていると認めてもらえる。
でも、やっぱりミーちゃんは私が無理矢理捕まえて膝の上に置いても一瞬で逃げてしまう。
「お母さん、ミーちゃんがなついてくれない。保護施設に帰されちゃうの?」
私はもうすぐ中学生なんだから泣いたりしない。でも、ミーちゃんがいなくなるかもしれないと思うと涙があふれてくる。
「そんなことはないわよ」とお母さんは慰めてくれたけど、その晩はなかなか眠れなかった。
「みゅー」
夜中に私の部屋のドアが突然開いて、ミーちゃんがやってきた。
「ミーちゃん! ドアを開けられるんだね!」
びっくりしている私をスルーして、ミーちゃんはベッドの上にすとんと飛び乗った。
「ミーちゃん……一緒に寝よう」
明日の保護施設の人がミーちゃんを連れて帰ったら、一緒に過ごせるのは今晩だけなのだ。
「ミーちゃん、おやすみ」
猫と寝るのは初めてだった。ミーちゃんは小さいけど、ベッドの真ん中で寝る。そして、私をぐいぐいベッドの端にと押しやる。
保護施設の人が来た時、私は昨夜の夜更かしとミーちゃんと初めて一緒に寝て、寝不足だった。ぼんやりと、リビングのソファーに座っている私の膝の上にはミーちゃんが眠っている。きっとミーちゃんも初めて私と一緒に寝て、寝不足なんだろ。
お母さんとお父さんが保護施設の人と笑いながら話しているけど、私は少しうとうとしていた。
「じゃあ、ミーちゃん。幸せになってね」
保護施設の人が立ち上がって、ミーちゃんにそっとふれた。ミーちゃんは、金色の目をちょっと開けて、すぐに眠り続けた。
「ミーちゃんをこのまま飼って良いんですか?」
「ええ、可愛がってあげてね。この子は私が保護したの。公園で鳴いていたのよ」
私は、ミーちゃんが膝の上で寝ているので、保護施設の人を見送らなかった。こんなところは猫に似ているのかもしれない。
『ぺたぺた……ぺたぺた』
私の好きなうさぎのスリッパの音がすると、ミーちゃんは玄関に出迎えてくれる。きっと餌が欲しいんだ。でも、そんなのどうでも良い。
「ミーちゃんは世界一可愛いよ!」
相変わらず抱っこは嫌いみたいだけど、しゃあないなぁって目で我慢してくれる。
おしまい