この不思議過ぎる異世界転生は、俺の妹愛を結実させようとしている
ある朝、目覚めると見慣れない天井が目に飛び込んできた。
「あ、お兄ちゃん、やっと目を覚ましたんだね!」
聞き慣れないブサイクな声の方に目を遣ると、そこには見慣れないブサイク顔があった。
「ここはどこだ?」
「ここはファットア領のブエノ村」
「お前は誰だ?」
「あなたのブサイクな妹、メリーンよ」
「俺は誰だ?」
「この村の青年、カーズィーよ。というか、お兄ちゃん、なんで今更そんな当たり前のことを訊くの?寝ボケてるの?それとも、異世界から転生してきたの?」
そうか!俺は異世界から転生してきたのか!
俺は鏡で自分の顔を確認する。普通の見た目だった。
俺は異世界で、ハーレムではなかったものの、すごい日常を過ごした。
あんなことやこんなことが俺に降りかかってきたが、あんな手やこんな手で切り抜けた。
モンスター的なものが襲ってきたときも、魔法的なものでたくさん倒した。
なぜだか滅亡しそうになっていた世界も、なんとなく救った。
俺はこのすごい日常の中で、偶然、一人の素敵な女性に出会った。
ホワイティである。
彼女の見た目は普通だったが、性格が最高だった。
ホワイティは、俺とは偉人伝記の関係だった。
ホワイティは、亀の手のように痒いところに手が届く存在だった。
俺とホワイティは結婚した。
それはそれは幸せな結婚生活だった。
結婚したら、コウノトリが子供を運んできた。
ある日、驚くことに、生まれたばかりの子供が俺に話しかけてきた。
「カーズィー、あなたはこの世界に転生する前は八鳳和生だったの」
「言われてみるとそんな気がする」
「それから、ホワイティは、この世界に転生する前はあなたの妹、八鳳真白だったの」
「そうだったのか……」
その瞬間、俺は現実世界に舞い戻った。
俺はこの異世界転生で3つのことを学んだ。
1つ目。妹が可愛いのは当たり前のことではない。
現実世界で真白という超絶美少女を妹に持った俺はすごく恵まれている。
2つ目。俺は普通の見た目だったら、全くモテない。
現実世界でちょっとイケメンだからといって調子に乗るのはもうやめよう。
3つ目。俺は異世界で真白と幸せな結婚した。
現実世界でも真白と結婚するべきだ。
俺は、真白を六本木ヒルズの最上階に呼び寄せると、5000カラットの指輪を差し出し言った。
「結婚しよう」
(了)
…………………………
「おい、真白、この稚拙な文章はなんだ?」
俺は、正座をして洗濯物を畳む真白の鼻先に、ホチキス止めされた5枚の原稿用紙を突きつけた。
「おぉ、お兄ちゃん、『この不思議過ぎる異世界転生は、俺の妹愛を結実させようとしている』を読んでくれたの!?どうだった!?」
真白が目をキラキラさせる。
明らかに俺からの好意的な感想を待っている。
「この文章を一体どうするつもりなんだ」
「『菱川あいず』のアカウントを乗っ取って、なろうに投稿する」
悪い予感は、最悪の方向で当たっていた。
「お兄ちゃんを私の旦那さんにするためには、もうこの手しかないと思って。お兄ちゃんは小説の一キャラクターに過ぎない以上、一度投稿されてしまったストーリーには絶対に逆らえないでしょ!?」
「やめろ!!メタ過ぎるだろ!!絶対にやめろ!!」
悪魔のように引き笑いをする真白のほっぺたを筒状に丸めた原稿用紙で叩く。
それでも、真白は笑うのをやめなかったので、俺は真白を現実に引き戻すための言葉を吐き掛ける。
「真白、お前が書いた小説、かなり酷いぞ」
「え???」
真白は既に畳んであった洗濯物を宙に放り投げるという、如何にもコメディーらしい方法で驚きを表現した。
俺は、真白の右手に無理やり原稿用紙を握らせる。
「まず、冒頭のシーンを読んでみろ」
「え??わ…分かった」
…………………………
ある朝、目覚めると見慣れない天井が目に飛び込んできた。
「あ、お兄ちゃん、やっと目を覚ましたんだね!」
