序章 第4話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
新しい店は『喫茶』ツインフェアリーズになった。
僕は今まで通り『メイド喫茶』でいいじゃないか、と言ったけど、悪魔なご主人さまは『喫茶』にしようと主張した。
彼女が帰ると、店の2階にある自分の家へと戻る。
そうして、灯りもアニメもネットもつけずに居間のソファーにぐてっと寝そべる。
お腹も一杯だし、なんだか頬も緩んでくるし。
「こっちこそ、ありがと……」
僕は天井を見上げ、さっきまでの彼女とのやりとりを思い返した。
「新しいお店は普通の喫茶店にしましょうよ」
「どうして? メイド喫茶でいいじゃないか。せっかく二畳院さんもいてくれるんだし」
「あら、一平くんはメイドより魔法少女の方がいいんじゃなかった?」
「そりゃまあ、そうだけど」
「それとも、そんなにわたしのメイド姿が見たい?」
「べっ、べっ、別にそんなんじゃ。だってほら僕は二次元厨でリアル興味ないし、ホントにないし……」
「ふふふっ、分かってるわよ、お父さまのお店を変えたくないのよね。でもね、わたし思うのだけど……」
彼女の意見は正論だった。
元々、ツインフェアリーズにはメイドさんが12人もいた。
店員が4人にバイトが8人。平日の夜や休日には6人くらいが店に立つ人気店だった。勿論、調理とかのスタッフさんは別にいた。
「みんな他に行っちゃったわよね。今から募集をかけたとしても、朝風総理に睨まれ摘発されたここに応募する物好きな人がいるかしら?」
「それは…… 確かにいないかも。でもさ、思い切って客席数を減らすとかさ」
「それでちゃんと食べていける?」
「……」
「それに、メイド喫茶って名前にしたら、二次元愛の温床だとか何とかこじつけて、また摘発されかねないわ。そもそもわたしたち全員にすっごく好条件の仕事や奨学金が斡旋されたのは、ツインフェアリーズの再生を阻止する策略だと思うの。わたしたちは目を付けられているのよ」
「きっと、その通りだろうね。でも、さ。僕はこの店を再開して、あの女に一泡吹かせてやれれば、その後はどうなっても……」
「捨て駒になってもいいってこと?」
「うん」
「そうね。その気持ち、とてもよく分かるわ。わたしだってあの女にたった一言でも「ギャフン」とが「ひでぶ」とか「参りましたさくらさまっ!」とか言わせれば、あとは世間の非難に晒されて野垂れ死んでも構わないもの。でもね一平くん、捨て駒って先があるから捨てられるのよ。決して無駄なんかじゃないの。捨てられても勝負を決める一手になれるの。あのね一平くん、実はね、わたしはね……」
「……?」
彼女は小さく息を吐き、胸に揺れる銀のペンダントをぎゅっと右手で握りしめる。
「わたしもあの女に復讐してやるの。高慢なあの女の、あの自慢の広いおでこにでっかくド派手に油性マジックでXXXなマークを描いてやるのよっ。そうして、そのアホ面を全国ネットのテレビに晒して、猥褻マーク陳列罪であの女自ら辞任に追い込むのよ。ふふっ、これぞ名付けて『いけないマークマジック作戦』。あの女の慌てる様が目に浮かぶわっ」
そう語る彼女の顔はマジだけど。
どこまで本気でどこから冗談か分からない作戦だな。
「あのさ、XXXなマークってなんだよ、XXXって」
「XXXはXXXよ。想像することが重要よ、さあ心で感じるのよ!」
「わかんないよ。具体的に教えてよ!」
「あのね一平くん。花も恥じらう16歳の乙女の口から、そんな言葉を言わせてどうするのかしら。録音してハアハア…… って、するの?」
「し、しねえよ!」
「ちぇっ。残念だわ。一平くんになら囁いてもよかったのに」
表情ひとつ変えない彼女に、なぜか思わず胸がドキリと……
って、ダメだダメだ。松茸より理想が高いって噂の彼女だぞ!
