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悪魔の論理

作者: 坂下貴靖

ある夏のことだった。僕は、バンド仲間たちと沖縄旅行に行くことになった。バンドの仲間たちとは、うまくいっていた。少なくとも、僕はその時そう思っていた。そう、十八歳の夏のことだ。

沖縄に行ってくる。そう、家族に告げて、僕は沖縄にむかっていた。

旅行といっても、バンドの演奏がある、半分遊び、半分仕事のいわゆる営業というやつだった。

沖縄には、飛行機に乗って行くことになっていて、僕たちは何の問題もなく、飛行機に乗った。

僕たちは飛行機に乗った。二時間ちょっとのフライトだ。飛行機の中で、僕は初めての体験をした。

それは大したことではなかった。その体験というのは、睡眠薬を始めて服用したということだった。

バンドの先輩がこれ飲んで少し休んだら?というので、僕は、何の気なしに飲んだ。

そして、寝ているうちに沖縄に到着した。到着して、ホテルまでは車での移動だった。沖縄の夏は異常に暑かった。体は少し気だるかった。ホテルに到着して、それから、すぐに、移動して、遊びに行く予定だった。僕たちは車に乗り込んだ。

僕たちのバンド内では、大麻を吸引することが流行っていた。僕がバンドに入って、五年がたとうとしていた。ドラッグは僕たちのバンドの中ではつきものだった。車での移動中、スタジオでの練習中、そして、クラブなどでの演奏の途中にもそういうことをしていた。僕はそれに馴れていたし、少なくとも、その世界観は許容できていた。そう思っていた。そういうことをするのが普通で、それが一番楽しくできる方法だった。そうやって売れてきた。そういう自負が僕にはあった。だから、一生こういう生活が続けばいいそう思っていた。

僕は、車の中で、音楽が大音量で流れていて、それが異常な感覚で聞こえてきたのに気付いた。音が今までと違う、大麻を吸っている時とは違う聞こえ方がした。そう、音が、僕の中を貫通するように聞こえてきたのだ。それは西海岸のギャングスターミュージックで、シンセサイザーの音が鋭く僕の体内に入ってきた。とにかく、その音は異常だった。でも、その曲が終わるとなかなか、いい雰囲気の音楽に変わったので、落ち着きを取り戻そうと思った。

バンド仲間は、会話を始めた。しかしどこか会話がよそよそしい。

嫌な予感がした。


思い出すと、沖縄旅行より前に東京で、僕は忙しくバンド活動を行っていた。そして、バンド活動と同じようにより良い品種の大麻を手に入れることにも熱中していた。

バンド内では、いつも大抵、同じバイヤーから手に入れることにしていた。しかし、それでは、僕は飽きてくることを覚えてしまっていた。

だから、ほかの先輩と接触して、いろいろな場所から、大麻を手に入れるように徐々に段取りをしていた。ドラッグは大抵、お金があってもその日にはすぐ手に入らない。僕は、ほかのバンドの先輩から、とびきり上等のネタを仕入れる用意をしていた。お互い、その条件は整っていた。そして、そのほかのバンドの先輩もその沖縄で合流するはずだった。そう三日後に。


話は沖縄に戻り、嫌な予感はずっと、続いていた。僕は何か変な気分になりだしていた。なにかそわそわ落ち着かない。周りの仲間からは、からかわれているような、のけ者にされているような、そんな嫌な気分にさせる言葉を浴びせられた。そして、口笛や指のスナップなどで、いじめたりいじめをやめるふりなどをされて、そしてまたいじめられた。そして俺は妙に悲しくなり泣き出した。でも、まだまだ、いじめは続いた。夜はちっとも寝れなくて、悔しくて悲しい気持ちになった。沖縄旅行は七日間の予定だった。二日目になった。仲間たちは僕のことをバカにし続けた。悔しかった。でも、同時に悲しかった。僕の口からは言葉は、出てこなくなった。ただ泣いていた。気づくと、そのつらい時間は三日目になっていて、僕は泣いたまま、帰りたいと皆に告げ、一人で東京に帰った。しかし不思議なことは、飛行機の中でも僕のうわさをしていた。そして関係のない人たちまで、僕をいじめているように聞こえていた。本当に声として聞こえていた。聞き間違いなんかじゃない。音として、はっきり聞こえていたんだ。

実は僕は沖縄旅行の少し前に、あることを一人で勝手に信じだしていた。それは、小さな音のことだ。

大麻を吸引すると、小さな音まで、はっきりと聞こえる。その小ささがどこまでというのが、自分の中で咀嚼できないでいた。その小さい音を感じるというのが、人の感じる考えるというその微量の音として、聞こえているという考え方をすでに信じ始めていたというのが僕の秘密だった。