聞き慣れないブサイクな声の方に目を遣ると、そこには見慣れないブサイク顔があった。
「ここはどこだ?」
「ここはファットア領のブエノ村」
「お前は誰だ?」
「あなたのブサイクな妹、メリーンよ」
…………………………
「転生先の妹の容姿の醜悪さを強調したいという意図は分かるんだが、表現が強引すぎる。『ブサイクな声』ってどういう声だ?『ブサイク顔』って何だ?メリーンは、なぜ自分自身のことを『ブサイクな妹』と名乗ってるんだ?」
「お兄ちゃん、私に文才がない、って言いたいんでしょ!?失礼だよ!!言っとくけど、私に文才がないわけじゃなくて、読解力の低い読者のために、わざと端的な表現を使っただけだからね」
「おい、真白、失礼なことを言うのはやめろ!!読者様は神様だぞ!!」
それから、と俺は指摘を続ける。
「この冒頭部分にはもう一つヤバイところがある。真白、『ファットア領のブエノ村』という言葉はどこからとってきたんだ?」
「うーん……どこだったかな?忘れちゃった」
「おそらくだが、真白、この小説を書くに当たって、なろうで総合ランキング1位の作品を読んだだろ」
「そうそう。参考にしようと思ってね」
「参考どころじゃない。転生先の地名がモロパクリだ」
「マジで!?うっかりしてた。てへぺろ」
真白が真っ赤な舌を出す。
「てへぺろ、じゃ済まされないからな!!『無職◯生』は、この世界では聖書よりも偉大な書物だからな!!くれぐれも冒涜するな!!」
真白はうーんと唸ったが、渋々ながらも納得したらしく、抽斗からペンを取り出すと、原稿用紙に斜線を引いた。
「お兄ちゃん、指摘ありがとう。冒頭部分を修正しておくね」
「真白、言っておくが、修正すべきなのは冒頭部分だけじゃないからな」
「えーっ!!?お兄ちゃん、辛口過ぎるよぉ。感想欄の『気になる点』しか埋めないタイプでしょ!?」
「つべこべ言わず、続きを読め!」
…………………………
俺は異世界で、ハーレムではなかったものの、すごい日常を過ごした。
あんなことやこんなことが俺に降りかかってきたが、あんな手やこんな手で切り抜けた。
モンスター的なものが襲ってきたときも、魔法的なものでたくさん倒した。
なぜだか滅亡しそうになっていた世界も、なんとなく救った。
…………………………
「なんだ?この全般的に雑な文章は?」
真白がしたり顔で答える。
「異世界転生なんてどれも大体こんな感じのストーリーだから、細かく書かなくても読者に伝わるかな、って思ったの」
「今日の真白は多方面に敵を作ってるな!?夜道で背後から刺されないように気を付けろよ!?」
「じゃあ、どうすればいいの??」
眉間に皺を寄せて思い悩む真白には辛い現実だが、異世界転生小説は奥が深いので、決して一朝一夕で書けるものではない。
そんな簡単に書けるのであれば、菱川あいず先生もとっくに書いているはずである。
俺は問題を棚上げにすることにした。
「とにかく、まだまだ直すべきところはたくさんあるから、次を読め」
…………………………
ホワイティは、俺とは偉人伝記の関係だった。
ホワイティは、亀の手のように痒いところに手が届く存在だった。
…………………………
「真白、『偉人伝記』って一体何だ?」
「ん?お兄ちゃん、四字熟語が分からないの?頭悪いの??」
俺は真白の顔面を思いっきりグーで殴りたい衝動を必死で抑えた。
「一体誰の半生を描くんだ?エジソンか?ヘレンケラーか?『以心伝心』の間違いだろ?」
「あぁ、そうとも言うね」
「そうとしか言わないからな!!それから、真白、『亀の手』ってなんだか分かってるか?磯にいる貝だぞ。『亀の手』で痒いところを掻いたら出血するぞ。正しくは『孫の手』な」
「お兄ちゃん、正しいことが常に真実だとは限らないよ」
「哲学的なことを言って煙に巻こうとするな!次だ!次!!」
…………………………
俺とホワイティは結婚した。
