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ママと呼ばないでっ!  作者: 黒砂糖
5/7

その5



 ぽすっ。

 軽い。

 というか、体重が無いみたい。






 ――当然ですわ。彼女は本来この時間軸に在らざる存在。偽天使(マジック)(アイ)(テム)が断ち切られた以上、縁も在も失うのが世界の摂理ですから――。


「誰っ!?」


 突如脳内に直接語りかけてきたお嬢様口調に思わず叫んでしまう。

 周囲を見渡しても夜景の屋上には私と目のハイライトが消えた天使の二人のみで、あとはドローンが当て所も無く飛行しているだけ――って。

 嫌な予感を証明するかのようにその暗殺ドローンが私の目の前で挨拶するようにくるりと旋回するなり、真夏の車内で融け堕ちたプラモデルのようにどろりとゲル状化すると、それは体格差・容量差をまるっと無視して当然のように美少女の容姿を象り始める。

 ナニコレ?

 まるで不条理劇の一場面を見せつけられたような気分。

 しかもその美少女はいま私の胸の中で崩れ落ちたままの天使を鏡に写したかのような瓜二つの御姿であって。


「harunaが二人っ!?」


「……わたくしをそんなまがい物の名で呼ばないでいただきたいのですが」


「あ、ごめん――って、なんで私が謝るのっ!?」


「見事な一人ノリ突っ込みですわね、お母様」


「お母様!?」


 待て待て待て。

 あまりの怒涛の急展開に頭の回転が追いつかない。

 お母様って誰?

 私?!

 じゃあ、この子は誰?

 私の娘っ?!

 親に相談もしないでいつ産んだのっ!?

 お母さん許しませんよっ!!

 現実逃避のためか脳内で勝手に一人漫才が始まってしまう。

そんな私の狂態に呆れるでもなく突っ込みを入れるでもなく、なぜか一日千秋の想いでやっと彦星に出逢えた織姫のように恍惚とした雌顔で見惚れている天使。

 ――マジで?


「大マジですわ、お母様」


「……おう」


 きりっ、と意識を切り替えて優等生顔になった天使。

 心を読む辺り、本物だろう。

 harunaとほぼ変わらぬ端麗な容姿だし。お嬢様口調と眼鏡とアホ毛を除いては。

 そんな天使が私の娘って。

 まさか。


「ご想像の通りですわ」


 舞台の袖で待ちに待った不遇の役者がようやく演じられる主役の喜びとともに、何十回も脳内で諳んじていたことが窺える澱みない決め台詞が、不自然さが微塵も見られない完璧な所作によって口上通りに述べられる。




「娘である天使のわたくしが、お母様を新たな女神としてお迎えに上がりました」




 やっぱり。

 ある程度予想はしてたものの、あまりの衝撃でそのまま昇天しそう。

 私がそうなるのをすでに予想済みであろう彼女は悪魔と紙一重のさらなる天使の笑みで、さらなる追撃、というかとどめの一撃を図る。


「さあ、わたくしの手を取ってくださいな、お母様。わたくしたちの手で新たな世界を()()りましょう――」


 すっ、と彼女が何の邪気も無く自然に差し延べた誘拐犯の手に、私は何の迷いも苦悩も無くもみじのような小さな手を委ねるようにして――。

 がしっ。

 重ねられる寸前の私の手を、何かが阻む。


「……なぜ邪魔をするのですか、まがい物(わたくし)


「……邪魔をするためにここに来たんだよ、天使(ボク)


 意識を失ったとばかり思っていた復活の春名がにやり、と笑う。

 天使はちっ、と舌打ちでもしそうな不快な表情と口調で答える。


「戯言を。お母様はわたくしがお連れいたします。貴女はさっさと元の時間軸の世界に戻って、ほのぼのとした束の間の家族ごっこをせいぜい楽しんでいらっしゃいまし」


「そうはいかない。ひなママがこの世界から連れ出されたらその束の間の家族ごっこさえ儚く消えてしまうことくらい、ボクも『あのひと』も承知しているさ。」


「消えるですって?」


「消えるんだよ。ひなママがこの世界にいない家族ごっこに何の意味があるというのかな、天使(ボク)?」


「……愚かな。人の一生など所詮は泡沫の夢に過ぎませぬのに。いいえ。いまの貴女はその夢を愉しむことのできる人としての唯一無二の権利さえ放棄しようとする、理解し難い愚か者ですわ」


「その愚かしさがいいんじゃないか。甘い夢に溺れることなく懸命に抗おうとするその度し難い信念こそ、人としての叡知、賢さそのものじゃないか。そんな基本中の基本さえ理解できない天使(きみ)に偉そうに上から目線で言われたくないね」


「……やっぱり、わたくしは人間(あなた)のことが大嫌いでしてよ。たとえ過去の同位()()異体()であったとしても」


「奇遇だね。ボクも天使(きみ)のことが心底嫌いだ。たとえ未来の同位()()異体()であったとしても、ね」


「…………」(ゴゴゴゴゴゴ)


「…………」(ドドドドドド)


「ストップ。ストーップ」


 偽天使VS正天使という地下闘技場が万雷の拍手をもって歓迎しそうな異種格闘技戦の試合(カード)が成立する前に、あわてて阻止する。

 そんな私を見るなり、それまでぐにゃあ、とねじ曲がって見えていた闘気圧縮空間が即座に解除され、飼い主を見つけた二匹のわんこのようにほのぼの空間に切り替えてみせると、彼女たちはそれまでの殺気が嘘のように仲良く揃ってハモって返事する。


「どうかされましたか、お母様?」


「どうかした、ひなママ?」


 こいつら。

 いろいろ言いたいことはあるけど、ひとまず苦い唾と共に胸の奥に飲み込んで、本題の本命を訊くことにする。


「……つまり、二人とも私の娘ってことでオーケー?」


「「はい」」


「で、娘の春名が将来天使になって、その天使としては私を女神、あー、神様になって一緒に来てもらいたいと」


「はいっ❤」


「んで、春名はそれを止めたいと」


「……そうだね」


 ん?

