第1章 第5話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌、日曜も快晴。
「いらっしいませ~っ!」
ネットやメディアで話題になったからだろう、9時に開店すると昔の常連さんがたくさん来てくれた。
「あれっ、さくらちゃんだ! メイド服も同じままなんだ!」
「はい、これからもご贔屓にお願いしますね」
「モチ! 毎日来ちゃうよっ!」
「いらっしゃいな」
「あれっ、きららさんじゃん! 何そのチョ~可愛い格好、うぷぷぷぷぷっ!」
「あらまあ可愛いですって! 嬉しいねえ。歳を取っても女は女、照れちゃうよ」
久々に見る和気藹々のやりとりに、頰が緩む。
「いらっしゃいませ~~~~~~っ!」
「なあ一平ちゃん、あっちの赤毛の可愛い子は?」
「ああ、今日から来てくれることになった、もみじさんです」
「へえ~っ、すっごい綺麗な子じゃんか。タイプは違うけど、さくらちゃんと双璧だよ。それに、髪とかスタイルとか晶子ちゃんにそっくりだし…… って、そういや山岡たちが晶子ちゃんにキスしたりしたから、あんな事になったんだよな」
「いいえ、きっと山岡さんは関係ないですよ。多分どのみち、こうなっていたんです」
今日から店に入った朝風もみじ。朝からちょっとレクチャーしただけで十分戦力になっている。総理の娘と言うことで庶民の常識がないかも、とか、態度でかいんじゃないか、とか、そもそも邪魔する気満々じゃないのか、とか。色々心配したけど、全部杞憂だった。
「3番さんにお冷や宜しくね」
「はいっ、さくらさん!」
僕らを監視すると宣言した彼女。しかし、勤務ぶりは極めて優秀で素直に言うことを聞く。ちょっと身構えていた僕らは、逆に拍子抜けだ。
「一平君、いい子が来てくれてよかったねえ。明るいし元気だし愛想もよくてさ。その上別嬪さんだからお客さんも大喜びじゃないか。これで、さくらちゃんの苦労も少しは減りそうだね」
きらら婆さんも手放しの誉めようだ。
しかし、彼女の正体を知っている、僕とさくらさんは微妙な気分。
「ねえ、どう思う一平くん。あのドラゴンが猫を被ったような女」
カウンターの隅でさくらさんが声を潜める。
「いや、いくら何でもドラゴンは可哀想だろ」
小さな声で返す。
「わたしは悪魔、なのに?」
「そんなこと言ってないよ!」
「言ったわ。何なら証拠の音声をここで再生しましょうか?」
「ごめんなさいすみません。確かに言いました……」
「よろしい。じゃあ、あの終末モンスターが仔猫を被ったような女について……」
「なに仲良くお話ししてるんですか?」
「ひゃああみゅっ!」
「どうしたんですかさくらさん、すっごい可愛い声出して!」
「あ、何でもないわ。それよりあなたお客さんへメニューの説明は……」
「オーダーは伺ってきましたよっ。モーニングをサンドイッチとホットで、マスタードはいらないそうです」
「……(完璧じゃないの、と言うさくらさんの目)」
「……(そうだね、と言う僕の心の相づち)」
「も、もみじさん、あなたちゃんと真面目に働くじゃない?」
「えっ? もしかしてあたし、誉められてます?」
「あなた、わたしたちを(監視)しに来たのよね?」
「そうですよ。でもお仕事もちゃんとしますよ。あたし、一度でいいから喫茶店のウェイトレスってやってみたかったんですっ。だから、ココロぴょんぴょんしてますよっ。5番さんのご注文伺ってきますね」
にこり笑顔を浮かべると颯爽お冷やを持っていく。
「……わたしも皆さんにご挨拶してくるわ」
店では珍しく、さくらさんも硬い表情のまま歩いて行った。
僕はカウンターのキッチンに立つとサンドイッチを作り始める。
トントントン……
「お~い、もみじちゃ~ん、俺にもお冷や~っ!」
「ちょっとステファンさん、目の前に僕がいるじゃないですか!」
「何言ってるの~。野郎より、もみじちゃんの方がいいに決まってるじゃ~ん!」
彼・ステファンはメイド喫茶の頃の常連さん。祖先はフランス人らしく髪は綺麗なブロンドだが、生まれも育ちも東京のサラリーマン。
「はい、ただいまっ!」
「勘弁してよステファンさん、うちはもう普通の喫茶店なんですよ」
「いいじゃんいいじゃん。ほら、とんできた!」
「おまたせしましたっ(にこり)」
「もみじさん、カウンターには僕がいるから無視してもいいんだよ」
「あ、でも、お客さんに呼んで貰えるって光栄ですし、あたしも嬉しいですから」
「うひょ~~っ、ありがとねっ! 聞いたか一平ちゃん、彼女マジ天使だよ! こんなとこも晶子ちゃんそっくりだよね」
「あ、ああ、そうですね……」
彼女の赤いツインテール、惜しみなく振りまく愛くるしい笑顔、スレンダーでも出るところはきちっと出る滑らかなシルエット。しかし、もみじさんと晶子ちゃんの類似点はそんな見た目だけじゃない。お客さんへの反応も見事にそっくりだ。
ステファンとなにやら談笑するもみじさんを見ていると、耳元で声がした。
「サンドイッチ、早く!」
「うわあああっっ って、さくらさん!」
彼女は引き上げてきた食器を皿洗いマシンに入れながら。
「ちょっとまずいわね」
「うん、彼女は一生懸命なんだろうけど……」
あまりにお客さんと仲良くなるのも問題だ。
それでなくても彼女は抜群の美少女、言い寄る男が続出しかねない。事実、アンドロイドと分かっていても晶子ちゃんに告白するお客さんは引きも切らなかったのだ。
「わたしはあの子がどこの馬の骨にコクられ連れ出されウフフな仲になったって、どうでもいいんだけど」
「ダメだよ。お客さんにも迷惑が掛かるかもだし」
「まあそうね、一平くんの言う通りだわ。あとで忠告しておきましょう」