幕間:思い出は壁を隔てて
いっぱい遊んだしいっぱい食べた。なので彼女は眠くなった。
最低限の物だけが置かれた簡素で狭い部屋の中を、のそのそと、ベッドの方へ歩いていく。
他の部屋からは物音ひとつ聞こえてこない。どうやらみんな、もうお昼寝をはじめているようだ。
「ふや……ふぅ」
大きくあくびをして寝そべりながら、クッションに頭を預ける。その水玉模様の青いクッションは彼女のお気に入りだ。
そのまま、窓の外の景色にぼんやりと視線を流す。
外では大勢の人たちが行き交っている。子供たちはわいわいはしゃぎながら駆け回り、大人の人たちは難しい顔をしながら早足で……。色んな人が近づいてきては、再び遠ざかっていく。
そんな光景を眺めながらウトウトしていると、ずっと遠くの方から三つの人影が近づいてきた。
家族、だろうか。
小太りの男の人とホッソリとしているが優しそうな女の人。
そして、もう一人……。
男女二人のうしろを歩く、無表情の女の子。
姿形は違えど、どこか面影の似た三人だった。
――?
その中で、女の子だけ、明らかに様子が違った。
整った輪郭に丸みを帯びた柔らかそうな頬。くりっとした、大きくてキレイな目。
隣の女の人に似て優しそうな顔だが、その表情はぼんやりとしていてどこか頼りない。
ずっと遠くを見ているようで、本当は何もその目に映していないような……そんな虚ろを顔に浮かべていた。
――どうして、そんな顔をしているのかしら……。
女の子の無表情を見て、なぜかこちらが悲しい気持ちになってしまう。
さっきまでの眠気はいつのまにか消え去っていた。今は無性に窓の向こう――見えない壁を隔てた向こうにいる女の子のことが気にかかる。
両親であろう二人は、しばらく女の子に向かって声をかけていた。女の子の反応は今ひとつ鈍い。
その会話に耳を傾けながら起き上がる。改めて見ると、女の子の顔は精巧に作られたお人形のように可愛らしかった。
――あ。
ぼんやりと見つめていると、ふと、その子と目が合った。瞬間、心の中で何かが音を立ててせり上がってくる。
熱くて、ぴりぴりと痺れたような……でもすごく心地よい感覚だった。
女の子もこちらを認識したようで、円らな目を何度かパチパチとしばたたかせている。
――今しかない。
なんの根拠も理由もなく、そう思った。
――どうしたの?
――お腹空いたの? それとも痛い?
――どうして、そんなに悲しそうな顔をしてるの?
女の子の耳に届くようにがむしゃらに声をあげる。何度も何度も。
それでも何一つ、言いたいことは届かない。
薄々わかってはいた。自分と女の子とを隔てる“見えない壁”は、どうしようもなく厚く、硬いのだ。
やがて、彼女はすっかり疲れてしまい、ふぅと一息。いつも全力で遊んではいるけれど、こんなに声を出したのは今までなかったかもしれない。
なんだか悔しい。でも、続きはこの渇いた喉を潤してからにしよう。
そうして彼女は身を翻し、
「……わぁぁ~」
酷く感情のこもったその声に、はっと顔を上げた。
女の子が窓のすぐ側で、こちらを向いていたのだ。どうやら無意識に声を漏らしたようだ。
その円らな瞳はキラキラと宝石のように輝き、頬はだらしなく緩んでいる。今にも零れ落ちてしまいそうなほど素敵な笑顔だった。
――声、届いたのかな。
その子が初めて見せてくれた屈託のない笑顔。その記憶は数年経った今も、彼女の脳裏で簡単に甦る。
その笑顔は彼女が、
メイリが見た――“お姉ちゃん”の初めての笑顔だった。