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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

たらればを語れば

作者: 59821円の命

【1】


昔、シルクロードという青年に出会ったことがある。彼は夢の中でしか現れず、僕はいつも眠りにつき、夢の中で彼が現れたときは、いつも彼と話をした。

今日の情勢、自分の考え、そして彼、シルクロードの考え……

シルクロードは、僕とよく似た考えをしていた。だが、時々僕とは正反対の考えをしていた。シルクロードが頷くとき、僕はいつも心の奥底から嬉しくなり、シルクロードが首を横に振ると、僕はいつも心の奥底から悲しくなった。


今、僕は三門市の総合病院の個室で今か今かと自分が死ぬのを待っている。娘の雪は今週は来れないと言っていた。孫娘の時雨は何歳になったのだろうか。生まれた時の彼女の表情を思い出す度、紗枝がいたらどんな表情をしていただろうか、と考える。


僕は今、幸せなのだろうか。ベッドの上の天井を見つめ、瞬きをする度に、自分がその瞬間死ぬのではないか、という不安さえも覚える。

紗枝の死から立ち直った時、僕は彼女の分まで生きると決めた。そしてそれから数十年経ち、彼女と僕の子供の雪は、孫娘を生んだ。『悲しい時に降る雨が止まないことなどない』という意味から、『時雨』と名付けた。

ふと、ベッドの横に何かがいる事に気づいた。『それ』は子供程の背丈で、ただじっと僕を見つめていた。僕は今まで幽霊というものの存在に否定はしなかったが肯定もしなかった為、『それ』が幽霊であることに半ば疑問を持ちながら、恐怖心を隠しながら『それ』に話しかけた。


「……君は誰だい?どうしたんだ?」


『それ』はただ、僕を見つめているだけだった。僕はそのまま天井を見つめ続けるのも癪に障ったので、ゆっくりと『それ』の方向を向いた。


目を疑った。『それ』は周りの影こそ幽霊の類のようなものなのだろうが、影の周りにある人型の『それ』は正真正銘少年時代の僕だった。

少年時代の僕の姿をした『それ』は、少し哀しげな、そしてどこか怒っているような表情を浮かべ、僕に話しかけた。


『……僕は将来、あなたの様になるの?』


『それ』のその言葉に、僕は少し傷ついたのが分かった。僕はまた天井を見つめ、ゆっくりと呼吸した。


「……そうだよ、君が少年時代の僕だとするなら、僕は数十年後、病院の個室で夜中に眠れず天井を見つめているだけの老人と化すんだ」


『それ』を見ると『それ』は悲しげな表情を浮かべていた。

少し間が開いて『それ』が口を開いた。


『ねぇ、たらればを語ってよ』


『それ』は、突拍子もなくそんなことを発した。僕は少し『それ』を見つめ、また天井を見つめてため息を漏らした。


「……君が死ぬ前に現れる死神だったらよかったのにな」


【2】


初めてシルクロードと出会った時を、僕は一生忘れない。彼は夢の中でしか出会えない不思議な青年だった。

シルクとの夢の内容は様々だった。釣りをしながら話をしたり、時には喫茶店で話をしたり、またある時は誰かの葬式の最中に話をしたり……

シルクロードと言う名前は僕が名付けたんじゃない、彼自身が教えてくれた。


夢の中でシルクと出会う時は、大抵夢の中で眠りから覚める瞬間から始まる。

シルクは大抵、パイプ煙草をふかしながら「よぉ」と声を掛ける。僕はそれに大抵頷いてベッドから起き上がる。


「今日は何処に行く?」

「いつもの店は?」

「ダメだ、ここに来る前に行ったら臨時休業だった」

「そっか……じゃあ喫茶店でいいよ」

「オッケー」


そう言って僕とシルクはどこかのアパートの一室から出ていく。大抵鍵もかけずに。

どこかの見知らぬ街の見知らぬ道を2人で歩きながら、シルクは煙草を吸っている。銘柄はミスシェイクという見知らぬ銘柄だった。


ある夢の中での出来事だ。いつものようにどこかの見知らぬ街の見知らぬ道を2人で歩いていると、シルクが僕に尋ねた。


「なぁ、お前にとって夢ってなんだ?」

「いきなりどうしたんだ?」


僕がそう言うと、シルクは煙草を吸い、煙を吐いてこう呟いた。


「……夢の中は退屈なんだよ。決まった時に決まった奴しか現れない。『それ』はそいつが操作しているからな。例えばそいつが女と遊びたいって思ったら、大抵はブスな女じゃなくこの世界で一番の美女がそいつの相手をしてくれる。そういうもんなんだよ、お前みたいに全てが分かってない奴がこんな夢に現れるのは珍しいんだ」


僕はシルクの言うことが、いまいち理解できないまま、喫茶店へ入っていった。


……もし、シルクの言うことが分かってたらどうなっていただろう……多分、僕は夢の中ですら孤独になっていたかもしれない。


【3】


目が覚めると、僕は紗枝のアパートにいた。紗枝は隣で寝息を立てて幸せそうに眠りについていた。僕は紗枝の頭をゆっくりと静かに撫でて、着替えてから紗枝のアパートを出た。

