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高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!  作者: 日々一陽
第1章 この店は、あたしが監視します!
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第1章 第1話

 第1章 この店は、あたしが監視します!



 開店初日の朝。


 からんころんからん


「いらっしゃいませ~っ!」


 大きく開いた扉から、爽やかな春が吹き込んだ。

 広い4車線通りに寄り添う、白い2階建ての喫茶店。

 看板は古いままだけど、広さを誇る店内は学校の友達と近所のおばあさま方でいっぱいだ。


 学校の友達、と、近所のおばあさま方……


 実はこのお客さんはほとんどがサクラ、見事なまでの自作自演じえんおつ!)、だった。


「二畳院さん、2番さんのモカあがった」

「わかったわ一平くん!」


 星ヶ丘高の生徒がわんさと来たのは、彼女の力。

 いつも澄ました二畳院さんが、自分の足で他のクラスまで回って頭を下げて、店でしか見せなかった微笑み振りまき新装開店を宣伝してくれた。その効果は絶大で、我先にとみんなが押し寄せてきやがった。


「15番さんモーニングセットふたつ、きららさんお願いしますっ!」

「あいよっ!」


 元気な返事は十和田とわだきららさん。

 白髪を綺麗にまとめた、小柄でキュートなおばあちゃん。

 近所のおばあさんが多いのはきらら婆さんの(ババとも)だ。

 あの翌日、通学途中に偶然会ったきらら婆さん。僕を心配して声を掛けてくれた彼女もまた捜査本部の斡旋あっせんを断っていたことが分かった。きらら婆さんの場合、その理由は、


「この歳じゃし、貯金もあるし、今さら知らんとこで働かんでもいいしのう」


 ってことだった。

 しかし、60席を超えるこの店は広すぎて二畳院さんと僕だけでは足りない。

 そこで彼女にお願いしたら、ふたつ返事で引き受けてくれた。

 陽気でおちゃめで調理も掃除も何でもござれのきらら婆さん。

 本当に助かった。


「リコ、4番さんにお冷やをお持ちして」

「アイヨ」


 あとは店員型アンドロイドが2体いる。

 名前はリコとミカ。

 食器の上げ下げや皿洗いマシンの操作はやってくれるので、大変重宝している。

 だけど、そのふたりは電気で動く市販の普及品、命令したことしかやってくれない。

 ルックスも素早さも応用力もロボット工学の天才と言われた父が開発した『二次元アンドロイド・晶子あきこちゃん』の足元にも及ばない。なにせ晶子ちゃんは人間と同じ食べ物を食べてエネルギーに出来るのだ。その上高度な学習能力に、かの名作アニメ「わたしのお兄ちゃんがこんなに可愛いわけがない」の美少女ヒロイン晶子ちゃんの容姿を持つ。まさに『生きる二次元』だった。


「一平くん、放送局の人が来たわよ!」

「いま行くよ!」


 摘発され閉店を余儀なくされた、メイド喫茶・ツインフェアリーズ。

 総理の会見で日本中に悪名が轟いたツインフェアリーズ。

 それがたったの一週間で営業再開したことは、ネットでも報道関係でも話題になっている。

 公式サイトもオープンさせたし、ビラも配ったし、片っ端から言い回ったし。

 思惑通りだ、計算通りだ。

 ざま~みやがれ、朝風総理!

 何が「この店の閉鎖は我が国の新たな繁栄への第一歩」だ!


