第三十七話:はびこる不思議
(本当は嬉しいんでしょ~? アタシの隣にいられてさ)
(何言ってんだお前ぇ、気持ち悪い声出しやがって……)
(き、気持ち悪いですってっ!? ムキィィィッ! これだから内臓丸出しの男って嫌ぁねぇ~。アンタなんかより、そっちの男の子の方がよっぽどモテそうじゃない、むふふ~)
そしてターゲットは涼介に。
銀三郎はパチッとウィンクを放ってきた。
「うおっ!?」
涼介は反射的に仰け反って避ける。
「あ、危なかった……! もう少しで色々と危なかった……!」
「せせ、先輩っ? その石像たちがどうかしたんですかっ……?」
「あ……、いや、なんでもないんだ……っ。ちょっと足元がふらついただけで、うん、大丈夫……!」
急な叫びに驚いた真殊を落ち着かせるため、努めて笑顔で応える。
(涼介……気をつけてね。お姉ちゃん怖がりなのよ?)
(す、すまん……気をつける)
ジト目のめいりに叱られる。
今の不意打ちは焦ったが次からは気をつけよう。
そう心に決めてひとつ息を吐く。
(むふふ、照れちゃって可愛いんだから~)
(いや照れてません気色悪い目でこっち見ないでください)
(なっ!? あ、あなたまでアタシに楯突く気なのねっ!? ムッキィィィッ~!)
誤解のないようきっぱりと思いを伝える。変なやつにはやたら強気な涼介だった。
(な、やべぇだろ? コイツの横じゃあいくら内臓があっても足りねぇよ……。早く終わって生物室に帰りてぇなぁ)
(ふ、ふんっ! アンタたちなんかもういいわよ~だっ! アタシにはこのプリチーな薪ちゃんたちがいるもの! ねぇぇ~)
ふてくされたのか、銀三郎は背負っている薪に向かって語り始めた。ただ、彼(?)にしても、隣のトシにしても、見た目には全く変化がない。
今は真っ昼間。
さすがに日の上がっている時間は彼らの活動は制限されているようで、涼介にもなんとか声が聞こえるだけだった。
(薪男は今日もお肌すべすべね~、うっとりしちゃうわ~。薪人も負けてられないわよ? 貴方も口を閉じればナイスガイなんだからね、んむむ~……)
(これは、重症ね)
(ああ……。そういえば以前、然木が言ってたな……“薪フェチ”って)
薪にデレる銀三郎の“音”を聞いてはおれず耳を塞ぐ。隣でめいりも頬を引きつらせてドン引きしている。
そういえばと、涼介は笑海の話していたことを思い出す。
笑海の百発百中ぶりには前から驚かされているが、いったいどこから噂話を仕入れてくるんだろうか……。
“メリーさん”や“口裂け女”といった有名どころはさすがの涼介も知ってはいるが、笑海の話す大半は知らないものばかりだ。
(あいつもたいがい不思議ちゃんだな……)
「先輩? そろそろ後の人たちがつかえてきそうですし……」
真殊のおずおずとした提案で我に返る。思いの外ここで立ち止まってしまっていたらしい。
「そうだね……ごめん。じゃあ、行こうか」
「は、はい」
(じゃあ、トシさん。僕たちはこれで。その……頑張って)
(ファイトよ、トっつぁん)
(うぅ……まあ、しゃーねぇな。ただし、今度また付き合えよ? あと……あれだ! 愛しの天使さまの話も聞かせてくれや!)
(は、はぁ……また機会があれば……)
(そういえばトっつぁん、保健の先生ラブだったわね)
そうして、いまだ薪とお戯れ中の銀三郎はスルーしつつ涼介たちはその場をあとにした。
「ふぅ……やっと出てこれた」
「は、はひぃぃ……」
オバケ屋敷兼占いの館に入ってから、約一時間。
涼介と真殊、そしてめいりはようやく日の目を見ることができた。
皆が皆、疲労困憊といった様子でぐったりと肩を落とす。
中の占いスペースには、予想通り下ノ怪ヤサコがいた。
そして起きたことは言わずもがな……
「す、すみませんでした先輩……。無理にこんな物……」
「いや、いいんだ。買わないと出られない雰囲気だったしね……」
いつものようにカエルネタ責めのあと、安産祈願のお守りの押し売り。
あまりの精神的ダメージによって、涼介はついにお守りを二つ購入することに相成った。
「まあ、カエルネタは終わりにしてくれるって、約束はしてくれたしな」
(涼介。わたし、対処法を思いついたわ。……あの娘には近づかない方がいい)
(いやそれめちゃ手遅れだからな……)
すでに骨の髄まで気力を吸いとられた気分だった。
「あ、いたっ! おぉーい! 柳瀬くーん!」
「ん?」
すると突然、遠くの方から名前を呼ばれる。
聞き覚えのある声だ。
「はぁ、はぁ、やっと見つけたぁ……! あ、朽咲さんもこんにちは」
「あ、先生こんにちは……」
しばらくして廊下の人混みの中から現れたのは、白衣を着た若い女性……陽菜先生だった。
ここまで走ってきたのか、両膝に手をついて切らした息を整えようとしている。
「ど、どうしたんですか先生?」
どこか嫌な予感を覚えつつ尋ねてみる。
呼吸がある程度落ち着いたあと、陽菜先生は顔を上げた。その表情はいつになく真剣で、どこか焦りすら見える。
「柳瀬くんって、二年Cクラスだったよね……?」
「あ、はい。そうですけど……何かあったんですか?」
陽菜先生はコクコクと首を縦に振りながら早口でまくす。
「中庭にいる大勢の生徒たちが次々と倒れていっちゃてるの……! しかも……二年Cクラスのお好み焼き店を中心にして!」
「「えっ!?」」
こういう時の涼介の嫌な予感は、笑海の噂話同様よく当たるのだった。




