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八朔

それは、ぽぅん、と降ってきました。

もちろん、きちんと手で受けとめるつもりだったのです。しかし、キャッチボールでさえまともにできない私が、そんなことをできるはずがありませんでした。


チャイムが鳴り、授業が始まりました。いつもどおりの授業でした。高校の最後の授業は、そういうものでした。確かに最後といっても、学校にはまだ来るので、先生たちには会えるわけですから、それがあたりまえだったのかもしれません。

しかし、あまりにもいつもどおりすぎたのです。おかげで私は、自分はそんなに何か期待していたのだろうかと少し考えこんでしまいました。


三年前、その人は笑わない人でした。全くといっていいほど笑みを見せず、私たちをそんなに嫌っているのだろうか、というよりも、この人は感情を持ちあわせていないのだろうか、と思わせるほどでした。

二年前、その人は少し笑うようになりました。初めてその人が笑ったのを見たとき、この人、ちゃんと笑えるんだ、と驚いたのを覚えています。

そして今、その人はよく笑います。常に笑顔なわけではありませんが、笑うに値することがあれば笑います。とても地味に、声をたてずに、しかし、とてもあたたかくほほえむのです。


最後、という言葉を出すこともなく、その人の授業は進んでいきました。もうすぐ終わりのチャイムが鳴るな、と思ったとき、その人は持ってきていた袋から何かをとりだしました。

「これは、自分が最近気にいっている飴で、おいしいので皆さんにもあげます。」

そう言って、その人はその飴を生徒に向かって投げ始めました。教室は盛りあがり、たくさんの声が湧きました。

その人の背、肩、腕、手首、手のひら、指、そして、その人がつかんでいた飴が空中に放りだされーーーーーー


ことん、といつのまにかその飴は床に落ちていました。それから私がその飴を拾うまで、とてもとても長い時間がかかったような気がしました。拾った飴は、私の筆箱におしこまれました。

号令がかかり、ありがとうございました、の声が響いた後、その人は教室から出ていきました。


放課後、私は友達と一緒に勉強していました。一、二年のときは同じクラスでしたが、三年になるときに違うクラスになってしまった子でした。その子は途中で顔をあげて言いました。

「ねぇ、飴食べる?今日もらったんだけど、私、この味苦手なの。」

私はその飴をもらい、ビニールの袋をやぶり、口にいれました。

「これ、そんなにまずくないよ?」



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― 新着の感想 ―
[一言] 穏やかで淡々とした語り口と、シンプルなのにはっきりと目に浮かぶような描写が素敵。現代のお話だけど、少し明治・大正期の小説の雰囲気も文章から感じます。最初の一文からセンスが光っていて、しみじみ…
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