序章 第1話
序章 そしてふたりは復讐を誓った
からんころんころん……
いちごケーキの甘酸っぱい香りに、楽しく弾む会話たち……
昨日まで賑やかだったこの店には、しかし、もう、誰もいない。
目の前には散らかったままの白いテーブル、白い椅子、白い食器。
奥の壁には、ほうきに乗った愛する魔法少女・彩華ちゃん(ポスター)。
「僕はもう、お終いなんだね、きっと……」
郵便受けに突き刺さる新聞を抜き取ると一面の文字が飛び込んでくる。
21**年4月2日
日日新聞 朝刊
『二次元愛禁止法』はじまる!
~早速、違反摘発~
正しい恋愛を推進し、間違った愛の形を矯正する『二次元愛禁止法』がついに施行された。朝風総理の大号令による人口減少対策三法(他のふたつはBL禁止法、百合禁止法)は止まらない人口減少を背景に強力な罰則付きでスタート。早速、違反店舗が摘発された。
こんな女っ!(びりっと顔面を破く)
こんな新聞っ(ぐしゃっと丸めて叩きつける)
このっ、このっ、このっ!(踏んで踏んで、踏みつける)
……っ、はあはあはあ、はあはあはあ。
悔しい。
昨日、この店はあの女に潰された。
二次元愛禁止法違反の汚名を着せられ、父の店は突然の強制捜査を受けたのだ。
父は逮捕、店員さんもバイトさんも、もちろん僕も、みんな連行された。
しかし、捜査本部で僕たちを待っていたのは、思いがけない待遇だった。
「赤月一平、都立星ヶ丘高校の2年生だな」
「……はい」
気だるそうに、義務感だけで取り調べするおっさん。
「まあなんだ、お父さんが罪を犯したとは言え君はまだまだ未来ある高校生だ。これは名門・三つ葉高校への転入書類。養育者を失った君のため朝風総理は学費も寮費も全てに特別奨学制度を適用してここに通うことを許された。この欄にサインしてくれ。しかしこんな厚遇、俺も今まで見たことないぞ。朝風総理に感謝するんだな」
日本の人口は急激な減少を続け、今年は遂に800万人を切っていた。
東京の人口は80万人、人口減少を食い止めようと子供や若者には手厚い保護がある。だから、父が逮捕されても僕には最低限の生活は保障されるはず。そうは言っても、三つ葉高と言えばお金持ち御用達の超名門私立校だ。生まれも育ちも教養も遙か雲上のヤツらが通う学校。そんなところへタダで行けだとか、まったくの予想外だ。
だけど、僕は即答した。
「お断りします」
「どうしてだ、こんないい話」
「そんな懐柔策なんかにのりませんよ!」
父の店を世間への見せしめにして、虫けらみたいに叩き潰した、あんな女の話なんか信じられるか、クソ喰らえだ!
「そうは言っても、困るのは君自身だぞ?」
「父を、そして僕たちの店をこんな風にしたのは朝風総理です。そんな女の話なんか、僕は死んだって受けませんっ!」
「そうかあ? しかしなあ、朝風総理は他の店員さんたちにも破格の待遇を用意しておられるぞ」
父だけはまるで凶悪犯のようにどこかへ移送された。
しかし、他のみんなには今よりすっと好条件の仕事が紹介されている。そして店員さんもバイトさんも、みんなそれを受け入れた。父のことは気遣ってくれたけど、みんな喜んで受け入れた。誰にだって生活がある。家族がある。守るべきものがある。店のせいで迷惑はかけられない。だから僕は祝福した。心底良かったって思っている。
しかし、僕はイヤだ。死んだってイヤだ。
お金はない。
アテもない。
食べていける手立てもない。
見事なまでのないない尽くし。
それでも誰が、あんな女の温情なんかに頼るもんか!
何度も何度も、執拗に勧められる奨学制度を僕は頑なに拒絶した。
「あたし、明日から駅前の宇宙旅行代理店で働けるのよっ」
「わたしは映像制作の助手。憧れてたんだっ!」
父以外はみんな無罪放免となった。
「皆さん良かったですね」
一緒に働いてくれた店員さんやバイトさんに、僕は精一杯の笑顔を向ける。
「……ねえ、そう言う一平くんは?」
「大丈夫です、安心してください。僕も国費で生活できるって話、でしたから」
だけど、みんなにはウソを答えた。
みんなと笑顔で別れるために。
ありがとう、そして、さようなら……
一夜を明かし、昼を過ぎてやっと放免された僕はひとり、誰もいない店へと戻る。
白を基調に明るく広く、いつも楽しかったメイド喫茶・ツインフェアリーズ。
しかし今は、椅子も食器も伝票すらも見るも無惨に散らかされたまま。窓の外を行き交う人も穢れたものを見るように一瞥だけして通り過ぎる。僕は屈辱に耐えきれず純白のカーテンを閉めた。
ふと見上げるアニメのポスター、僕の愛する魔法少女・彩華ちゃん(可愛い)も、心なしかそっぽを向いて。
「はう~っ」
それにしても。
ひとりって、こんなに心細いんだ。
「ねえ彩華ちゃん(やさしい)ってば、やっぱり僕は、もう終わりなのかな……」
「……」
いつも僕に元気をくれた魔法少女の彩華ちゃん(楽しい)、しかしポスターの中の彼女ですらも、ほうきに乗って知らんぷり。
「…………」
ま、そりゃそうだ。
「はうっ…………」
しかしまったく、いやはやなんとも。
強がりだけで、何も考えちゃいなかった。
父はいないし、貯金もないし、親戚なんて知らないし。
総理の温情なんかクソ喰らえって、タンカを切って帰ってきたけど。
きっともう、終わりなんだ。
これから永遠の夜が始まるんだ。
ああ、腹減った……
コンコン コンコン
誰だろう。
興味本位のマスコミか?
「取材ならお断りです」
「一平くん?」
「……(女の人?)」
ドアを開ける。
からんころんころん……
と。
(ええええええええええ~っ!)
「やっぱり店にいたんだ、一平くん」
「って、二畳院さん!」
ここまでお読み戴きありがとうございます。
最初の数話は毎日投稿予定で、以降、不定期の見込み(たぶん週末更新)です。
これからも是非お楽しみのほどよろしくです。
作者謹白