第2章 第4話
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予想された言葉だったけど、意外な理由だった。
「三つ葉に来ませんか!」
彼女と別れて家への道を歩きながら、その時のことを振り返る。
「やっぱりそういうことなんだね。お母さんに頼まれたんだ」
「違います。これはあたしのお願いです。前にも言ったようにあたしは母から何も頼まれてません!」
「じゃあどうして? 僕が三つ葉に行っても君には何もいいことないだろ?」
「一平さんのためですっ! ツインフェアリーズを再開して、母の顔に泥を塗るという目的はもう達成したんでしょ! 国会でもあの演説は失笑ものだったと問い詰められ、母は発言を撤回までしたんですよ。だったらもういいじゃないですか! 何も意地にならなくても!」
「でも謝罪はなかった!」
さっきまでの楽しい空気は一変した。
「だってそれは…… 一平さんのお父さんは逮捕容疑を認めたんでしょ。摘発自体は問題なかったわけで……」
「問題だ! そもそもあの法律が問題だ!」
「一平さんが三つ葉に来ないのは、母が嫌いだから、ですか?」
「そうだ。もみじさんには悪いけど、絶対許さない」
「あたしが何を言ってもダメ、ですか?」
彼女はツインフェアリーズを再開した目的は知っていても、僕とさくらさんの誓いは知らない。それは、あの女への復讐。あの女のおでこに落書きをして、あの女を辞任に追い込む計画はふたりの最重要秘密事項だ。
「無駄だよ。悪いけど、三つ葉には絶対行かない」
「じゃあせめて、せめて、あたしの話を聞くだけでも」
「……」
彼女の真剣な眼差しに、僕は小さく頷いた。
「先週のこと…… お店が摘発された翌週のこと。珍しく母は早い時間に戻ってきて、そしてあたしに言うんです、「今日、2年に転校生が来たでしょう?」って。でも、あたしそんな話聞いてないから、知らないって答えたら、驚いたような顔をして…… そして、「きっと明日来るから」って言って。けれども次の日も、その次の日も、転校生は来ませんでした」
彼女は小さく深呼吸をする。
「結局、転校生は来ないまま週末になり、金曜遅く戻った母はネットを見ながら涙を拭いました。見ていたのはツインフェアリーズが再開するという小さな記事…… 勿論そのことで母が国会で責められたことは知ってました。でも、あたしには怒ってる風には感じなかった。母のあんな姿、初めて見た。だから……」
「君がどう感じたかは知らないよ。でも、そんなこと僕には関係ない。そもそもあんな法律つくって、父を逮捕して国外追放になんかしなけりゃよかったんだ!」
「それは………… ごめんなさい」
「あ、いや……」
「母は政治家です。人に恨まれることもしたのでしょうね。それは否定しません。あたしが謝って済むとも思ってません。だけど、あたしはそう感じたんです。あたしの話はそれだけです」
深く頭を下げて、最後に見せた笑顔は、とても悲しげだった……
日もとっぷり暮れた家へと続く広い道。
黒く沈んだ空を見上げてゆっくり歩くと、なぜか彼女のあの笑顔を想い出す。
あの女は絶対許せない。
なのに何、この罪悪感……
並んだビルの向こう側、街の灯に照らされて白い喫茶店が浮かんでくる。
いつもより重い足取りで店に近づいていくと、入り口の前に誰かが立っていた。
長い黒髪にすらりしなやかなシルエット。弱々しくこっちを向いた彼女に思わず駆け寄った。
「さっ、さくらさん! こんなとこで何してるの!」
「遅かったわね一平くん」
「遅かったって、どうしてここに立ってるのさ」
手に赤い鞄と白い傘を持った彼女は疲れ切ったようで。
「ごめん一平くん。お願いがあるの。不動産屋さんまで付き合って」
「何だよ、どうしたんだよ」
「お店が閉まるわ、歩きながらお話しましょ!」