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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第二章:ツきまとう。
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第五話:朝のひととき



 残暑飛び交う九月にしては不自然なほど、寒い。


 違和感を覚えて目を開くと、薄暗い自室の天井が視界に広がった。その端では目覚まし時計の短針がちょうど数字の“6”を指していた。

 どうやら昨日はエアコンをつけたまま寝入ってしまったらしい。喉が少しいがっぽい。それに床で寝ていたこともあって体のあちこちが痛い。


 一人暮らしをはじめて一年と半年ほど。小さい頃は寝ぼすけだった涼介も、今ではすっかり早起きになっていた。


 いまだ惰眠を求める体をなんとか動かし、涼介は寝ぼけ眼のままベッドに這い上がる。やや乱暴にカーテンを開くと、東の空から鋭い日射しが舞い込んできた。朝日を浴びて徐々に意識が覚醒してくる。

 薄い青で覆われた空には雲一つない。外で鳴くセミの声も全盛期に比べ幾分和らいでいた。

 ようやく秋らしくなってきた、そう思った。


「学校行くにはまだ早いけど、もう朝ごはん食べちまおうか……なぁぁっ!?」


 ベッドから降りようとした涼介だったが、突如左のふくらはぎに生温かい感触が走り、思わず声をあげてしまう。

 目を見開いて足元を見下ろすと、そこには真っ白な長い髪があった。ぼさぼさで、ところどころはね上がってはいるが、それでも糸のように綺麗な髪だ。


「はむはむ……」


 昨日出会ったばかりで昨日涼介にとり憑いたばかりの少女だった。

 そんな彼女は今、寝たままの状態で涼介の左ふくらはぎにぎゅっと抱きつき、そのさくらんぼのように赤い唇ではむはむと甘噛みしている。


 昨日のことはやはり夢ではなかったのか。一瞬落胆する。だがすぐ、足に伝わる気色悪い感触によって意識が呼び戻された。


「おい、起きろ! そして舐めるな! くすぐったい!」


 少女の頭をぺしぺしと叩く。だが寝ぼけているのかまったく効果がなかった。


「はむむ…………がぶ」

「あんぎゃぁぁあっ!」


 それどころか、今度は歯を立ててがじがじとかぶりはじめた。


「いでっ、いででっ! こら、はなせ……! 噛むな!」


 少女めいりの両肩を掴み全力で引き剥がす。涼介の左ふくらはぎに綺麗な歯形が刻まれていた。

 ようやく咀嚼をやめためいりは、しばらくキョトンとした様子で座り込んでいたが、


「えっと……りょう、すけ?」


 昨日の出来事を思い出したのか、眠そうな猫声で涼介の名を頼りなく呼んだ。


「ああ、そうだよ。おはよう」

「おはよう」

「今から朝ごはん作るんだけどさ、めいりって、食べるのか?」

「わたし……食べる? 涼介……わたしを食べたいの?」

「は……?」


 突然の質問にぽかんと口を開く涼介。どうやら、めいりはまだ眠りの国から戻りきっていないようだった。青藍せいらんの瞳が宿す光も力ない。


「まさか……わたしが寝てるあいだにすでにごちそうさま?」

「いやいや待て待て、なぜそんな話題に。僕はただ、幽霊でもご飯とか食べるのかなって聞きたかっただけだ」

「わたし……食べたくないの?」

「うっ……」


 いくら寝ぼけているとはいえ、健全な青少年たる涼介にはドギツイ言葉だった。涙の溜まった双眸での上目遣いもオプションでついてきた。

 涼介は、頭の中で必死にアルファベットを読み上げることで邪念をなんとか追い出すことに成功する。


「た、食べるわけないだろ……!」

「そんな、ひどい……! おんにゃのこに……ふぁぁ……ここまで言わせておいて!」

「いや途中であくびするなよ。芝居するならもっと心込めてやろうな?」


 内心で呆れながらも、律儀にツッコミを入れる。


「このままだとわたし、泣くわよ?」

「いや、そんなこと言われても……」


 困る。

 ただほんとに泣かれても困る。いかに幽霊といえど、女の子の泣き顔を見るのははばかられる。

 涼介は返答に困った。


「みーんみんみんみー」

「そっちの“鳴く”かよ畜生っ!」


 一瞬でも困った自分がアホらしかった。

 しかも本物のセミにやたらそっくりの鳴き真似だった。季節が逆戻りしたかのような錯覚さえする。


