第三十八話:傾く天秤
※12/21:後半に真殊視点のエピソードを追加しました!
「倒れたって……」
「あ、診たところ命に別状はなさそうなの。どうやらみんな眠ってるだけで。でも結構沢山だから、残った生徒や先生方だけじゃ保健室に運びきれなくて……」
そして今、校舎にいる生徒たちに応援を求めているらしい。
「その眠っちゃった子たち……あ、御子神先生もなんだけどね。そのほとんどが二年Cクラスのお好み焼き店のすぐ近くで倒れちゃったのよ……。でもたしか柳瀬くんもCクラスだって思い出してね」
それで陽菜先生は単身、涼介のことを捜していたという。
彼女なりに心配してくれていたのだろう。
「そ、そうだったんですか……」
(なんだかオオゴトのようね)
そこでふと、午前のやりとりを思い出す。
細身な腰に両こぶしを当て、自慢げにふんぞり返るクラスメイトとのやりとり……。
『そしてボクはなんと……料理担当なのだっ』
「……そうだ、然木は?」
予定通りなら、今も中庭で元気よくお好み焼きを焼いているであろうアイツ……然木は大丈夫なんだろうか。
涼介は無性に心配になってきた。
いくら毎日のマシンガンノイズが煩わしくとも、やっぱり涼介にとっては唯一無二の友達。このまま気にせず放っておけるほど涼介も冷酷ではない。
仮に無事だとしても、その姿を見ないことには安心できない。
(行かないと……。でも……)
ちらりと、隣でオロオロする真殊を見やる。
今もまだ、真殊にはめいりが認識できていない。
今日の文化祭をキッカケにして、自分と真殊がもっと近づくことができれば、もしかしたら……。
そう思って、今日一日はこの子と過ごそうと決めていた。
でも……。
今あっちに行くとなると、二人のことから一旦離れなければいけない。
もし事が長引けば、二人は永遠に通じることのないまま、別れることになってしまうかもしれない。
「じゃ、私は先に行ってるから! 柳瀬くんもできれば協力して!」
そのまま来た道を逆走して去っていく陽菜先生。
一方の涼介は思わぬ壁にぶち当たりその場を動けずにいた。
(涼介、迷うことない)
めいりが、起伏のない声で言う。
(中庭に行きましょう?)
(え、でもお前……)
全く迷いのないめいりの言葉に、涼介は困惑してしまう。
(お友達が心配でしょ? それに、今お姉ちゃんを置いていくからって、お姉ちゃんが涼介から遠ざかるなんてことはないわ)
(でも、今日進展がなかったら、めいりは……、……っ?)
言いかけたところで、口元にひやりとした感触がする。
すぐ目の前に立つ白い少女。
視界の端に見える細い指。
めいりの人差し指によって、涼介は言葉を遮られていた。
そのまま、涼介の不安な思いを和らげるような笑顔でめいりは続ける。
(大丈夫。涼介は現役ぼっちの身なのに、今まで十分頑張ってくれたわ。口ではなんだかんだ言いながら、ちゃんとわたしに付き合ってくれるし。例えわたしのためだとしても、お姉ちゃんにも優しく接してくれてるし……。これでも感謝してるのよ?)
いきなりめいりから告げられる感謝の弁。
涼介は驚きつつも、どこかくすぐったい気持ちになる。
……てか誰が現役ぼっちだよ!
そうツッコもうとするも、めいりの不思議な雰囲気を前に喉がうまく震えない。
(それにね……。お姉ちゃんならきっと、こう言うに違いないわ)
めいりは穏やかな表情から一転、いつもの悪戯っぽいジト目でニヤリと片頬を上げた。
「せ、先輩っ」
するとめいりとは反対方向から……めいりよりも半音ほど高い真殊の声。
「朽咲さん? どうしたんだ?」
「先輩、私も……」
しばらくまごついた真殊だったが、一瞬目をぎゅっと閉じたかと思うと、
「私も……一緒に行きます!」
叫ぶようにして言い放った。
「えっ? ……朽咲さん?」
「私も一緒に中庭に行きますっ、お供させて下さい!」
「お、お供って……」
そのまま、小さな体全体を乗り出すようにして涼介に一歩迫る。
涼介も思わず後ずさってしまう。
まるで迷子のようにいつも不安げに揺れていた表情も、今は真剣そのもの……。
そのまっすぐな眼差しに、涼介は思わず魅入られてしまった。
(ね? お姉ちゃんはもうすっかり涼介を信頼してるのよ)
したり顔でいばるめいり。
その自慢げな態度に、涼介もつい笑ってしまった。
(そっか……。妹だもんな、姉のことはなんでも知ってるってことか)
(その通りよ。だから、安心してお姉ちゃんを連れていきなさい)
(なんでそこで上から目線なんだよ)
ツッコミと一緒に葛藤を吐き出したおかげか、胸がいくぶん軽くなった気がする。
「……よし、わかった。じゃあ朽咲さん。これからちょっと急ぐけど、僕についてきてくれるかい?」
「は、はいっ!」
そして、涼介たち三人は笑海のいるであろう中庭に向けて走り出した。
* * * * *
真殊は意気揚々と、涼介の背中を追いかける。
あの日。風邪を引いた時にお見舞いに来てくれたあの日から……柳瀬先輩は、何かと自分のことを気にかけてくれる。
いつかの放課後、一方的に身の上話をしてしまった時だって、まるで自分のことのように真剣な表情で耳を傾けてくれていた。
そんな先輩のおかげで、極度の人見知りな自分も最近では、学校の子たちと最低限言葉を交わせるようになった。
とくにクラスメイトのみっちゃん、下ノ怪さんたちとは友達っていえるくらいに仲良くなった。
それはきっと、柳瀬先輩のおかげ。
ただでさえいつも周りで怪しい行動をとっていた私なのに。なぜここまで優しく接してくれるのだろう……。
いくら考えてもよくわからない。
でも一つだけたしかなことがある。
今の私は何一つ、先輩にお礼ができないってこと。
先輩は何が欲しいだろうか。
どうすれば、先輩は喜んでくれるだろうか。
いくら考えても、いい答えには辿りつけずにいた。
ただ、やっとこうして、恩返しする機会が訪れた。
大変な時だってわかってはいるけれど、涼介のサポートをできると思うと、それだけで真殊の胸は躍った。
(先輩……、私、先輩のお役に立てるように頑張りますね)
そんな視線で、涼介の背中に訴えかける。
自分よりも一回りも二回りも大きな背中を見つめる。
すると、ふと目の前に白い“ボヤ”のようなものが見えた気がした。
(あれ……)
少し目が霞んだのか、一度ブレザーでごしごしと目元を拭ってみる。
でも、涼介の背中につくボヤは消えることはなかった。
(おかしいな……。ちょっと疲れが溜まってるのかも……)
その幻影のような白に懐かしさを感じながらも、真殊は腕を大きく振って涼介の背中を追いかけた。
※12/21:『*印』以降のエピソードを追加しました。大変失礼しました。




