第三十五話:はじまりと終わりの文化祭
「マジかぁ……」
魚屋から学校に向かう途中、一旦出笛荘に戻って『新鮮お造りパック(¥五九八)』を冷蔵庫へしまい、再び自転車にまたがる。
「まじよ。最初はししゃもに会えればいいと思ってたんだけどね。あのやり方の方がスムーズだと思ったのよ」
めいりがニマニマと話す。さきほどのドラ捕獲ミッションの件である。
最近ではすっかりお馴染みとなった“合法二人乗り”で、学校への道を進んでいく。
さすがに十一月の空気はひんやりとしていて、淡い冬の気配を感じずにはいられない。
はじめ……めいりはししゃもへのお願い事を直接行おうとしていた。
だが途中でなんらかの問題が発覚、少し悩むこととなる。
その時ちょうどいいタイミングで泥棒猫ドラが現れ、これはと閃いたそうだ。
「涼介が魚屋さんに好印象を持たれれば、わたしの目的も達成しやすかったのよ。おかげで上手くいったわ」
まるで我が子を慈しむかのように、自らのお腹あたりをさするめいり。
涼介が見たところ、服の中に異物が潜んでいる様子はない。たしか、さっきは何か入れていたような気がするのだけど……。
そもそも、その“何か”やめいりの目的自体を、涼介は知らない。
どうやら真殊に関わることのようだが、涼介にすら秘密らしい。
「それにしても、そこまで考えての指示だったとはなぁ……」
咄嗟の判断だったにも関わらず、さっきの作戦は大成功を収めた。
めいりは元は猫のはずなのに、元から人間である涼介よりも機転が利く時がままある。
「猫の嗅覚ってやつよ」
そうめいりは軽く言うが、涼介はとことん猫という動物を見直すのだった。
……この数ヶ月、涼介はめいりから色んな刺激を受けてきた。
初めのうちは正直煩わしかったが、いつしかそれが当たり前になり、今では居心地のいいものになっている。
こんなに他人(?)と一緒に過ごしたことなんて、ほとんど記憶にない。
今秋……この白猫幽霊と過ごした季節はいつしか、涼介にとってかけがえのない時間になっていたのだった。
でも、そんな日々ももうすぐ終わる。
めいりが未練を果たし成仏するにせよ、このまま未練とともに突然消滅してしまうにせよ、涼介との別れは免れない。
モヤモヤした気持ちが毛糸のように胸の中に巣くう。
――未練を果たせなくても、ずっとこのままではいられないだろうか……。
そんなことも考えた。
めいりや真殊のことを一切思考から排除した……愚考。
今この時でさえふと脳裏をよぎる、身勝手な願いだ。
「さ、もうすぐ着くぞ」
でも、そんな選択肢は風と一緒に自転車で追い越してしまう。
涼介の中にはもう自身の為だけに生きる道などなかった。
ほんの少しのあいだだが、まるで家族のように共に過ごしてくれためいり。自分が彼女にしてやれる一番の贈り物を渡すまで、足掻こう。
それが涼介の決めた……突然自分にとり憑いた幽霊少女との、最後になるかもしれない一日の過ごし方であった。
――そして学校へ到着。
教室に入って簡単なHRのあと、涼介たち二年Cクラスの生徒は中庭に集結していた。
「うちって……お好み焼き店だったのか……」
「おいおい柳瀬。自分のクラスの出し物を知らないとは、興味ゼロどころの問題じゃないぞぅ?」
まさか然木に呆れられる日が来ようとは……。まあ、文化祭の準備など目もくれなかった自分も自分なのだが。
涼介たちと笑海は、クラスの輪から少し離れた場所で並んで立っている。
「まぁ、ボクも知ったのは一昨日なんだが」
「あんま変わんねぇじゃねーか」
二人そろって二年Cクラスの窓際族だった。
それどころかクラス内事情を完全シャットアウトしている時点で、クラスの皆もそれを黙認している時点でいよいよである。
「どうやらCクラスの文化祭準備は、ここ中庭で行われていたようだな」
「そうみたいだな」
思えばここ数週間、クラスメイトの面々は放課後すぐに教室を出て行っていた。あれは帰るためじゃなく、出し物の準備をするためだったのか……。
中庭など足も踏み入れたこともない涼介には知る由もなかった。
「んで、僕らの役割はどうなってるんだろう?」
「えっとなぁ~、たしか……」
然木はクラスの文化祭実行委員らしき男子生徒の元へ確認にいく。
そして二言ほどのやりとりのあと、颯爽とした仕草で戻ってきた。
「聞いてきたぞ。柳瀬は“宣伝”だそうだ。校舎中を周りながらビラを配ってほしいらしい」
「ビラ配りか、まあ出店担当よりはマシだな」
もし料理や裏での仕込みとかだったら、けっこうな時間身動きが取れなくなる。
この配役はありがたい。
「まあ先日から宣伝はしていて、あの男子も『柳瀬はお役御免』だと言っていたけどな」
「まさかの厄介ばらいでしたかっ!」
地味にショック。遠く、実行委員の男子がニヒルな笑みを浮かべ涼介に向かってサムズアップしていた。
「まあともかく、身軽な配役で助かった……。アイツにはあとでマヨネーズと青のりを顔面にプレゼントしてやる」
「涼介……八つ当たりは良くない」
めいりにたしなめられる。哀れみのこもったジト目だった。
「そしてボクはなんと……料理担当なのだっ」
その横で、笑海が腕組みをしてふんぞり返っていた。
「えっ、お前料理できるのか……?」
「おいおいボクの女子力をなめるな。ボクの手にかかればこの学校の全生徒の舌、ドロドロに蕩けさせることなど造作もない」
「その“蕩けさせる”の真意が気になるが……まぁ、頑張ってくれ」
「よーし、じゃあ各員持ち場へつけ!」
そうこう話すうち、担任の御子神先生のかけ声。
いつになくテンションが高いことがうかがえる。
「お好み担当! 火を扱う際は十分気をつけろ! ただ心は熱くあれ!」
「「サー、イエッサー!」」
「そしてパック詰め担当! 同時に周りへの気配りを忘れるな! 己が魂も一緒にパックしてやれ!」
「「アイアイサー!」」
「出店前での呼び込み担当! 笑顔だ! お前らの笑顔がこの店を救う! そのことを重々頭にたたき込んでおけ!」
「「スマイル! スマイル!」」
「いいか! 今日という日は、マヨネーズでソースを洗う戦いの日だ! みんな気合い入れてかかれ!」
「「「サー! イエッサー!!」」」
「な……なんだこのノリ……! ついていけない……!」
そうして、星凪高校文化祭は生徒たちの活気溢れるかけ声にてスタートした。




