『悪質な異世界転生商法にご注意下さい』
––––異世界転生、一口に異世界と言ってもその定義は様々で御座います。
中世や近未来は勿論、人間の代わりに悪魔・エルフ・魔族と言った異種族が頂点に立つ世界や、そもそも人類と言った人型の生命体では無く恐竜等が変わらずに地上を支配する世界だったとしても、それは異世界と呼べるでしょう。
何せ異なる世界と書いて異世界、今現在我々が生きているこの世界と決定的に違う部分があれば、それが例えどんな物であっても異世界となり得るのです。
現実に飽きた方、現実が辛い方、好奇心が旺盛な方、誰にも認めて貰えない方、そんな方々が愛して止まない異世界。
私はそんな世界に憧れを抱いて止まない皆様に、異世界への切符を販売させて頂いております。
現実など捨て去って、新たな世界で一念発起する事で本当の自分を手に入れる、それこそが真の幸せであり、お客様の幸せこそが当方の企業理念。
高価な切符から安価な切符まで様々に取り揃えておりますので、気軽にお電話下さい。
「……なんだこりゃ?」
スマホに偶々ポップアップされた広告にタッチしたら、そんな文章が書かれたホームページに飛ばされた。
下にスクロールして行くと確かに電話番号が書かれている、新手の詐欺か何かかと思った俺はそのままブラウザバックしようとしたのだが、ふと詐欺なら詐欺で揶揄ってやれとイタズラ心が生まれ、番号をタップする。
こちとら中々定職につけない三十路のフリーターだ、時間も暇もたっぷりあるからな。
しかし、コールした番号からは『この電話番号は現在使用されておりません』と言うアナウンスが流れるだけ。
––––単なるイタズラか、そう思ってベッドに横たわった瞬間、アパートに付いているインターフォンが鳴った。
時刻は深夜2時を回っている、酔っ払いかイタズラか分からないが、タイミングがタイミングなだけに心臓に悪い。
変質者だと怖いので居留守を使ったんだが、そのチャイムは五分に一回のペースで鳴り続け、それから俺が根負けするまで一時間近く鳴りっぱなしだった。
イライラしながらドアを開けると、黒い帽子を被ったキツネ顔の黒スーツの男が不気味な笑顔を浮かべていて、俺の姿を見た瞬間に芝居掛かったお辞儀を見せる。
「この度は『異世界切符』をご注文頂き、誠にありがとうございます」
「は? そんなもん注文してねーけど?」
「お電話を頂きましたので、こうしてお伺い致しました」
その言動と笑顔を崩さない男にヤバイ奴じゃね?思う反面、心霊体験的な非現実かもと言う興味本位からその男を部屋に上げてしまった。
その時に気が付いたが、この男の服装は頭の先からつま先まで全て黒一色、黒いシルクハット、黒いスーツ、黒いシャツ、黒いネクタイ、黒い手袋、黒い時計、黒い靴下、黒い靴。
まるで喪服をイメージした様なその男は俺の前に正座すると、持って来ていた黒い鞄から名刺とパンフレットの様な物を取り出して俺に差し出した。
名刺には『新しい人生をお売り致します 岸 彼方』と書かれ、パンフレットはホームページと同じ文章が表面に、裏面に料金表が書かれている。
上から一億・一千万・百万・十万・一万・千と桁で料金が書かれてるだけで詳細は無い、一通り目を通して危ない詐欺だと判断した俺が適当にあしらうか警察を呼ぶかの二択を選ぼうとした時、見透かした様にキツネ顔の男は言った。
「御安心を、私は悪質な詐欺とは違います」
「詐欺師はみんなそう言うんだよ」
「そう仰ると思いまして、無料体験版の切符を用意させて頂きました、どうぞご利用ください」
そう言ってキツネ顔の男は俺の手に白紙の切符を手渡し、『それを裂いて頂ければ転生完了となります』と言う。
切符の触り心地は紙に近く、これなら簡単に裂けるだろうが、完全に世迷言だと感じて警察を呼ぼうとした時だ。
––––部屋に居たはずの男が、いなくなっている。
玄関が開いた形跡はない、ワンルームだから隠れられる場所も無い筈なのに、煙の様に姿を消しやがった。