「つくつくびーやい! つくつくびーやい!」

「わかった! 僕が悪かったから! てか窓にセミ集まってきてるからもうやめい!」


 めいりの声につられたのか、いつのまにか大勢のセミ達が窓の外にへばりついていた。まさにホラーな光景だった。


「と、とにかく! 僕は朝ごはん作ってくるから!」

「うむー、涼介はツレナイ。『女を泣かせる男は最低だっ』て聞いたことない? ……ぐぅー」

「はいはい、そうだな。じゃあ、めいりもちゃんと起きてろよ?」


 男女平等が掲げられる近年において、もはや批判の的になりうるフレーズだった。

 涼介は軽く受け流し、キッチンへ足を運ぶ。

 食パンを二枚トースターに放り込んだ後、棚からフライパンを出してコンロの上にセットする。その間も、なにやら向こうから呟きが聞こえてくる。


「ぐぅー。『ベッドの中で女を鳴かせる男はベッドヤクザだっ』て聞いたことない?」

「ねぇよ! てか聞きたくないよそんな情報っ!」


 まったく、いったいどこからそんな情報を仕入れてくるのか。朝からぐったりな涼介だった。






 なんやかやで朝食の準備が整った。こんがり焦げ目のついたトーストと市販のブルーベリージャム、皿に載せられたスクランブルエッグ、ガラスのコップに入った牛乳……。それぞれテーブルの上に並ぶ。

 もう少し手の込んだ朝食を作る時もある涼介だが、この日はさすがにその気力はなかった。


 テーブルを挟んで涼介のすぐ前ではめいりが、昨日のお茶と同様に牛乳をちびちび啜っている。


「ずずず……」


 冷たい牛乳を音を立てて飲むやつなんて初めて見た。


「ぷはぁ~……牛乳うまー」

「そこで『乳うまー』とか言うなよ?」

「……」


 キレイな瞳に見つめられる。ただしジト目だ。どうやら言うつもりだったらしい。またつまらぬボケを斬ってしまった。涼介は静かにパンをかじった。


(それにしても……こうやってると普通の女の子だよなぁ)


 目の前で美味しそうに牛乳を飲む少女。口を開くと色々と台無しになるが、こうして見てる分には純粋に可愛らしい。それに涼介くらいの年頃の少年にとっては、こんな娘と二人で朝食を囲むなんて夢のようなシチュエーションである。

 それに昨晩も少し思ったが、彼女は夜もベッドで寝たり、こうして食事も普通に摂ったり……すごく人間らしい。しらず親近感が湧くほどに。


 涼介はめいりのことが嫌いなわけではない。それどころか、この数時間でこれほど他人と話したのは何年ぶりかというほどに喋った。


 それでも、何かが違う。

 やはりどうやっても彼女は“幽霊”なのだ。もうこの世にはいない存在。そんな存在と一緒の時間を過ごす……この状況がまるまるおかしいのだ。


『女の幽霊に心奪われ、逢瀬を重ねるたびに日に日に命を蝕まれていく』


 ……なんとなく、そんな怪談話を思い出した。

 さすがにそんなことはないだろうと思いながらも、同時にこのまま放置できる問題でもないとも思う。


 それに、涼介は平穏を求めていた。というよりそれが最優先事項だった。

 今朝のような慌ただしい日が続くとなるとさすがに身がもたない。学校生活とプライベートの両方で“変なやつ”が一緒となると、それこそトイレや風呂、あとは寝る時ぐらいしか心休まる時間がない。


(これは、どげんかせんといかん)


 できるだけ早くめいりと離れる方法……それを探さないといけない。

 ただ、誰に相談しよう。

 自分の身の周りで、そういうオカルト関係に詳しそうな人は……


(……あいつしか、いないか)


 すぐに一人の顔が思い浮かぶ。

 涼介のクラスメイト。それに、学校で限りなく友達の少ない涼介の、唯一の話し相手……というより向こうが一方的に話してくることが大半であるけれど。


(かなり不本意だけど……仕方ない。平穏のためだ)


 気は進まないが、とりあえず今後の方針は決まった。

 そうと決まれば早く学校へ行こうと、朝食の残りを片付けにかかる。


「……て、おい。勝手に人の牛乳飲んでんじゃねぇ」

「あ、バレた。涼介が、なんだか難しい顔してたから……」

「その行動と理由の因果関係がわからん」


 いつもより少しにぎやかな朝食の後、涼介は制服に身を包み学校へと向かう。


 その背後にはもちろん、“小さな白い幽霊”をぴったりと張りつけて。



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