 自由な恋愛を擁護するネットやマスコミの一部には、あの女の発言を皮肉る文面もチラホラと。

 あの女はノーコメントだけど、いい気味風邪気味たまごの黄身だ。


「マスターさん、店内を撮影してもいいですか」

「はい勿論。ただし、お客さんの顔を映すのだけはやめてくださいね」

「わかってますって!」


 仕込みはバッチリ。

 マスコミの取材は午前中に集中させている。

 だから、みんなには午前中に来るようお願いしたのだが、思った以上の来客に手も頭も回ってない。

 とほほほほ。


「あっ、3番さん忘れてた!」

「大丈夫、わたしに任せて!」


 それでも、二畳院さんは嬉しそう。

 黒地に白いふりふりエプロンを着こなして、颯爽お冷やを運んでいく。


「二畳院さん、休憩なしで大丈夫?」

「当たり前でしょ、きららさんには負けられないもの!」


 以前は裏方だったきらら婆さんにもメイド服を着て貰った。

 喫茶店に変わったけれど、ウェイトレスの制服は以前と同じメイド服。

 ただ、お客さんと、萌え萌きゅん! とか、きゃっきゃうふふをしないだけ。

 実はこれもさくらさんの作戦。『喫茶』と名称は変わっても実質変わってないみたいにマスコミにアピールできるからって、制服はメイドのままで行こうと提案してくれた。


「でもねえ、こんな年寄りにこんなかわいい服、似合いませんよ?」


 70歳に近いと言っても、明るく気が利くきらら婆さんは絶対接客に向いている。

 本人は凄く遠慮したけど、最後は笑顔で引き受けてくれた。


「一平くん、きららさんの休憩終わったわ。そろそろお昼にしたら?」


 忙しさは午後も続いた。


「大丈夫だよ、二畳院さんからどうぞ」

「いいえ一平くんから。いま友達が来てるのよ」

「わかった。じゃあ、お先に」


 僕はコーヒーを淹れ終わると軽く手を上げ休憩室へ。

 時計を見ると3時をとっくに回っている。


「はあ~っ!」


 疲れた……

 ……と、ゆっくりしている時間はない。

 用意しておいたエビピラフをレンジでチンして一気にかき込む。

 今日忙しいのは昼過ぎまでのハズだった。

 しかし客が客を呼んだらしく、今だにけっこう賑わっている。明日からはサクラなしでも大丈夫な予感……

 実は、入り口の横にバイト募集の貼り紙もしている。まあ取りあえず、時給も安めで貼ったのだが、こりゃ本気マジで大々的に募集しなきゃだな。


 そうだ、あとで店の様子を写真に撮って父にもメールしてやろう。

 今頃何してるだろうな……


 僕は1週間前のことを思いだしだ。


 あれは父が逮捕された翌日の夜のこと。

 二畳院さんと復讐の誓いをたてた後に、父から掛かってきた電話……


「よお一平、元気か?」

「父さんっ! 元気かって、元気なわけないだろっ! 父さんこそ大丈夫?」

「もちのロンドンパリ、父さんは元気だぞ」

「はいっ?」

「元気だぞ」

「ねえ父さん、どこから電話してるの? そこ留置所?」


 僕のスマホに立体映像で父の自撮り姿が映される…… って、逮捕されてんのにVサインはないだろ親父!

 しかしその背景は何故かショッピングモールのようにも見えて。


「何言ってるんだ。こんな賑やかな留置所があるものか! ここは空港だ」

「空港?」

「そうだ、俺、国外追放になった。今からフランスへ行く。可愛い晶子ちゃんも一緒だ。だから俺のことはまったく心配するな。暫く留守にするけど頑張ってくれ」


 ったく、お気楽な親父だ。

 似てるって言われる僕の身にもなって欲しい。


「ねえ、暫くって、いつまで?」

「それは分からん。何せ追放だからな。もしかしたら二度と戻れんかも知れん」

「ですよね~」


 昔は違ったらしいけど、今は政治犯に近いケースでは国外追放って珍しくない。まあ、受け入れ先があればの話だけど。父は以前、アンドロイド研究の第一人者だったから引く手あまたなのだろう。


「お前も頑張るんだぞ」

「勿論だよ。父さんの店、僕が復活させるからね」

「はっ?」

「ツインフェアリーズ、喫茶店として復活させるから。父さんの分も頑張るから」


 喜んでくれると思った僕の言葉に、しかし父は。


「お前、三つ葉に行くんじゃないのか?」

「え? よく知ってるね。でもその話はちゃんと断ったから」

「はっ? 断った?」

「うん、断ったよ」

「ええっ! どうしてだ一平!」

「どうしてって、普通断るでしょ、あの女の陰謀なんだよ。朝風の差し金なんだよ。あの女は父さんをこんな目に遭わせて、二次元オタの夢や希望をぶち壊して、僕の友達の家族を崩壊させたんだよ。全部自分の手柄を増やすためだけに……」

「はあ~っ……」


 電話の向こうから盛大な溜息が伝わる。


「そうか断ったか~。お前も親に似て…… 血は争えんな」


 落ち付いたらまた連絡すると言って通話を切った父。

 能天気ノーテンキな彼のことだ、今頃シャンゼリゼで優雅にカフェでも楽しんでることだろう。

 って、金はあるのか?

 急に心配になったけど、僕が気にしても仕方ないし。


 さあ、仕事に戻ろう!



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