「ちなみに松茸マークじゃないわよ」
「二畳院さんって凄いね、色々と」
「あら、お下劣なマークがお嫌いなら『わたしとXXXしましょ』って書いてもいいわよ」
「何だよそれ。また伏せ字かよ。しかも、さっきのXXXよりインパクトのあるアルファベット3文字が並びそうな気がするんだけど」
「よくわかったわね。さすが一平くん、たぶん正解だわ。ちなみにXXXの伏せ字は3つじゃなくて2つね」
「ああ、そのヒントで確信したよ。ひとつは伏せ字じゃなくて(エックス)なんだよな」
「残念だわ、そこは敢えて伏せ字を使って(●ックス)と言うところだわ」
もう、なんなんだこのひとは。
でも、こんな会話が実はキライじゃない自分が恨めしい……
「で、どうしてそんな方向性なんだ? まるであの女が欲求不満の男日照りみたいな内容ばかりじゃないか。
「ええそうよ。だってあの女、一度男に捨てられてるでしょ、娘がいるって言うもの。だから全国ネットで男を募集してあげるのよ。ねえ、一平くんはどれがいい? もっとイケてるXXXがあれば採用するけど」
「ああもう、下品なXXXしか想像できないよ。どのアイディアもあの女の高いプライドは木っ端ミジンコ間違いないよ。でもさ、おでこに落書きって、実現難しくない?」
「そうね、分かってるわよ。あの女に近づいて、気付かれないよう額に落書きをして、その姿を誰にも見られない内にテレビカメラの前に晒す…… とても難易度が高いミッションだわ。ほとんどインポッシブルかも知れない。多分あの女の食べ物に毒を入れて暗殺する方がずっと簡単でしょうね。でもね、それじゃダメなの。わたしの復讐は落書き。そうしてあの女を自ら辞任に追い込んでやるのよ!」
くちびるを噛みしめ、黒い瞳に固い決意を覗かせる彼女。
「でもさ、そんなに怨んでるのにどうして落書き? そんなイタズラで二畳院さんはあの女を許せるの? しつこく辞任しないかも知れないよ、その時は次の作戦があるの?」
「あるわけないわ。だってこの作戦は捕まること覚悟の上だもの。だから、これがわたしの最初で最後の一撃。捨て駒であるわたしの役目」
「もし失敗したら?」
「その時はそれまで。わたしの負け」
「そんなっ! 二畳院さんはそれでいいの?」
「勿論よ。わたしはさくら、潔く散るわ。後悔なんかしない。だってもう、失うものなんて何もないもの」
「……(カッコいい!)」
「でも、絶対失敗しないわ!」
「……(惚れ惚れ!)」
「あのね、一平くん……」
突然、戸惑いがちな笑みを浮かべた二畳院さん。
そわそわと、ちらちらと、キョロキョロと視線が落ち着かない。
「あのね、この話、あなたも乗らない?」
「えっ?」
「あの女へ復讐するの。彼女のおでこに落書き、するの。一緒に、やらない?」
「もしかして、これも命令?」
「いいえ、これは命令じゃないわ。一緒にやるもやらないも一平くんの自由。だって、わたしたちは蟻で相手は象よ。これは捨て身の作戦。下手したら一平くんにも迷惑がかかる。勿論、罪は全部わたしが被る。でもとても危険…… だから断ってもいいのよ。ぜんぜん平気。わたしちゃんとお店も頑張るし、一平くんにも協力する。約束する。でも、もしよかったら……」
まるで試験結果を覗き見るように怖々伺う彼女に、僕の答えは当然ひとつだ。
「うん乗った! 一緒にやろう」
「でも、迷惑かかるかも、よ……」
「何言ってるの、こんな面白い話、他にないよ! 絶対一緒にやらせてよ!」
「ホント? って、よかっ…… あ、ごめんなさ、ううん、ありがとう一平くんっ」
あの時の彼女の、桜が一瞬で満開になるさまが瞼に蘇る。
でも、お礼を言うのは僕の方だ。
「よしっ!」
ソファから身を起こすと立体モニターを起動させる。
そうして週末の開店に向けて新生『喫茶・ツインフェアリーズ』の公式ウェブサイトを作り始める。
と、僕のスマホが着信を告げた。
誰からだろう……
って、えええええええぇ~!
これって、この着信って、逮捕された父さんからじゃ!
序章 完
【あとがき】
どうも、お読み戴きありがとうございます。
さて、始まりました「高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!(旧題:さくらさんの復讐は、成功確率0パーセント?)」いかがでしょうか?
って言うか、いきなり何度も改題しちゃったりしてごめんなさい。
さて、本作は「なろう」連載ではありますが、今までより「連載を意識しないで」書いてます。どういうことかというと、アップする話の区切りを意識してないってことです。このため一話の区切りが「んんっ?」って場合があるかもですが、なるべく違和感ないように細工しますので、なにとぞご容赦を。
序章は一平とさくらの事実上の「出会い」と「誓い」まででした。もう一人の主要人物はまだ影も形も現れていません。(一瞬、影は出た、かもですが)そこは次章のお楽しみってことで。
さくらの性格はお読みの通りの性格で、これはこの物語の構想当初からほとんど変わってません。クーデレ? 捻デレ? いやまだデレてませんけど…… しかし次話登場のもう一人の主要人物は構想当初からがらりとタイプが変わりました。
総理の娘、どんな人物を想像しますか?
答えは次章をお待ちくださいませ。
と言うわけで、次章予告です。(もうやっちゃったみたいなもんですけど)
朝風総理の顔に泥を塗るため、父の店を再開した一平とさくら。
当初の目的を達成し満足するふたりの前にひとりの女子高生が現れる。
そう、彼女こそが……
次章・ツインフェアリーズは、このあたしが監視します!
も是非お楽しみに。
日々一陽でした。