それはそれは幸せな結婚生活だった。
結婚したら、コウノトリが子供を運んできた。
…………………………
「真白、『コウノトリ』っていうのはどういうつもりなんだ?」
「え?違うの?子供ってコウノトリが運んでくるんじゃないの?」
「今更ピュアぶりやがって……。前作で、媚薬を使って俺に無理やり子作りさせようとしてきたことは帳消しか?」
「うーん……お兄ちゃん、ここも直さなきゃダメ?」
「いや、ここは別に直さなくていい。今作はR指定を付けてないから、小さい子供が読んでくれる可能性もあるからな。次にいこう」
…………………………
驚くことに、生まれたばかりの子供が俺に話しかけてきた。
「カーズィー、あなたはこの世界に転生する前は八鳳和生だったの」
…………………………
「ん?お兄ちゃん、ここのどこがマズイの?やっぱり、生まれたばかりの子供が話しかけてくるのはオカシいかな?」
「オカシくはない。創作的にはアリだ。ただ、たまたま菱川あいず先生の過去作に似たような展開があるんだ」
「それはヤバイね!芸のない作者だと思われちゃう!!じゃあ、次!!」
「なんでお前が進行してるんだ?まぁ、良いだろう。次で最後だ」
…………………………
俺は、真白を六本木ヒルズの最上階に呼び寄せると、5000カラットの指輪を差し出し言った。
「結婚しよう」
…………………………
「感動のストーリーだね!!……これのどこかオカシいの?ちゃんと今年の流行語も使ったよ?」
「そういう問題じゃない!!俺は何があっても真白にプロポーズはしないからな!ありえない事実を勝手に創作するな!!」
半べそをかく真白に、俺は更なる追い討ちを掛けた。
「それと、1カラットは200mgだから、5000カラットだと1kgだ。そんな重い指輪を付けたら、確実につき指するぞ」
「わぁぁぁぁーーーーん」
赤ちゃんのように声を張り上げて、真白が大泣きする。
「お兄ちゃん、小説って難しいよぉ」
俺は真白の肩をポンっと叩く。
「そうだ。小説を書くということはとても難しいんだ。なろうの作家もみんな試行錯誤を繰り返して頑張ってるんだ。ブックマークを一つもらうために、血も滲むような努力をしているんだ。真白もなろう作家になりたいんだったら、臥薪嘗胆の日々を覚悟するんだな」
真白の涙が急に引いた。いないいないばあのような急激な表情の変化だった。
「っていうか、別に私が小説を書く必要ないじゃん!菱川あいず先生に私とお兄ちゃんがゴールインする話を書いてもらおう!あいず先生はJK大好きだから、私がちょっと色目を使って頼めば、きっと応じてくれるはず」
「おい!!根拠もなくあいず先生をロリコン扱いするな!」
「根拠ならあるよ。あいず先生は大学生の頃……」
「やめろ!それ以上言うな!!書くから!!次回作をちゃんと書くから!!」
「なんで、お兄ちゃんが『書く』って断言できるの?お兄ちゃんはあいず先生の気持ちが分かるの?」
「あぁ、分かる。アラーの言葉を伝えるムハンマドみたいな感じだ」
「じゃあ、あいず先生はどこにいるの?」
俺は天井を指差した。
「あいず先生!!次回作よろしくね!!」
真白は天井に向かって、大きくウインクをした。
(了)
この作品に目を通して下さり、ありがとうございます。
この作品を多くの人に見てもらいたいので、もしよろしければブックマークや評価を下さい。よろしくお願いします。
いやあ、菱川作品史上最大の悪ふざけでしたね(苦笑)
おそらくは、現在「殺人遺伝子」というシリアス系ミステリーを毎日投稿している中で、シリアス疲れしてしまったんでしょうね。ふざけたい欲が爆発したんでしょうね(苦笑)
なお、僕の大学時代には、真白ちゃんに告発されるとマズイような汚点はありません。断じてありません。本当の本当にありません。
ただ、真白ちゃんを黙らせる必要はありますね。いずれ次回作は書きたいと思っています。