心と身体 外伝 結婚式前日 その裏で
短編作品「はじまり」及び「婚約へ」の後のお話になります。
先にそちらをお読みになる事をお奨め致します。
「ああああああーちくしょー―――――――」
「うっさいわねー、もういい加減諦めなさいよ」
食堂の片隅で、目の前で叫んでるこいつはライナルト・ゾンバルト。ゾンバルト伯爵家の嫡子だ。
「諦めきれねぇよ…」
「エリーゼの結婚式はもう明日よ? そもそも勝負になってなかったんだから仕方ないわよ」
「うああああああああああああー 三年あれば、まだチャンスはあるって思ってたのにー―――――――」
「あるわけないでしょ」
ま、諦めきれないのもわかるけどね。
エリーゼが婚約前の顔合わせに行った翌日、彼女が教室に入ってきた瞬間のあの教室のどよめきは今でも覚えている。
表情から、冷たさが一切消えて、別人かと思うほどの朗らかな笑み。雰囲気が明らかに違っている。
普段から見慣れたはずの彼女に、女の私ですら見惚れた程の衝撃が走った。
それまでも確かに彼女は美少女と呼んで差し支えのない見目をしていた。
けれども、それは『人形』と揶揄される事もある冷たい美しさ。
私は外観だけではない、彼女の内面の何かに惹かれて親しい友達として居られたけれども、そうではない人達は彼女を遠巻きに眺めているだけだった。
傍から見れば、近寄るものを凍り付かせるのでは無いかと錯覚させる程の氷の美少女…それが彼女だった。
けれど、今の彼女は内面に隠れていた優しさや美しさが一気に溢れてきている。
『人形』と揶揄された彼女はもういない。
代わりにいるのは押しも押されもせぬ天使のような美少女。
これは、これから騒がしくなりそうだ…そう思った。
真っ先に彼女にアタックしたのはライナルトだった。
それはそうだろう。
『人形』の頃から友達として彼女の近くに居たのだ。
そういう意味では、彼以外にその資格は無いとも言える。
彼以外にも、彼女の婚約相手が男爵家の者と聞いた爵位の高い家の連中もこぞって彼女に求婚した。
それはもう休み時間の度に教室前に列が出来るほどに。
でも、ま、無理ね。
私に婚約者の事を話す彼女の顔を見ればそんなのは一発でわかる。
キラキラと目を輝かせながら表情は朗らかに頬を赤く染め、婚約者殿の良さを語る度にその言葉に自分で照れながらくねくねと体をくねらせる彼女…
なに?この可愛い生き物。お持ち帰りしていいですか? …何度そう思った事か。
女同士でもいい…そんな馬鹿な事すら思わせた彼女の輝かんばかりの笑みは、全てその場に居ない婚約者殿に向けられたものだった。
これを見て、まだ彼女に振り向いて貰える余地があるなんて、欠片も思わない。ざまぁ。
勿論ライナルトも振られた。
返事が、ずっと友達としてしか見てなかったし、これからも友達でいたい…とか…天使のくせに天然小悪魔か、エリーゼは。
彼だけは元々の立ち位置が違っていたから、ちょっと可哀想だったのと同時に、少しほっとしたのはこいつには内緒だ。
しばらくは立ち直れないライナルトに優しくしてあげた。
しばらくよ、しばらく。
「明日は祝ってあげなさいよ?」
「……わかってるさ」
「でも早かったわね。学生結婚するとは思わなかったわ」
「ああ…」
それは高等部にあがってすぐの事だった。
「アルマ様聞いて、わたくし、結婚する事になりました」
そう聞いたときは流石に耳を疑った。
流石に結婚は学園を卒業してからだと思っていた。
「は?結婚?」
「ええ。誕生日にあわせて結婚式をしますから、アルマ様も出席してくださいね」
満面の笑みで肯定された。
彼女の誕生日は七月… 後三ヶ月程度… これ、準備ギリギリじゃない?
じゃなくて
「ちょ、ちょっと待って… まだ早くない?」
「早くないですよ。むしろ中等部卒業までよく待てたと自分を褒めてあげたいくらいですし」
「いや、あの…」
「確かに彼にも学園を卒業するまで待とうって言われましたけど」
「でしょ?」
まともな男ならそう言う筈。まともで良かった。
「でも丸一日説得…いえ、お話ししたら解って貰えました」
「エリーゼそれ、普通にお話ししたのよね?」
「普通ですよ? あ、愛は込めましたけど」
「………そう…」
あのキラキラ笑顔で一日説得されて断れる自信は私にも無い… というか、むしろよく一日持ちましたね、婚約者殿…流石です…
「学園は退めるの?」
「退めませんよ?卒業はするようにと言われましたし」
人妻になったエリーゼと毎日のように顔を合わせるとか、ライナルトにダメージでかそうだなー
となると、一応聞いておこうかな。答えはわかってるけど。
「学園へはどこから通うの?」
「もちろん結婚したら夫婦ですし一緒に住みますから、彼の家から通いますよ」
ですよね。そう言うと思ってました。
「あー、ライナルトには私から言っておくわ」
「え?大事なお友達ですし、わたくしから伝えますよ?」
「いや、エリーゼから言われたら、あいつその場で発狂するかもしれないし」
ん?という顔で首をかしげられた。
いいのよ、貴女はずっとそのままでいて。
「いいから、あいつには私の方から伝えるわ」
「よく解らないですけど、それではお願いしますね」
「任せて。よーく伝えるから」
「あの時のあんたの落ち込みっぷりったら無かったわ」
「うっせ」
「しっかりしなさい。明日はあんたが私をエスコートして行くんだからね」
「は?聞いてない」
「今、言ったわよ」
「………………なんで俺?」
「ほ…他にいないんだから仕方ないじゃない」
「そんな事ないだろ。お前くらい美人なら他にエスコートしたい奴なんていくらでも――――」
「あんたがいいの!」
「は?」
え? 私、今、何言った?
「なっ…な、な、なんでもない!忘れろ今の!」
「…いや、お前………趣味悪いな」
「え?」
「つい、今の今までエリーゼって言ってた俺だぞ?」
「う…」
「わかった、明日はしっかりエスコートさせて貰う。でも返事は待ってくれよ」
「………わかった」
「ありがとな」
「うん…」
顔が熱い…多分真っ赤だ… 見るなバカ………
「じゃ、教室に戻ろうぜ」
そう言うと、あいつが手を伸ばしてきた。
私はその手を繋いで、一緒に教室に戻っていった。
そんなどうでもいいお話し。
7/18 最後の会話を微修正