第1章 第6話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日は一日中お客さんが引きも切らなかった。
この辺りには二次元関連のお店が多い。アニメショップにコミック・ラノベ専門店、コスプレショップにゲームソフト販売店などが集結している。メイドカフェもたくさんあるし、最近ではアンドロイドやロボットショップもたくさん出来た。言ってしまえばここは週末の街。週休三日が当然の今、金曜から土曜・日曜には通行客が激増する。そんな立地だからお店は繁盛。心配していた摘発によるダメージもほとんど感じなかった。
「もみじさん、ちょっといいかな」
「あ、はい?」
「今からちょっと話をしてもいい?」
「いいですよ」
「遅いってお母さんに怒られないよね?」
「母は滅多に帰ってこないし、大丈夫ですっ!」
その日、店じまいをするとさくらさんと3人で話をした。店のテーブルに彼女を座らせ、その向かいに僕とさくらさんが座る。って、何だこれ。真面目な話をしなくちゃいけないんだけど、何かドキドキするな……
「あの、さ。もみじさんがお客さんを大切にしてくれるの、すっごく嬉しい。だけどさ、上手に距離を取ることも必要だと思うんだ」
「上手に距離を取る?」
「そうよ。わたしたちは喫茶店のウェイトレス。お客さまに快適な空間を提供するのが仕事だけど、恋人ってわけじゃない。踏み込み過ぎるとややこしいことになるでしょ」
「ああ、コクられちゃう、とか?」
「そうよ。あなた今日だけで3回はデートに誘われてたわよね?」
「5回です(きっぱり)。でも全部ちゃんと断りましたよっ(きっぱり)」
「すげえなあ、1日5回って2時間に一回コクられてるじゃん!」
「一平くん、感心しない!」
やば。
悪魔さま、不機嫌だ。ここはビシッと言わないと……
「あ、あのさ。その…… コクられる前にそれを未然に防ぐのが重要なんだ。分かるだろ、断られたらお客さんだってイヤな思いをするわけだし」
「でもちゃんと「彼氏いますから、きゃはっ!」ってかわいくスルーしましたよ?」
「まあ確かに。むっちゃ爽やかな笑顔で断ってたね」
「一平くんまで納得しないで!」
「……」
悪魔さま、ちょ~不機嫌だ。
「ねえあなた、本当に彼がいるの?」
「いませんよっ。いたら週末バイトするわけないでしょ? 口からの出任せですよっ!」
それを聞いたさくらさん、はうっ、と溜息ひとつ。
「それ、最初はいいけど、やがて困ったことになるわよ。彼氏を見たいとか、本当かどうか確かめるためストーカーされたりとか」
その点、さくらさんは距離の取り方が抜群に上手い。
そもそも彼女は(手の届かない系美人)だ。男も迂闊にコクったりしない。そんな空気を察して逃げるのも上手い。挙げ句「わたし、女の子の方が可愛くっていいなっ」とか、さりげに百合アピールも使うし……
「う~ん、それはイヤだな~。学校ではみんなあたしの母が誰か知ってるし、困ったことする男子はいないんだけどな~……」
一方のもみじさん。彼女もまた男子に人気沸騰間違いなしのルックスだけど、さくらさんとは全然タイプが違う。さくらさんが(絶対手の届かない高嶺の花)ならば、彼女は(みんなの中心に輝く眩しい太陽)だ。それだけに周りに人を寄せつけてしまう。もちろん太陽に手を出すと確実にヤケドするのだが……
「ねえ、こうしたらどうだろう。さくらさんって時々「女の子しか興味ない」みたいなこと言って逃げてるだろ。だからさ、もみじさんも百合って設定にするんだよ。君たちふたりが愛し合ってるってことにする。あっ、もちろん店だけの設定だよ」
「「イヤです!」」
ふたりの声が重なった。
