第2章 第2話
学校からツインフェアリーズまでは地下鉄一本、20分もあれば着く距離だ。
「お~いっ、一平さ~んっ!」
店の前から大きく手を振り笑顔を向けるもみじさん。
「って、なんで私服?」
「だってデートだって言ったでしょっ。それとも一平さんはデートでもセーラー服がいいんですかあ? そういう趣味?」
「いや、そう言う趣味はないけど……」
ピンクのトップスに白いスカート、すっごく春っぽい装いの赤いツインテール娘。スラリと手足は長いのに、胸でかっ!
「あ、寄せて上げてるわけじゃないですよっ! ほらっ!」
と、手でさらに寄せて上げる彼女。
「って、なんで人の脳内読めるんだ?」
「視線でわかるよっ!」
「……(まずった)」
「じゃあどこに行きましょうか? あたしは一平さんのお部屋でもかまわないんだけど?」
「あ、いや、それは……」
「そうだよね~、いきなり男の人のお部屋でふたりきりって、ストーリーがない官能小説みたいだよね~!」
「官能小説、って、そんなの読んでるの?」
「読んでませ~ん。ラノベまでで~す」
「よかった、僕と一緒だ」
「そうだっ、一平さんって二次元厨でしたよねっ。じゃあ、雨も止んだみたいだし、一緒にアニメショップに行きませんかっ?」
と言うわけで。
僕らは二次元関連のお店が集中する方へと一緒に歩いた。
警戒する僕とは反対に、彼女はにこにこ愛想よくいろんな話を振ってくる。
「二次元よりリアルの方が面白くないですか? あたしはアイドルグループSTAPの合力くんとか好きですよっ!」
「ははっ、でもさ、もみじさんなら芸能人でもホントに付き合えるじゃないの?」
「あっ、う~ん。実際に喋ったらイメージと違って夢が壊れるとかあったらイヤだし。あくまでアイドルはアイドルでいいかな」
「そうなんだ。その点二次元は夢が壊れるってないんだよな。実際に会えることないし」
「なるほどっ! 二次元厨の気持ちも、ちょっと納得!」
「僕がリアル嫌いなのはさ。なんて言うのかな、現実の人間ってさ、誰でもその背中に背負うものが見えたり、欲望が見えたりするだろ? あれを見たくないのかもな」
「ふうん、一平さんって感性豊かなんですねっ……」
「それ、感性なの? って、着いたよ、ここだよ。この店知ってる?」
「『アニフレ』? もち知ってますよっ、ささ入りましょうよ!」
僕より先に歩き出す彼女。
店に入っても彼女の話は止まらない。今流行のアニメだとか、僕が好きなマンガだとか、お勧めのグッズだとか、笑顔で色々尋ねてくる。さくらさんと復讐を誓った(あの女)、のひとり娘。それなのに、なんだこれ、一緒にいて楽しい…… って、くそっ!
「欲しいものがあったらあたしが買ってあげますよっ?」
「いらねえよっ。僕だってちゃんと金くらい持ってるし」
「そ、そうですね、ごめんなさい。言い方が悪かったかなっ…… じゃあこれ、今日の記念にあたしからプレゼントしますねっ!」
「よせよ! 自分で買うからいいよ!」
「さっき、欲しいけど金がない、って言ってたでしょ。だから、さ、ねっ!」
彼女は最新のフィギュア、デフォルトされた2.5頭身の魔法少女・彩華ちゃん(らぶりい)を手にすると、あっという間にレジに出す。
「ちょっと待て!」
「大丈夫だよ、ちゃんとポイントカードも持ってるし」
「なんだ、常連じゃん!!」
「5400円になります」
5400円って言ったら平均的高校生の小遣い1ヶ月分だ。ちなみに20年ほど前にデノミネーションが実施され、今の1円の価値は150年前とほぼ同じだとか。
しかし…… これはまずい。
相手が(あの女)の娘だと言っても。これ、男としてどうなのさ! 人としてどうなのさ! 欲しいもの買ってもらってそれで済ませていいのか!
「ねえ、もみじさん。もみじさんも何か欲しいものない?」
「あ、そんなこと気にしなくてもいいよ……」
「魔法少女・彩華ちゃん(おたかい)を映像BOXで見てみたいって言ってたよな。お返しに買ってあげ……」
「うう~ん…… あの、もし一平さんが買ってくれるんなら、あたし、あのくまのマスコットがいい」
「えっ、さっき見てたワゴンセールのやつ?」
「そうそう、あれが可愛かった!」
「あれでいいの? 投げ売り8割引だよ」
「値段なんて関係ないもん、欲しいのは、あれ!」
「でも……」
「だって、あれだったらいつも持って歩けるよ…… って、ごめんね。別に無理に買ってもらわなくても……」
「これだよな!」
結局、180円の投資で5400円のフィギュアをゲットした僕は彼女と店を出る。
「嬉しいっ! これ、大切にするねっ!」
「本当にそんな安いのでよかったの?」
「あのね一平さん。こういうのって値段とか関係ないんだ。あたしこれ、鞄に付けて持ち歩くねっ! そしたらいつも一緒じゃん。一平さんもその魔法少女・彩華ちゃん(いとしい)を見たらあたしを想いだしてねっ」
「あ、え、ああ……」
なんだこれ。完全に(もみじルート)じゃないか!
このままラストシーンに突入しても不思議じゃない一方的な展開……
どうしよ!
「えっと、どうせ晩ご飯はカップ麺なんでしょ?」
「あ、うん。よくわかったね」
「昨日、毎日カップ麵だ~ ってボヤいてたじゃん! あのさ、そこのレストラン、美味しいんだ。一緒に食べない? あ、勿論お金は気にしなくても……」
「じゃあ、割り勘で」
「……う~ん。あたしお金はあるんだよ~ でも、わかった。まだあたし、信用ないんだね……」