その日の夜だった。紗枝のアパートに帰ると、紗枝が僕に向かってきてとても嬉しそうに僕にこう言った。


「出来ちゃった!」


その日、紗枝のお腹の中に、僕と紗枝の血が混じった命が宿った。

僕は紗枝を抱きしめ、2人で子供の名前を考えていた。


……目覚めると、そこにはシルクがニヤニヤと僕の顔を見つめていた。


「……おめでと」

「……何が?」

「……まぁいいよ、どこ行く?」

「いつもの店は?」

「いいよ、今から行こうぜ」


そう言って僕とシルクはどこかのアパートの一室から出ていった。鍵もかけずに。

どこかの見知らぬ街の見知らぬ道を2人で歩きながら、シルクはまた煙草に火をつけた。すると、僕を見た瞬間「おっと」と呟いて火を消した。


「……?どうしたんだ?」

「まぁまぁ」


シルクの不可思議な行動に、僕は首をかしげるだけだった。

見知らぬ道を2人で歩いていると、シルクがこんな事を僕に尋ねた。


「なぁ、お前に娘が出来て、その娘が孫娘を産んだら、お前はその孫娘になんて名前を付けるんだ?」

急な質問に、僕は戸惑いながら、上を向いてこう答えた。


「……時雨、かな?」

「時雨ぇ?大日本帝国海軍の駆逐艦の名前からとるのか?軍人かよ」

「違う違う 『悲しい『時』に降る『雨』が止まないことなどないように』時雨って名前かな、僕みたいにくよくよしないで欲しいんだ……紗枝のような女の子に――」


その時、僕は口から知らない女性の名前が出てきた事に気づき、思わず眉をひそめた。シルクも同じ気持ちだったようで、僕らは眉をひそめて顔を見合わせた。


「……誰だ?」

「……さぁ?」


【4】


心の底から絶望と言う言葉を知ったことはあるだろうか?僕はある。紗枝が交通事故で死んだ時だ。

あれは僕が28歳の夏の日だ。雪が産まれて2年、紗枝とも結婚し、僕は三門市の小さな商事で働いていた。そんな幸せの最中、突然の絶望が僕を襲った。


『――紗枝が!紗枝がぁ!』


突然の紗枝の母親からの電話に、頭は混乱していた。

今まで感じた事も、考えたこともない紗枝の突然の事故死。

病院に着くと、紗枝の顔にはすでに白い布が被せられていた後だった。

人はこれほど絶叫出来るものなのか、そして、人はこうも簡単に死が襲い掛かるのか、そう自分でも客観視できるほどに、泣き叫び、絶望した。


やがて僕の中に生まれた心は『怒り』だった。犯人に対する、これ以上ないほどの怒り、殺意だった。


『――あーあ』


シルクは僕の顔を見て、少し笑みを浮かべながらそう言った。その表情に、どこか僕の心に怒りが込み上がっていた。


「……なんだよ」

『いや?別に何も言ってないさ、いつもの店行くか?』

「……行かない」

『……そっか、じゃあ散歩に行こうぜ』


紗枝のアパートから出ていき、僕はシルクに煙草をもらい火をつけた。


『なぁ、お前にとって人生ってなんだ?』


シルクは突然そんなことを訪ねてきた。


「……紗枝の下に行くこと」


そう呟くと、シルクは高笑いして僕を壁に追い詰めた。今までにないシルクの行為に、僕は驚きつつもシルクを見つめた。シルクは僕に今まで見せたこともない怒りの籠った表情を浮かべながら睨みつけていて、僕にこう呟いた。


「――もうお前の愛する女はいねぇんだよ、分かったか?」


最後に見えたのは、シルクが僕の顔面を殴る瞬間だった。


――痛みから目が覚めると、そこは個室。全身の激痛が僕を襲っていた。痛みから抜け出せず、思わず泣き叫ぶ。すると看護師がやって来て、僕に尋ねてきた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないですよ。ここは何処なんですか?」

「……ここは、三門市立総合病院の集中治療室ですよ…?」

「……紗枝は?」


「……紗枝?誰ですかそれ?」


【タラレバを語らなければ】


「……もし、たらればを語るのならば、僕は今までの人生全てをやり直したい。

けど、今から話すのは、たらればと言われる虚言ではなく、れっきとした事実だ」


シルクロードは、僕が飛び降り自殺を行った後、姿を消した。夢の中でも現れず、代わりに夢の中にいつも現れるのは、見知らぬ少女が笑顔を浮かべている写真だった。

そして、紗枝を交通事故で死なせた犯人は、余罪があったらしく、僕が50代になるまで刑務所から出てこなかった。

……厳密にいえば、彼は刑務所の中で獄死した。


時雨は今年24歳になった。そして、彼女は今シルクロードに似た青年との結婚が噂されているようだ。


「……いいかい?僕、この世界に虚構と言うものは存在しないんだ。現に君は僕の下に現れている。これが虚構ならば、僕は君を見ていないのだから」


彼はそう言って、俺を見つめながら眠りについた。


俺は彼の人生のすべてを知っているわけではない。だが、彼は『タラレバ』という虚構の中に取り残された、一人の男だった。


俺が知っている限り、彼が生きてきて見てきたとされる人物たちは存在しない。交通事故で死んだとされる『紗枝』と言う女性も、彼の親族は知らないと言っている。


彼が死んだのは、俺が部屋を出て行ってから数十分後だったらしい。彼は全てにおいて正しく、全てにおいて間違っている。

彼は、夢と現実の狭間のたらればという『虚構』という中で生きる事を幸せだと感じるようになった、一人の哀しい男だった。




――彼が幸せだと思い死んだのなら、俺は別に何も言わないさ。夢の中でまた会おう。





『たらればとは――


『もし~~~していたら』という仮定の話。』

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