第七話:然木式!オバケを引き離す三つの方法(一)
第七話は二つに小分けしてあります。
「ふむ、なるほどな……それは実に不思議な話だ」
あらかたを涼介から聞いて、笑海は顎に手を添えてうんうんと頷く。
話している間に担任の先生が入ってきたが、笑海の席が涼介の一つ前ということもあり、二人はそのまま小声で会話を続けていた。
「なかなか面白い。面白いのだが……惜しい。いかんせんレーザーラモンの下りはいただけない」
「いやレーザービームな。ハードでもなんでもないから」
「その辺はちっとばかしSFが過ぎる。ボクは少し不思議な話は好きだが、すこぶる複雑な話は苦手なのだ」
「そもそも事実を話してるだけで、お前好みの話してるんじゃないんだけどな……」
幽霊系統に詳しそうな唯一の知り合いに少なからず期待していた涼介だが、この微妙な論点のズレ感に疲弊しそうになっていた。
だがすぐに、ポンポンと肩を叩かれる。
「そう落ち込むな、冗談だ。で、その幽霊とやらはここいるのか?」
「あ……ああ、僕のすぐうしろに」
と、ここですでにいい予感はしていなかった。
あのクールだがお喋りなめいりが、この場で一言も発してないことが不自然だったのだ。
「今は、あの辺にいる……」
そして涼介は教室の一番前、黒板付近でウロウロしている幽霊を指さした。どうやら教室ほどの広さぐらいだと、端から端まで離れても謎の壁には達しないらしい。
「ふむ、お前以外の人間には見えないということか……。それは不思議だ、わくわく」
「口でわくわく言うな」
おバカな級友にツッコみつつも、めいりが何かしでかしやしないか、どうやって彼女を呼び戻そうかと焦る涼介。
だが、そんな不安は川に水が流れるがごとく、当たり前のように的中することとなる。
「せ、先生、先生ぇー!」
突然、一番前の席の女生徒が慌てた様子で手をあげた。
「んん? そんなに慌ててどうしたー? 小便かー?」
その一言で教室中がどっと沸く。その女生徒の顔だけがボッと沸いた。
二年Cクラスの担任である三十代前半の男性教師。担当科目は体育。中肉中背でやや強面の先生だが、その非常に大らかな性格が密かに生徒の人気を集めている。
「ち、違いますー! それより先生! あれ見てください、あれ!」
抗議しつつ叫ぶ女生徒。彼女が指さす方向、ちょうど黒板の端にある机。
「黒板消しが勝手に、黒板消しクリーナーの上を往復してるんですぅーっ!」
「「な、なにぃぃーーーっ!?」」
叫ぶクラスメイトたち。
その声の先で、白い幽霊少女が黒板消しをキレイにしていた。
それはそれは丁寧に、クリーナーの上を前後に滑らせて。涼介以外の人間から見れば、さぞポルターガイストなことだろう。
「ほ、ほんとだ……」
「なんで……怖いんだけど」
「どうなってんだあれ……!」
「はっはっは、そんなことあるわけが……あったな! はっはっは!」
次々に声を漏らす生徒たちと、愉快に笑う担任。涼介は頭を抱えこんた。
「あいつ……さっそくやってくれやがる……」
「おい柳瀬、あれが噂の幽霊か? すごいな……」
笑海は意外にも冷静な表情で前を見つめている。……いや、よく見れば口の端がヒクついていた。嬉しくてたまらない時に出る彼女の癖だ。
「これは要保存だ。ケータイは……ない! ノートに記録するか……? いや脳内保存が一番リアルに再生できるかも……」
ゾーンに入ってしまった笑海はいったん放っておいて、涼介はいまだ恐怖と驚きにざわめく教室内をそうっと前進。そのまま黒板の端まで行き、
「あ、涼介。見て見て。さっきまで汚かったコレ、こんなにキレイに……ぐぎゃっ」
めいりの首根っこを掴んで自分の席まで引きずり戻った。
うぎゃーと唸りながら教室のうしろまで連れられ、めいりは不機嫌そうに肩をすくめる。
「掃除してただけなのに……」
「めいりはここの生徒でもないし幽霊なんだから、そんなことしなくていいんだよ……」
「……今度、涼介の机をチョークの粉だらけにしてあげる」
「なにそのリアルなイジメ!?」
底なしのジト目で睨まれる。めいりはわりと根に持つ性格のようだ。
「ともかく、騒ぎになるからここで大人しくしててくれ……」
「……」
めいりの無言の抗議をあしらう。黒板消しの動きが止まった今も、教室中はざわめきに満ちていた。
その状況に溜め息を吐きながらも、涼介は笑海に向き直った。
「然木、今のでわかったか? 残念ながらとり憑かれてるのは事実なんだよ……」
「いやはや、いいものを見せてもらった。まあ、ボクは端から疑ってはいないが」
そう言って笑う笑海の顔は、ものすごく満足そうだった。お肌も心なしかつやつやしている。
「はっはっは! よーし、黒板消しのことは明日までにレポートにまとめておくように! じゃあ次の連絡だ」
「「ええぇーーっ!?」」
そして担任の無理矢理なHR進行、さっきまでとは意味の違う叫びによって、教室内は少しずつ日常風景に戻る。この時ばかりはサバサバした性格の担任が逞しかった。
「……んでだ。本題はここからなんだが、この幽霊をできるだけ早く引き離す方法、それを知りたいんだよ」
涼介は笑海に小声で話し続ける。
「ふむ……もったいないな。せっかく貴重な体験をしてるというのに」
「いや、僕は平穏な日常を取り戻したいんだよ」
そこは譲れない。そして、その思いは今の騒動でより強固となった。
「そう言うなら仕方ないか。まあ、結論から言えば……方法はある」
「なっ、ほんとか?」
思わず身を乗り出す涼介。さすが『歩く噂話(ただしオカルトに限る)』の二つ名を持つ然木笑海。その手の話にはとことん強い。
「ああ、お前が今すぐ死ぬことだ」
「……」
「それが一番手っ取り早い方法だ」
「ん、無理」
昨晩に続き即答。涼介と笑海はしばらく無表情のまま顔を見合わせる。
「やはりそうか」
「当たり前だ」
涼介はまだ十七歳なのだ。まだまだこれからなのである。
「やっぱり……他に方法はないのか?」
「まあ、早急に解決するとなれば、やはり死ぬのが一番だな。だが、少々時間がかかってもいいのなら……あと二つほど方法がないでもない」
「うんん……まあ仕方ないな。その方法を聞かせてくれないか?」
「うむ」
そして、笑海は説明をはじめた。