 気のせいか春名の身体が小さく縮んでいるような……?

 目の錯覚かな?

 

「錯覚ではありませんわ、お母様」


「……余計なことは言わないでほしいね」


「我ながら強情ですわね、まがい物(わたくし)偽天使(マジック)(アイ)(テム)による因果が断ち切られてもこうして意識だけでなく姿形まで保ってお話しできるなんて、ひとえにお母様への愛といったところかしら。でも、さすがにもう限界ですわね」


「それって一体」


 どういうこと、という二の句が継げなかった。

 天使のいう「限界」が目の前で起きてしまったから。

 目の前の春名の身体が文字通りぐんぐん縮んでいき、小学生と見間違われる私よりもさらにミニマムなサイズへ。ぐっ、と脂汗流しつつ苦悶の表情で春名が抗いの声をあげると、そこで辛うじて縮小は止まったものの、無駄な抵抗といわんばかりの天使の冷ややかなまなざしはもはや憐憫に近い。


「……この世界での因果を可塑的かつ奇跡的に繋ぎとめた偽天使(マジック)(アイ)(テム)が消えれば、偽の因果は真の因果に戻るため逆流する他ない。すなわち胎児以前にまで巻き戻しが行われ、まがい物(わたくし)は消えてなくなる。そういうことですわ」


 世界の真理を高みから見下げるような、淡々とした語り口が私の導火線に火を点ける。


「ねえ、どうすれば元に戻るの?」


「おや、お母様はひなママ信者を嫌っていたのでは?わたくしはてっきり」


「そういうのいいからっ!」


「……もしお母様がまがい物の退場に心をお痛めになるのでしたら、お母様ご自身がいますぐにでも新たな因果の調律者として、わたくしとともに新たな世界の創造主になるほかありませんわ」


「……神様に?」


「ええ。そうすれば、彼女が因果の逆転の渦に飲み込まれたとしても、女神の奇跡で新たな彼女を創造ることも可能ですから」


「……余計な戯言を吹き込まないでくれるかな?」


 まるで高熱で苦しむ幼稚園児のような面持ちで、私を天使の誘惑から必死にガードしようとする。


「……まだ口を利く余力があるとは驚きですわ。でも、貴女にとってもこれが最後の最善策でなくって?」


「それこそ戯言さ。ひなママは向こう側の世界で別のボクを創造る女神なんかじゃない。この世界でこのボクを生んで、育てて、慈しんでくれたのが、ボクにとっての、ひなママなんだ。だから」


 そういうと、息も絶え絶えの様子で私のスカートの裾をきゅ、と掴む。

 とくん。

 まるで保育園に預ける娘が仕事に行く母親との別れを嫌がるような愛らしい仕草に、胸が高鳴る。


「だか、ら……キミのいうこ、とは……きけ、な」


 ふっ。

 消えた?

 否、まだいる。

 もはや残像のようなぬくもりしか見えないけど、ここにいる。

 それは幼児ともいえない乳児の、全世界をありのままに映し出すつぶらな瞳に私の瞳をありのままに映し出して。それでもその手をスカートから、私のもみじのような手よりさらに小さな手を移すと必死に重ね合わせて。親子のつながりを確かめるように。

 とくん、とくん。

 胸がさらに高鳴る。


「……もう一刻の猶予もなりませんわ。これ以上逆流の渦に飲み込まれてしまえば、いかに奇跡の創造主といえど創造自体が不可能になってしまいます。お母様、ご決断を」


 なぜだろう。

 この十六年間、生きてきたなかで最大級の決断が迫られる天王山。

 なのに、欠片の緊張感もない。

 頭のなかはむしろ澄み渡っている。

 為すべきことを為すだけ。

 ただ、それだけの無我の境地で私はこの子をこの手で抱き寄せようとする。


「お母様?一体何を……?」


 心を読む天使でも、さすがに無心の行動の意図までは読み取れないらしい。

 しかし、私がそう考えることで意識野の隅にちら、と現れた私の意図をすかさず汲み取った天使は、その国宝級の無謀さに顔色を変える。


「無茶ですわお母様。いくらなんでもそんな奇跡(・・)()行う(・・)なんて」


 無茶大いに結構。

 ていうか、まだ生んでもいない我が子と勝手に引き合わせられたり、女神になってなんて言われたりと無茶を言われているのはこっちのほうなんだから。多少の無茶をしても罰は当たらないだろう。多分。

 そんな屁理屈で私は無茶という名の奇跡を行う。

 春名が消えようとするのは因果の逆流による渦に飲み込まれるため。

 ならば、その流れを再逆流させてしまえば何の問題もない。


「問題大有りですわっ!それこそ素人のド屁理屈ですわっ!!」


 天使の抗議を華麗にスルー。

 奇跡を起こせるのは神様だけ?

 母親なめんな。

 我が子へ捧げられる無償の愛。

 それこそ人をも超える超純度200パーセントの愛情から生まれた奇跡の結晶。

 その確固たる奇跡の引力に導かれて、私はまだ産んですらいない生まれてすらいない未来の子供にこの上ない愛しさと慈しみをもって、生まれて初めて世界で初めて彼女の()()名前(・・)をそっと呼びかける。

 その声が、儚く閉じようとする因果という名の赤ちゃんのまぶたをぱっちり開ける、やさしい目覚めの声となることを、信じて。






――――ひなちゃん。起きて。






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