「ど、そうして……」
「「だってイヤだもん!」」
また声が重なる。
「店だけの設定なんだよおおおおおおお~っ!」
僕の叫びはふたりに軽くスルーされ。
「でも、話ってそんなことだったんですね。分かりましたっ」
そう言うや、急に居住まいを正したもみじさん。
「最初はわたしや母のことを根ほり葉ほり色々詮索されるのかなって思ったけど、全然違いましたね。そんなことなら、あたしにいいアイディアがありますよっ! でも、その前にひとつ確認。一平さんとさくらさんは付き合ってるんですか?」
「そ……」
「い、いや、そんなわけないだろ。釣り合わないよ! ほら彼女だって迷惑がってるじゃないか。それにさ、僕は魔法少女の彩華ちゃん(かわいい)が嫁だし、リアルは捨ててるし……」
「は~あっ、まったく…… でも、わたしだって男なんてみんなキライだから」
「よかった、だったら一平さんはフリーなんですねっ! じゃあこうしましょう。一平さん、あたしの彼氏になってくださいっ!」
「えっ?」
「聞こえませんでした? あたしの彼氏になってくださいっ!」
「ええええええええええ~っ!」
「ちょちょ、ちょっとあなた何言ってるのよおおおおおおお~!」
「おふたりとも立ち上がって、なにを口パクしてるんですか? あたしのコクられ対策ですよ。一平さんがあたしの彼氏ってことにしたら、店では絶対コクられませんよね」
「そそそ…… そ、それは、そう、だけど」
「もちろん店の中だけの設定、ですよ。口裏合わせてくれるだけで……」
「でもやっぱり、そんなのダメでしょ! 気持ちが通じていないのに恋人のフリなんて、すぐにバレちゃうわよっ!」
「じゃあ、本当に付き合ってくれますか?」
「は?」
「本当に付き合ってくれませんか?」
「えええええええええ~っ…………」
しかし僕の声はさくらさんにかき消される。
「んなあああああああああああああああああああ~っ!!」
「ちょっ、ちょっ、さくらさんも落ち付いて! 天井に向かって火炎放射しないで!」
「これが落ち付いてられますかあっ! いいですかもみじさん! 一平くんのお父さまは、あなたのお母さんによって国外追放の憂き目に遭ってるのよ! 一平くんだって彼女を凄く怨んでるの。だからこそ朝風総理が用意した提案なんか木っ端ミジンコに粉砕してこの店を再開したのよお。貧乏でも必死で生きていこうって立ち上がったのよおお~っ! それなのにいっ、父の敵の娘と付き合うとか、あり得ないでしょ~っ!」
「しかし、母とあたしは全くの別人ですよ? ぜ~んぜん別人格ですよっ?」
「そ、そ、そうやって、わたしたちの復讐心を鈍らせようとか、卑怯なやり方だわっ!」
「そう思うのなら…… わかりました。一足飛びにはダメだってことですねっ。じゃあ、先ずはあたしの片想いってことで!」
んなっ?
「ちょっと待ちなさいよおおお~っ!」
「でもさくらさん、あたしの気持ちはあたしの自由、ですよねっ!」
「そ、そ、そんなこと言ってもわたしたちの恨みは、わたしたちの決意は絶対変わらないわよっ!」
「ええ、分かってますよ。あたしもそんな回りくどいことしませんよっ。あたしはただ本当に一平さんにすっごく興味があるだけですからっ!」
「だあかあらあっ! なんでそんなことを平気で言うのお~っ!」
どどどどど、どうしよう。
何か言わなきゃ、でも、考えがまとまらないよ……
と、もみじさんは楽しそうに立ち上がるとぺこり頭を下げた。
「じゃあ帰ります。また次の金曜日にねっ、一平さんっ!」
「あ、ああ……」
「ちょっ、ちょっ、ちょっとおおおおお~っ…………」
彼女はそのまま歩いて行くと、笑顔で手を振り店を出て行った……