その考え方は、僕の、今までの既成概念を根底から覆して、はっきりと違う自分に出会えたという実感があった。だからそのことを信じていた。変わる、変身するということがカッコよく思えるということも若い時にはよくある。

その時から、言葉の意味がガラッと変わって聞こえるようになった。風という言葉をきくとそれが、人が自分にかける言葉という意味に感じ取れたり。雨が凄いといわれると、雨は涙というイメージに繋がって涙が大量にこぼれ落ちるイメージに聞こえたりとか、言葉の意味合いが変わった。自分が少し文学的な人間になって、感受性が豊かな人間だと勘違いをしてしまった時代だった。自分にとって。そしてそういう感性を持っていたのがほかのバンドの先輩だった、というわけだ。

そしてそのほかのバンドの先輩たちがカッコよく思えていたのも事実だった。自分のバンドの練習をおろそかにしていた。それも、事実だった。ほかのバンドのスタジオに入り浸っていたのも事実だった。

でも、それも、その時は、ドラッグを手に入れて、それを、自分のバンドに持って帰ることが本来の目的だった。でも、その忙しい時期に、その行動は、軽率だったのだろう。バンドのメンバーは内心、焦っていたんだと思う。

そして、つらい悲しい惨めな気持ちで、なんとか、僕は、東京にもどった。

僕の、心はここにはなかった。もう、戻れない気持ちになっていた。


そして、僕は、バンドのメンバーともう一度やり直すことが出来るならと思い、もう一度だけ会うことにした。その場所は、武道館。バンドのリーダーが、あるアーティストのバックバンドに選ばれてコンサートをすることになっていたのだ。

コンサートはそつなく終了した。そして、バンドのメンバーに会った。バンドのメンバーはこの後アフターパーティーがあるから、おいで、と言われた。

そして、関係者入り口に消えていった。

僕は、皆が見えなくなってから、その関係者入り口から、武道館に入った。

少し歩いて、階段があった、上がり始めると、何か、変なプレッシャーを感じた。

覚醒剤を誰かが注射器で打っている。絶対そうだ。そういう匂いがした。直感的にそう分かった。

それは、階段を上がって左の扉のほうからのプレッシャーだった。

まっすぐ道は続いている。左に行くと仲間たちが待っているに違いなかった。そういう世界なんだ。武道館でコンサートをする人たちが見せる夢って覚醒剤を打って見せているんだ。そうして、いつか売れなくなって、捨てられていくんだ。そう感じた。そして、直観で僕は彼らと別れを告げた。

まっすぐの道を選んだ。僕は確かにスターになることが夢だった。でも、そういうことをしてまで、覚醒剤を打ってまで、叶えるのは嫌だった。夢を捨てるか、その部屋に戻るか。武道館の出口まではただただ、長い回廊が続いていた。なるほど、武道館か。精神的に武道の道という重く冷たいものを感じた。出口にたどり着く、その長い道のりは正に、武道館の重みを僕に教えてくれた。でも、僕は心の中では、こう決めていた。サヨウナラ、バンドの仲間。僕は違う道を行く。君たちも心配だ。でも、覚醒剤は僕にとっては、禁忌物だ。だから、この道を行く。武道館の長く重い回廊は僕を強くした。

そして、俺はこう思った。覚醒剤は人々の夢を砕く悪魔だと。

俺は奴を呪った。この世の中の悪罪の一つとして、世の中から、消したいと思った。

そして、出口に出た。僕の夢は夢で終わったけれど、現実の夢ができた。それは、覚醒剤を、この世から、無くすことだった。本当に心の声で叫び続けた。半年間、声には出さないけど、頭の中で、ひたすら、叫び続けた。そして、戦った。そうして、俺は生きた。普段の生活を過ごしながらも、心は怒っていたし、心の中で、その世の中の矛盾を、許せず、覚醒剤絶対反対あれは悪罪だと叫び続けた。

街の若い奴らとは気が合わなかった。そんなのは関係ないくらい、俺は怒り傷つき心の中で、叫び続けた。ある時、空を見上げた。信じられない光景が目に入ってきた。その日も心で叫び続けていると、曇りだった天気が急に明るくなった。雲の切れ間から、天国の階段ともいうべき、光の後光が差してきた。ああ、夢はかなったんだな、俺はそう思った。そして、天国の階段をしばらく眺めていた。

次の日の、新聞の見出しはこうだった。一面記事に、港で覚醒剤、1トン押収。本当に夢がかなったんだな。良かった。ほっとした。こうして、僕の最初の冒険は幕を閉じた。

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