思わず生唾を飲み込み、切符を握る手に力が入る、もしかしたら本物なんじゃ無いかと言う気持ちが俺を支配し、遂に言われた通りに切符を引き裂く。
そして俺は意識を失ったかと思うと、次の瞬間には赤ん坊になっていた。
混乱で頭が働かなかったが、周りに見える部屋の物や授乳中の母親の服装を見て異世界じゃね? と判断した俺はあの切符は本物だったのだと喜びに打ち震え、今度こそ俺は俺の幸せを手に入れる事を決意する。
––––それからは毎日が正に薔薇色の人生だった。
この世界には魔法があり、文化レベルも中世基準、現代知識を使えば神童と崇められ、生まれ持った莫大な魔力によってあらゆる魔法を好き放題利用できる。
十歳になる頃には既にギルドの冒険者ランクで最上位となるSランクとなり、国中に天才として俺の名前は広まっていた。
お陰でちょっとした買い物をするだけでもキャーキャー言われる事になったが、まぁ有名税って奴だと諦めている。
この世界こそが俺の住む世界、俺が居るべき世界、前の世界なんて悪い夢だったんだ。
そして十六歳の誕生日を迎える今日、俺は国からの特待生として王都にある学園に入学する事になった。
実家じゃ妹が俺との別れを泣いてたが、そろそろ兄離れしても良い時期だってのに、いつ迄も甘えてくるので中々説得が面倒だったなぁ。
そんな事を思いながら門をくぐると、既に俺の噂は流れていたらしく、色んな視線が俺に集まった。
『天才』『神童』『怪物』様々な二つ名が囁かれ、黄色い歓声が聞こえて来る中、視界の端にやたら目立つ黒尽くめの男が立って居る事に気が付く。
それは例のキツネ顔の男で、奴は俺の姿を見ると笑顔を浮かべ––––。
「無料体験版は此処までで御座います」
––––そう言って、俺を薄汚れたアパートの中へと戻しやがった。
既に十六年前の世界で生きたから最早この部屋は俺の部屋でも何でもない、もうバイト先でドヤされたくないし、前の世界こそが俺の居場所だったのに。
俺はキツネ顔の男に縋りながら切符をくれと言った。
奴は笑顔を浮かべながら『では、此方のコースからお選び下さい』と例の料金表を取り出す。
急いで財布を取って中身を見ると、千円札が二枚と小銭が少しあるだけだった。
けど一番下とは言え転生の切符は買える、俺は財布ごと金を渡すと、男が鞄から取り出した灰色の切符をひったくる。
その時奴が何か言ってた気もするが、もうこの世界に未練が無い俺にはどうでも良く、勢い良く切符を引き裂いた。
––––これで俺は俺に必要な世界に行ける、そう思っていた。
しかし、目が覚めた場所はスラム街の様な場所で、記憶が蘇ったのも年齢が四歳ほどの時だ。
劣悪な環境で生活し、空腹と栄養失調の所為でフラつく身体、魔力も少なく魔法が使える基準じゃないらしく、とてもじゃないが俺に相応しい肉体じゃない。
俺が自分の現状に唖然としながら膝を付いていると、キツネ顔の男が俺の前に現れた。
まるで詐欺じゃないかと掴み掛かりたかったが、俺には声を荒げるだけの体力も無く、ただただ見上げるだけ。
「では、お望みの通り異世界転生が完了致しましたので、そのご報告と忠告を」
「ちゅ……こく……?」
「はい、この世界では六十歳が平均寿命なのですが、お客様は元の世界で三十年、次の世界で十六年生きていらっしゃいましたので、その分の寿命を差し引かせて頂きました」
「……は?」
「ですので、この世界でお客様が生きていられる期間は凡そ十四年、現在四歳であらせられるので残り十年となりますね」
「きい……て……ない」
「千円で人生を買われたのですから、相応の世界なのは御了承下さい」
そう言うや否や、男は芝居掛かった一礼をして消えてしまうのだった。
料金別で難易度が違いますが、この料金表はキツネ顔の男の気分で桁を釣り上げられるので、相手の財布を見て絶対に支払えないラインにノーマルモードとイージーモードを設定しています。
異世界に行きたい人を地獄に落として悦に浸る悪魔って奴ですね。